084 「夢と覚悟と慰安旅行とデジタルと唯一」 1月31日

夢の中でも撮影していた。
それも膨大な数だ。
かなり記録メディアを持っている方だとは思うけど、それでも足りない。
不必要なカットを消さないと撮影できなくなってきた。
あーどれを消そうかな、と思っているとM君、登場。
僕からカメラを取り上げると「こうすればいいですよ」と見たこともないような操作をする。
なんで僕がいらないカットがわかるんだろうと思っていたら、全部がきれいに消去されていた。
頼むよぅ、勘弁してくれよぅ、と言ったらM君、すいません、すいません、と真顔で汗を流している。
悪気がないだけに怒ることもできない。
それに怒っても事態は解決しないので、どうすればいいのかを考えながら、僕も汗を流している。
どうしよう、どうしよう、と思いながら目が覚める。
何はともあれ、夢であったことにホッとする。

それでもあまりストレスを抱える方ではないと思う。
もともとがマイペースな性格ということもあるかもしれないが、それを感じないよう考えることにしている。
僕にとってそのもっとも効果的な方法は「いつでもカメラマンをやめる心構えでいる」ということだ。
誤解しないで欲しいのは、カメラマンをやめたいわけではない。
大変なことも多いけど、基本的に写真を撮ることは楽しい。
でも生計を立てていくために、カメラマンでいられるよう固執したくはない、ということだ。
固執すればするほど自分の表現を束縛するし、自由で伸びやかな感じを失ってしまう。
本当に良いものを良い、と言うためには「やめる覚悟」も同時に持つ必要があると僕は思っている。
相手にその考えが受け入れられるかどうかはともかく、良いものを良い、と言えなくなるのは
もう表現者ではないのかもしれない。
なかなかいろんなことが上手くいかない世の中ではあるけれど、
だからと言って自分の信念を変えてまで何かに擦り寄る必要もない。
ただ僕らの仕事はチームワークであり協調性が大事だから、仲間に迷惑はかけたくない。
でも心の中にある核の部分を、保ち続けられるようにしたいと思う。


話は変わるけれど、昨日、兵庫県の赤穂市にある旅館にいた。
その旅館はギャラリーのW辺くんの実家で、慰安旅行とO島さんの誕生会を兼ね、遊びにいった。
15人ほどでみな、ほとんどの人がカメラを持って来ている。
ヒラメのエンガワが出て来ては、おーっ!とみんなが激写。
牡蛎が蒸し上がったと言えば、またまた、おーっ!と移動し、ぱしゃぱしゃ撮る。
お願いだからゆっくりと食べさせてくれよ(笑

若い子が手にしているカメラはほとんどがデジタルだ。
ここ1年ほどでグッと値段が下がったということもあり、広く浸透しつつある。
フィルム代もままならない駆け出しカメラマンにとっては、撮影コストがかからないデジタルは夢のようなカメラだろうと思う。
数年前、デジタルを導入する理由は完全に二極化していた。
そのひとつは広告で無理難題な要望にも応えられるよう、素材としてのデジタル。
もひとつは記念写真など、できるだけコストを押さえるためのデジタル。
たとえば自分が写真館を経営しているのなら、感材費のかからないデジタルはかなり嬉しい。
ただ予算が限られているからデジタルで、というのはちょっと判断が難しい。
なぜなら僕にとってデジタルとは経費を削減するものではなく、自分のイメージに応えてくれる夢の機材だからだ。
それだけに後処理であるレタッチにはかなりの時間を必要とする。
その時間のかかり方からすれば、逆にデジタルだからコストがかかりますよ、という話が普通のような気がする。

ただ正直に言うとなかなかそういうわけにもいかない。
知り合いに「ごめん、今回、予算がないんだよぅ」と言われたら、ついつい「いいですよ」と言ってしまう。
でもあまり知らないようなところから「デジタルだったら安くなるでしょ」なんて言われ方をされたら、
できるだけ丁重にお断りするようにしている。
デジカメやパソコンなどの先行投資や、加工時間の労働はカメラマンの奉仕に近い。
ただ予算がなかったとしても、相手が誠意を持って応対してくれる人なら、僕は仕事をしたいと思う。
結局のところ、いかに誠実さを持っているのか、ということにしか、僕は反応しないみたいだ。
たとえ予算が有り余っていたとしても、そこに真摯さが感じられなければ、
僕はその仕事をし続けることはできないだろうと思う。

駆け出しの子にとって撮影や写真加工の機会を与えてくれるデジタルの仕事はとても貴重だ。
練習ができるのにお金まで貰える。
ただ将来的なビジョンという意味において、安くてフットワークのいいカメラマンと思われないためには、
納得してもらえるだけの写真を常に提示する必要がある。
時間やお金がかかったとしても、結局は「いいもの」を作っていかないと
いい仕事に繋がらないし、自分に何も残らないことになる。

写真世界一になるのは難しい(そんなコンテストないし、基準もよくわかんない)
でもひょっとしたら唯一にはなれるかもしれない。
あとは時代がそれを求めているか、どうかだな。
みんな、頑張って下さい。
僕も頑張ります。


追伸/W辺くん。おつかれさまでした。

 

 

 

083 「夜明け」 1月26日

朝5時に起きて暗闇の中、高速道路を西に向かう。
他のスタッフは新幹線で移動だが、撮影機材が多かったのでやむなく、僕は車。

日が長くなって来たとは言え、朝の6時はさすがに暗い。
気温は零度。
濡れた路面の高速カーブにはついつい肩に力が入ってしまう。

フロントガラス、真ん中辺りに満月がある。
よく月を見上げる方だと自分では思うけれど、きれいな円形をした月を見たのは久しぶりかもしれない。
満月には決まった周期があるが、だからといって曇りだったら駄目だし、湿度が多い季節は霞んで見える。
今朝のは、まれに見るパーフェクトな満月だった。

時間が経つにつれ、漆黒だった月の背景が青みを帯びてくる。
その記憶の色を先ほど色辞典で調べたら、瑠璃色と書かれてあった。
藍色も近かったが、それよりも少し黒っぽかったような気がする。
その風景を見て面白いと思ったのは、空が絵画のように平坦に見えるということ。
東の夜明けは空に朝日のハイライトから、天空のシャドーまでゆるやかな階調があるけど、
西の夜空にはそれがまったくない。
視界に入る風景のすべてが一定のトーンを保ち、それゆえ平坦で艶が感じられない。
まるで舞台用に作られた偽物の空みたいだった。

さっきスタジオに帰って来て、東の空を見上げると輝く満月があった。
杵を持ったウサギもちゃんといる。
取り巻きの雲の形もいい。
やっぱパーフェクトだな、と思った。


1月26日。午後10時20分。
今頃、月は頭上近くにあるはず。
ちょっと寒いけど、見る価値はあります。


 

 

082 「嬉しいような、何と言うか・・」 1月23日

昨日の夢には高木ブー氏(以下ブー)が登場した。
別に普段からブーが気になっているわけではない。
そんなわけで理由はよく分からない。

ブーは撮影スタッフで僕たちは一緒に沖縄ロケに行くことになっていた。
手配はすべてブーが行い、僕は指定された午後3時に空港に着いてブーと落ち合う。
するとブーが航空券を見て言う。
「ごめん、かわちゃん、飛行機2時45分発だったわ」
今さら文句を言ってもしょうがないので、ため息をついた後、
僕たちはコーヒーを飲みに空港敷地内にある平家の喫茶店に行った。
バリコーヒーが飲める暗い植物園?のような怪しい店で、なぜだか店員はみんな、ゲイっぽい。
水を出す、メニューを出す、そのすべての行為の時になぜだか知らないけど、肩に手を回してくる。
ブーは「かわちゃんはそっちで、モテそうだもんなぁ」と時間を間違えたくせに悪びれた様子もなく、高らかに笑う。
気がつくと店長が隣に座っていて、僕のふとモモの上に手を置いて微笑んでいる。
今日、2回目のため息。

以前、テレビの収録風景を撮影していた。
レンズが大きくて重たいので一脚を使っていたのだが、その時後ろで大きく低いダミ声が。
「なるおどねぇ〜ぞんなふうにすると、疲れないのねぇ〜」
僕はびっくりして、おそるおそる振り返る。
50センチくらいの至近距離に真っ赤なスーツを着たマダム リリアン氏がいた(以下リリアン)
5秒ぐらい、無言のまま、見つめ合う。
目をそらしたかったのだが、あまりにも突然で、僕は虎に睨まれたカモシカのように硬直してしまったのだ。
メイクをしていて、唇もグロスを塗っているのか、つややかだ。
おまけに僕の顔を見て、ポッと頬を赤らめてるじゃないか。
僕は撮影に夢中になっていて、リリアンに接近していたことに気が付かなかったのだ。
硬直から解き放された僕は「失礼いたしました」とその場を離れた。
彼は微笑みながら「いえいえ」と頭を下げた。
あーびっくりした、と知り合いのスタッフに言うと彼女は
「リリアンさん、川田さんがスタジオに入っていく時から、じっと見てましたよ。きっと狙っていたんですね」と笑う。

最近、ゲイバー?(間違ってたらごめんなさい)を経営する女性っぽい男性を撮影する機会があった。
何か、話の流れで失業したら何をするかという話題になって、僕が考えていたら彼が言った。
「うぅん。うちに来ればいいわよぉ〜ん」
「えっ、本当ですか」
「ただし面接はハ・ダ・カ」
「 ハダカっ!パッ、パンツははいててもいいんですか」
「うぅん。ダメダメぇ。全裸よぉ」
「・・・・・」
まあ・・何はともあれ、失業しても雇ってくれるところはあるみたいだ・・・・。
おわり。

こんな終わり方でいいの。ブーはどこに行ったんだろ。


 


081 「花粉症ににがり」 1月21日

花粉症になって20年が経つ。
僕がまだ高校生であったある日、突然くしゃみが止まらなくなったことをよく覚えている。
当然のことながらその当時、花粉症なんていう言葉はなかったし、
単なるアレルギーの一種だと医者は言った。
その言葉が定着し始めたのはここ10年くらいのことだろうか。
でも花粉症のキャリアが長いからといって、症状の軽減方法を知っているわけでもない。
ただキャリアが長いだけだ。
それでも僕が幸運だったのは、これまで行った体質改善のおかげか、偶然なのかはわからないけれど、
症状がそれほど重くないということだった。
もちろん花粉症ではあるので、それなりには辛い。
でも夜中に呼吸ができなくて目が覚めるとか、生きている理由がわからないとか、そこまでの症状は出ないものの、
春先から連休が明けるくらいまでは、頭の芯がぼーっとしている状態が続いている。
目もゴロゴロしているし、そういえば充血もしてるなぁ。

噂によると今年の花粉の量は例年の30倍らしい。
それがいったいどれほどのものなのか、ピンとは来ないものの、かなりすごいのだろう。
どうやら去年の夏があまりにも暑かったために、花粉の量が爆発的に増えてしまったらしい。
僕を苦しめたあの夏が年度を越えて、また僕に襲いかかろうとしている。
ちょっと許しがたい。
反省の色が見られないからだ。

まあ何はともあれ最善を尽くすしか方法はない。
そんなわけで僕は大きな病院の耳鼻科に行き、抗アレルギーの注射を打ってもらうよう頼んだのだが、
その病院ではそんな治療を行っていなかった。
しょうがないのでネットで調べると、注射を打ってくれるところはいくつかあったものの、
すべての人に効くわけでもなく、そして場合によっては副作用がかなり出ると書かれてあった。
いろんな対処方法を検索しているうちに、もっとも良さげな書かれ方をしていたのが、
毎日、豆腐に使う「にがり」を摂取するということだった。
コップの水ににがりを4、5滴入れ、それを毎日、5杯ほど飲む。
冬に水5杯って結構な量だけど、このさい文句は言っていられない。
再び、そんなわけで百貨店に行って天然のにがりを購入。
毎日、仕事中に水を汲み、にがりを4、5滴入れて、なんてやってられないので、大きな水筒を買うことにする。
それならばいつだって飲みやすいとは思ったものの、水筒は結構なデカさだし、かなり重い。
ピクニックじゃあるまいし、これを毎日、現場に持っていくのも無理がある。
熱いお湯が必要なわけでもないし、ということで軽い水用の容器を探すことにする。
これがまたカッコイイものがない。
カッコイイ容器だからと言って症状が軽減するわけでもないのだけど、職業的にイカしたものが必要なのだ。
そう、イカした容器(何だか、だんだんカッコ悪く思えてきた)
でもこれがないのだ。まったくと言っていいほどない。
「あーもー、どうしてないんだよぉ、あるだろー、なんか、こう、ペットボトルみたいなものがぁ」と思った瞬間に
「 あっ、ペットボトルでいいじゃん」と気付く。
「あほくさ。帰ろ帰ろ、あーさむさむ」

またまたそんなわけで、これからしばらくのあいだ、現場にペットボトルを持参します。
効果のほどは直接、お尋ね下さい。
ではまた。

 

 

080 「説得」 1月19日

説得力のある言葉がもうひとつ思い浮かばない。
ひとつの思考として心の中にはあるのだけど、うまく言葉にできない。

今週からしばらくのあいだ、企業ものの撮影が続く。
打ち合わせを重ね、それなりの方向が見えてきた仕事もあるが、それとは別にまだ漠然としたままの仕事もある。
これからの仕事なので具体的な内容を書くわけにはいかないが、
簡単に言うとメーカーが求めているものと 僕とのあいだにイメージの隔たりがあるということだ。
広告主がいちばん力を持っているわけだから、その意見に逆らうわけにはいかない。
ただ広告主の時代感が必ずしも優れているわけではない(こんなこと書いていいんだろうか。こわ)

僕は単なるカメラマンだから、「その商品をどう売るべきか」、という企画を考える立場にはなく、
与えられたお題に対して、「それならこんな撮り方はどうですか」という程度の提案ができるくらいだ。
ただそれでもモメる。
もうモメモメだ(笑

もちろん、僕の時代感が優れている、と断言することもできない(笑
ただ人が何を求めているのか、ということはずっと考えている。
有形か無形か、その商品がどんな形のものかはわからないけど、
できるだけその人の目線で、それが魅力的に映るよう考える努力はしている。
こちら側の立場から、相手にものを押し付けるのではなく、
「時代の空気を掬い取る」、そんなデリカシーな部分は大切だと思う。

まわりの人たちもこんな僕を信頼して、仕事を与えてくれてるわけだから、あまりモメるようなことはしたくない。
ただカメラマンは誰のオーダーにも簡単に応える、従順な代弁者であってはいけないと思う。
譲れない美意識があるのなら、それを貫くべきだし、 目一杯考えて出された解答ならば、自分を信用したい。
でもまずはそれも相手を説得することから始まる。

わかりました、と言って写真を撮るのは簡単なことだが、 その写真に人が惹かれるとは思えないのだ。
思い入れのない写真に人の心は揺さぶられない。
それを見る人の気持ちにしっかりと届くよう、僕たちは考えて撮る義務がある。

いくらうるさい奴だと思われても、僕は説得する気、マンマンだ。
でもそれが難しいのだけど。
感覚を言葉に置き換える。
それがあまりにも困難だったから、僕はカメラマンになったのに、結局は言葉か(笑

 

 

 

079 「4人展」 1月17日

3月に写真展がある。
ビーツギャラリー立ち上げに携わった4人展だ。
趣旨ははっきりと聞いていないものの、世代も変わったし、まあひとつの節目で、という感じなのだろうと思う。

作品を撮りたいという想いはある。
去年はひたすら仕事をし続けたから、今年はちょっと自由な写真を撮ってみたい。
そう思って写真ネタを考えたりするのだけど、いろんなものに追われて、じっくりと考える時間がないのだ。
3月のアタマだから、来月中には撮り終えていなければならない。
ちょっと急過ぎやしないか。
回顧展にしてくれないかなぁ。
あー、無理だろうなぁ。
みんな許してくれなさそう。
そんなわけでとにかく撮らなくては。

で、何を撮ろう。
何はともあれ、カメラは間違いなくデジタル。
もともと方向性の違う4人だったけど、この3年間でその違いは顕著になった。
よりそれぞれの個性が具現というか、写真人格が形成されたというか、違いが明瞭になったというか。
まあそんな感じでありまして、僕の中でのいちばんの変化は、デジタルを完全導入したということだろうと思う。
写真も変わったとは思うけど、精神的に解放されたというメリットが最も大きい。
自由になれたのだ。
デジタルはこの数年間の僕にとって、シンボリックな存在だった。
良い悪いは別にして、この節目の写真展でデジタルを使わないわけにはいかない。

ただ問題は何を撮るかだ(偉そうにいう話でもないのだけど)
できるだけ今を撮りたい。
現時点の僕の等身大をかたちにできればと思う。

「現時点の僕の等身大」
何だか書くとかっこいいな。
でも時間がないなぁ。
ほんとに撮れんのかなぁ。
やっぱ回顧展にしてくれないかなぁ。

 

 

 

078 「マナカナとミッキー」 1月15日

マナカナちゃんに会った。
これがまたかなりかわいらしいのだ。
収録中、モニターを覗くムービーのカメラマンが「かわいいなぁ」とつぶやく。
持って帰りたい種類のかわいらしさ。
「ファミレスに連れていってあげるからおいで」って言ったら、「わーいっ」って付いてきそうな感じがする。
まあ来ないだろうけど(笑

不思議なのは動きや言動が同じで、目つぶりも同じタイミング、言葉も短いセンテンスならわかるけど
長い言葉も同調するのはちょっとすごい。
同じ脳が電波でリンクしているみたいだ。

インタビューショットが終わって、僕はふたりを見てた。
なぜだか知らないけど、ふたりもニコニコしながら僕を見てた。
正確に言うと僕の顔を見ていたのではなく、僕が着ていたミッキーマウスのロンTを見ていたのだ。
背中には後ろ姿のミッキーがプリントされていて、僕は立ち上がってそれを見せてあげた。
「かわいいーっ」とふたりは声を揃えて言う。
本当にかわいい奴らだ。
でも褒められてちょっと気分が良くなる。
まるでオッサンだな。

 

 

077 「気象予報士と冒険家」 1月12日

寒い。
もう夏がどんなに暑かったかなんて、さっぱりと忘れてしまった。
まさに今「冬将軍」が到来しているのだ。
この寒さは冬将軍以外に考えられない。
何だかこの言葉、バカっぽいけど、けっこう好き。
誰が考えたか知らないけど、かなりイカしてる。

実は天気図を読むのが僕の趣味のひとつでもある。
この寒さは西高東低の冬型の気圧配置のせいだ。
俗っぽく「冬型が決まっている」と僕たちは、しばしば口にする。
冷たい北西風が吹き続き、日本海に波が立つ。

天気図は十代の頃からよく見てた。
これはかなり楽しい。
平面の天気図のはずが慣れてくると立体的に見えてくる。
山並を知る等高図と同じで、高気圧が山、そして低気圧が谷。
風は山から斜面を下り、谷に向かって吹く。
ただ地球の自転があるから、少しだけ風向きはかわるのだけど、そんな感じ。
天気の本をずっと読み続け、カメラマンになってからも気象予報士を目指そうかと思っていたこともある。
ただ気象予報士には学科以外に実技も必要で、その実技は専門の学校に行かないとクリヤーできないほどの難関らしいと聞いた。
いろいろ考えたけど、今は気象予報士の勉強のために多くの時間を割けない、というわけで延期。
やめるのではなく、いつかできる環境が整ったら、挑戦してみたいとは思っているのだけど。

なぜ天気に興味があったかというのは、あんまりはっきりと覚えてないが、
たぶん、子供の頃にヨットに乗る機会が多かったからだと思う。
叔父が大きなヨットを持っていて、よく釣りに出かけた。
もともと海と関わりあいのある家系のようで、ヨットの叔父は海上保安庁の船長に、
また別の叔父は外国航路の船に乗っていて、 田舎に帰ればいろんな種類の船で遊べたものだった。

ヨットを作っている親戚もいて、そこで作っている船が今は亡き石原裕次郎氏のデビュー作である「太陽の季節」にも登場した。
小説の原作は現東京都知事の石原慎太郎氏で、慎太郎氏がプライベートで所有していたヨットも
そこで作られたものと昔、聞いたことがある。
木造のヨット作りで名が知られているらしく、たしかにFRPで作られた最近のものと比べて
優雅な感じがするし、ちょっとした家具のように見える。

堀江健一氏が太平洋を横断したマーメイド号に乗るために、父親に無理を言って連れていってもらったこともあった。
僕は船が好きではあったが、それ以上に旅立つというロマンのようなものに憧れていたのだと思う。
本格的な冒険家を目指そうと思ったことはないが、世界の僻地を旅してみたいという想いは今も強い。
僕がダイバーウォッチや24時間計の時計しか身に付けないのは、
少しでもその雰囲気に浸っていたいという気持ちからだと思う。
いつかカメラと釣り竿を手に、世界を冒険できればというのがひとつの夢でもある。

 

 

 

076 「技術代だけです」 1月9日
 

東京から仕事の依頼を受けて訪れた、外資系の貴金属店で撮影。
写真に納めたネックレスはとてもきれいだった。
ダイヤがふんだんにあしらわれ、ハリウッド女優がアカデミーショーで身に付けているようなもの。
しげしげと眺めてみたが、さすがに良くできている。
好き嫌いはあるかもしれないけど、宝石デザインってすごいと、ちょっぴり感心する。
ちなみに値段は2800万円。
首に2LDKがぶら下がっている感じだろうか。

こんな仕事をしていると普段はなかなか、お目にかかれないようなものを見せて頂く機会がおおい。
もちろん緊張しながら見るだけで、買えたためしは一度もないのだけど。
何しろ首からマンションだから。
運良く2万8000円だったとしても、財布と相談し、天井を見上げて月末の引き落としを計算したりするのだ。
もう何だか、さっぱりわからないけどすごい。

実質的なコストのせいで値段が高くなる貴金属と違って、アンティークというものもある。
これは値段がピンキリだけど、人が
欲しいのに数が少ないものは高い。
モノの純粋な価値から考えると明らかに高いのだけど、人が欲しいモノは高く売れる。
それとはまた少し立ち位置が違うかもしれないが、値段が付かないようなアンティークもある。
以前撮影したのは千利休が作らせた本物の黒楽茶碗。
おそらく値段は付かない。
漆黒の風景に渋い赤色が浮かび上がる。
時代がかった様子から一目で高価なのはわかるけど、客観的に価値を考えれば「頑張ればローンで買える金額かも」と思う。
でも買えない。なぜなら利休の黒楽だからだ。

茶碗を作るのに必要なものは「土と上薬と窯と技術」。
びっくりするほど高価なものはなさそう。
なのになぜ価値が生まれるかというと、いたるところ技術ということになる。
いろんな要素はあるだろうけど結局は「技術と創造力」なのだ。
なんだか写真によく似ている。

昔はフィルム代とプリント代くらいはかかったのだけど、最近はデジタルなので撮影時にかかる経費はゼロになり、
ギャランティーのすべては純粋なる技術代になった。
同じ機材を使い、まったく同じモノを撮影しても人と同じにはならない。
そこには撮り手の技術や考え方が反映されている。
ただ売れるから良いものとか、売れないから悪いものとは思わなくて
作られたものがいかに時代にフィットしたか、ということだと思う。
写真家ならともかく、カメラマンなら時代の空気をすくい取る作業は必要だろう。
その人の考え方に価値が生まれるか、否か。
別に価値というものにこだわる必要性はないのだけど、ひとつの考え方としては面白い。

 

 

075 「信号待ちで考えたこと」 1月7日

 

雪の降る光景を撮影したいとずっと思ってる。
場所は草原のように木が生えていないのが、僕のビジュアルイメージだから、スキー場のようなところ?
時間は夜。
でもその撮影のためだけにスキー場まで行くのはかなりの勢いが必要だ。
ぼた雪ではなく、ふわりとした雪が見たいから、近場でも信州。
ただ行ったからといって必ずしも雪が降るとは限らない。
ずっと晴れっぱなしということも十分に考えられるのだ。
本当にスキーをするのなら、それがベストなのだけど。

スタジオへの帰り道、大通りの信号待ちで立ち止まり、ぼーっと西の空を見上げていた。
薄いはけ雲が東に向かって流れていく。
車がヘッドライトを付けているのに、まだ空は明るい。
少しだけ日が長くなったみたいだ。
12月22日の冬至を超えると日照時間が長くなる。
曲線グラフでいう最下部を抜け、頂点である夏至に向けて、ゆっくりと登り始めたところだろうか。
なんだかちょっぴり新年にふさわしい感じ。

新しい年が始まりましたです。


 

 

074 「生と光」 1月3日

あー、さむさむさむ。
スタジオはPタイルのせいか、足が冷えてしょうがない。
ずっと暖房を付けていても暖かくはならない。
年末から急に冬らしくなった。
スタジオの暗い廊下を歩いてトイレに向かうと、柔らかい光がビルの奥まで差し込んでいる。
それを見ると少しだけほっとする。

12月から1月のページへと切り替えるにあたり、過去の日記を少し読んだ。
010にいつかアイルランドについて書きますと言ったっきり、もう五か月くらい経ってる。
ちょっと焦った。
というわけで今回はその旅の話を。

記憶に残る旅というものがいくつかある。
仕事ではずいぶんといろんなところに行かせてもらったし、どこの国もそれぞれの楽しさがあった。
ただアイルランドはカメラマンである僕にとって、特別に思い入れのある国だ。
イギリスの北西部に位置し、面積はおそらく英国とそんなに変わらない。
独立国家だけど、僕の記憶が確かであれば北部の一部がイギリス領。
北アイルランドと呼ばれ、首都はベルファスト。
カトリックとプロテスタントとの対立でよくテロ事件が起こり、
決して治安のいい街ではない。
ただ僕が訪れたのはアイルランド本国なので、北とはまったく性質が違う。
誰も目を合わしてくれないほど、シャイな人たちで南西部には幌馬車に乗っているような原住民が住んでいる。

旅はたしか3月か、4月頃だったように思う。
猛烈な寒さだ。
あまりの寒さに思わず小さな悲鳴を上げる。
何せ少し北に上がれば北極圏なのだ。

首都ダブリンを出発し、曇天の空のもと、ひたすら西に向かう。
雨や雪は降らないものの天気は悪いし、毎食サカナとポテトだし、だんだん気分が滅入ってくる。
風景は少しずつ変化し、やがて大地を覆っていた土は岩盤に変わる。
海と岩しかない風景がどこまでも広がり、
海岸線の道に沿って、手のひら大の岩を積み上げた石垣が永遠のように続く。
石垣は岩の大地に亀甲模様のように配されている。
強烈な風が作物を育てるための土を吹き飛ばしてしまうために考えられた。
畑を掘っても掘ってもそこから出て来るのは岩ばかりで、人々はそれを風避けのために積んだ。
人の手によって、ひとつひとつ積み上げられた岩でできた石垣が、見えない遥か彼方まで続いているのだ。
走る車の中からその光景を見ていると胸が痛くなった。
途方もない時間と絶望的な労力。
その見返りとして立派な作物が育つわけでもない。

雪はほとんど降らず、ただ恐ろしく冷たい強烈な風が絶えることなく吹き荒れる。
寒さのせいで、かき氷を一気食いしたような頭の痛さがずっと続いているのだ。
体が硬直しているせいか、不思議なほど疲れるし、次第に誰も話をしなくなった。
コミュニケーションを持とうと思うほど前向きな気持ちにもならず、
それ以上にこの風景を前に語ることがどれほどの意味があるのだろうという、負のエネルギーに満ちていた。
百メートル以上ある断崖の縁で僕は風にさらされながら、大西洋を眺める。
この先には何もない。
「最果ての地」という言葉がふさわしい。

ただ時折、太陽光が天国の光のようにグレーの海を輝かせる。
風に煽られた風波が波頭をきらきらと光らせる。
強い風に吹かれた雲の隙間から、いくつもの光がミラーボールに照らされた光線のように差し込んだ。
そんな光景を見ていると胸が熱くなった。
「光」とは 生きることなのだ、という気持ちが心に沸き上がった。
心理的な意味などわからない。
けれど間違いなく僕はその光景に希望が感じられたし、しっかりと大地に立って足を踏み出そうと思う気持ちを光に与えられた。
きっと人々は昔からこの光景を見続けてきたのだ。
ニューグレンジ(注)のように光を信仰する世界が存在したのもうなずけるし、
この最果ての地では光が生きることの希望だったのだと僕は考えている。

僕はこれまでの人生の中でどれほど「光」という言葉を使っただろう。
おそらく普通の人よりかは多い。
でもそれに対しての依存度はきっとアイリッシュよりも少なかったと思う。
光を扱うことは写真を撮っている僕の生き様ではあるけれど、それに生きることの希望を重ねあわせたことはなかった。
あの光景は光に対する自分の価値観を置き換えるほど、貴重な経験だったと思う。


スタジオの外で子供の声がする。
ブラインド越しに下を見ると道路で子供が走り回っている。
くっきりとした斜光が彼らを照らし、その足下から長い影がのびる。
久しぶりに光があることの幸せをちょっぴりかみしめる。


 

アイルランド現地情報(株式会社アイシーティHPから抜粋)

ニューグレンジ
Newgrange
アイルランド東部、ダブリンから60kmほど北西に貴重な古墳群があり、そのあたりを世界遺産として1993年に登録されました。そのなかで一番大きな古墳がニューグレンジです。ピラミッドよりも古く、5000年前以上のものです。単なる古墳ではなく、アーチ型の天井を持つ世界で最も古い建造物であり、すぐれた工法を持ち、全て石の板や柱で作られており、石の重さは20万トンほど、作られてから5000年以上もの間一度も雨水が入っていないほど防水もしっかりしています。天文学的にも驚異的であり、入り口から墓に続く通路の上部にある小さな窓から、1年に1度、1年で最も日の短い冬至に太陽の光が墓室に差し込むように設計されています。これは、そのころ太陽が神の位置にあったからではと考えられています。ニューグレンジとはアイルランド語で太陽の洞くつという意味です。


株式会社アイシーティ
I. C. T.(Ireland Celtic Travel)Co.,Ltd.

 

 

 

073 「始まりですね」 1月1日


空気が雪山のように冷たい。
スタジオを出たら東の空に月が輝いていた。
一瞬、満月かと思ったが上部が黒く落ちて、下から太陽に照らされているのが想像できた。

あの夜空の下に2005年の太陽が息を潜ませて待っている。
どこからか鐘の音が聞こえる。

また始まるなぁ、と思うと背筋がしゃんとのびる。
どんな年になるだろう。
そしてどんな人たちに出会えるのか。
緊張と期待とが交錯する。

まあ、何はともあれ、ベストを尽くそう。

今年もよろしくお願いします。

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