112 「友人」 4月27日


ちょっと前の日曜日、中学校、高校をともにした友人がスタジオへ遊びに来た。
僕が実家を出てから、なかなか会う機会がなくて、いつも年賀状で近況を知るくらいだった。
スタジオができた時、遊びに来たいと言ってたものの、なかなかお互いタイミングよく会えずにいた。
その彼が僕の「東京に行く」という日記を読んで、「とにかく次の日曜日、そちらに行きます」とメイルを送って来た。
僕も日曜日に入っていた京都の撮影が、サクラの満開時期と重なり、混雑が予想されたので延期になった。
そんなわけで彼はやって来た。

彼は子供の頃とまったく変わらない、バタバタとした走り方で坂道を降りて来た。
顔も表情も当時のままだ。
それを見てなんだか笑ってしまった。
彼とはどれほど多くの時間を共有したかはわからないし、たくさん旅もした。
その僕たちが会わなくなったのは、20代中頃だろうか。
お互いが社会に出て、それぞれの生き方を始めた頃だったように思う。

スタジオで話していても何か少し照れくさい。
別に無言になることはなかったけれど、男同士ってなんでいつもこんな感じなのだろう(笑
僕たちはそれぞれの近況を話し、タバコをふかして、共通の友人について語り、グビグビとコーヒーを飲んだ。
3時間ほどがあっという間に過ぎて、僕たちは近くのファミレスに移動して話し続けた。

彼はコンピューターのプログラムを作る会社で働いている。
某検索サイトも彼が作ったと言っていた(間違ってたらごめん)
でも今はプログラミングではなく、組織を統括する立場で人事も行っている。
いわゆる部長職のようなものだから、ずいぶんと出世したのだろう。
顔は相変わらず子供みたいだけど。
でもいつも頑張っていたから、今の立場に彼がいるのもわからなくはない。

彼が属しているコンピューターの世界は展開が早く、
技術職ではあるけれど、僕たちのように経験が蓄積される種のものでもない。
基本的にすべてはゼロからスタートするのだ。
昨日までの最先端が、今日には古ぼけたものになっている。
毎日、トップギア、フルスロットルで疾走するようなスピード感が僕には伝わってくる。

少し疲れ気味のその彼をずっと悩ませているのは、人事についてで、
入社からずっと一緒に働いてきた同僚の多くを、自分が解雇することになるかもしれない、ということだ。
常に新しいノウハウを取り入れながら、走り続ける業界だけど、すべての人がその適性を持っているわけではない。
能力的にできない、という人や体質的に合わない、という人が必ずいる。
今はまだ潤っているが、近い将来、システムが変わるような大きな改革があり、
それに向けて移行をしていかないと会社はかなりのダメージを受ける、ということらしい。
そんなわけで彼は、できない社員に「できる、やればできるんだ」と一生懸命に説得するのだろう。
社員もそれに応えようとするのだが、でもやっぱりできなくて、どうしようもなくてウツになっていく。
会社の何割かはウツだ、と彼は言っていた。

「会社を辞めて何か新しいことができないかな」と彼は言う。
みんなと一緒に新しい変革を乗り越えて行きたい、と努めてきたものの、
結果として仲間を自分が解雇することになるかもしれない。
その決断ができるのか、そんなことをするくらいなら、いっそ会社を辞めてしまおうか。
そんな心理で揺れ動いている。
辞めて新しいことをするのが魅力ではなく、目の前の現実を直視したくない、という気持ちが僕には感じられた。
ほとんど八方塞がりのような状態だから、気の利いたアドバイスも見つからない。
「辞めたかったら、それでもいいよ。どんなことをしてでも生きて行けるさ。
ただどうせなら最後に本気で取り組んでみればいい。ダメもとでベストを尽くして、それから辞めればいいじゃん。
その方が絶対すっきりするだろうし、次も頑張れるって」
と僕は言った。大した説得力もないアドバイスだったけど。
でも話した内容は間違っていないと思う。


3日ほど前、彼からメイルが届いた。
「このあいだはいろいろ話してしまったけど、気にしないで欲しい。
まわりからも期待されてるし、とりあえずやれるだけやってみるよ。
それと上京の準備に入りましたか。なんだか他人事ながらワクワクするなぁ。
頑張れ」
そんな内容のメイルだった。
生きる世界は違うけれど、でもほんと、お互いに頑張ろう。








111 「荷物の整理」 4月23日


最近、良く聞かれるのは「東京での家は決まったの?」という質問。
まだ決まっておりません。
住んでいない物件に家賃を払い続けるのは、ちょっときついですね。
家賃がかぶるのは、せめてひと月位にしたい、というわけで連休明けに物件を探しに行こうと思っています。
何回も東京に通う時間はないから、その3日間で絶対、家を見つけないと、というわけで少々焦り気味。
ネットでいい物件を検索して、その不動産屋を訪ねようと思っているが、おそらく3日間ですべてを回るのは無理そう。
住所や間取り、築年数などの情報を観察して、そこからどんな空間なのかを想像する。
その優先順位で回るしかないだろうなぁ。
なんか他にいい探し方があるのなら、誰か教えてほしいのだけど。

で、まだ何も決まってはないのだけど、少しずつ荷物を整理している。
スタジオと家の2軒分の荷物があるわけだから、できるだけ荷物は少なくして行きたい、というか、
少なくしなきゃ普通の家には収まらない。
そんなわけで荷物の引取先を募集します。
もちろん無料です。
条件は取りに来てくれる人。

ソファー/2人掛け/黒/足スチール/チープな感じですがデザインは悪くないです。
ソファー/1人掛け×2/足スチール/同デザイン(ソファーはセット(3脚)で持って帰って下さい)

小型冷蔵庫/47L/一辺45cmの立方体という感じ/白/冷凍庫付き/フィルム保管にはベストサイズです/新同。

黒布/たぶん1m×25mくらい/人物の背景用に買いました。

材木/大きなものから小さいものまでたくさん/テーブルに使えるような、きれいなものもあります/すべて持って帰ってくれる人に。

バック紙/1800/ベージュ、グレー。

撮影用天板/1800×900厚み15mm/白つや消し。

スチロールレフ板/1800×900、900×600。

透過光用のアクリル板/900×600

大きなものは、ざっとこんな感じです。
5月いっぱいでスタジオは解約しますが、おそらくそれまでは撮影があるので、5月20日以降に取りに来てもらえると助かります。
早いもの勝ちなので、電話、メールでお願いします。

こんな作業をしていると何だか、本当に引っ越すんだなぁと改めて思ったりします。


 

110 「ホテル」 4月19日


明日の天気はかなりの荒れ模様らしい。
おかげで予定していた酒造メーカーのPR撮影が延期になった。
そんなわけで少々、ゆっくりできるというか、とりあえず今日の撮影分のデータ処理と
新しく催促されたいくつかの請求書を書くことができる。
いつも請求書に追われて、遅れながらも何とか提出しているというのに、お金が貯まらないのはナゼ?
つかってるのかなぁ。
つかってるんだろうなぁ・・。

まあ、ともかく今日は朝からホテルで撮影して、スタジオに戻り写真を切って発送。
雑用を済まして、その後また別のホテルで夜まで撮影。
「ホテルで撮影」の占める割合は全体の仕事量から見れば、かなりのものだ。
昔、ホテルという場所は僕にとって、最も嫌な種の空間だった。
当時、学生だった僕にとって、コーヒー1杯1000円は強烈な衝撃だった(たぶんかなりいいホテルだったのだ)
きっとコーヒー以外に何か付いてくるのだろう、と思ってみたり、
ひょっとして女の人が「イケナイ」サービスをしてくれるのだろうか、と思ってみたり(なにぶん、よく分からなかったもので・・)。
でも出てきたのは、そこら辺の喫茶店と変わらない単なるコーヒーだった。
それに妙な緊張感もある。
心なしか、人々が冷たいような気がする。
まあ、それもこれも、当時の僕にとって身分不相応だったということなのだろうと思う。

でも自分が仕事を始めて、そんな場所に当たり前のように立ち入ることになるなんて思いもしなかったし、
ましてや多くのホテルの広告を自分が撮るようになった今の環境は、ちょっと信じがたい。
なにしろ「イケナイ」サービスを期待していたぐらいなのだから。

今、僕にとってホテルは、かなり好きな場所のひとつになった。
何がそう思わせるのかを考えたけど、たぶん、あの非日常的なところだと思う。
外国からのツーリストがいたり、サービスも目一杯だけど押しつけがなく、
ほかの場所にはないピリリとした緊張感にいつも包まれている。
少しだけ旅気分で、ちょっと浮き世離れした空間に身をまかせることが、とても気持ちいいのだろう。

ホテルに慣れたのか。
それとも単に年をとっただけなのか。
ただ間違いなく自分にとって居心地が悪い空間は、昔に比べて減ったような気がする。
ちょっとは大人になれたのかもしれない。
「イケナイ」サービスなんてないことも、とっくに分かってるし。







109  「ハナテン」 4月17日


相変わらずいくつかの請求書が書けていない。
「もう本当に知りませんよ調」の電話やメールが僕をビクビクさせている。
ギャラの請求はさておき、交通費、感材費など必要経費の金額は馬鹿にならないのだ。
それだけでもなんとか返してもらわないと。

いよいよビーツギャラリーの「ハナテン(花展)」が近づいている、というか搬入4日後。
なのにまだ何もできてない、というか考えてもいない(汗
明日撮ろう、というか明日しか時間はないのだけど(涙

一時、自分のブックを作り直そうか、と思えるほどの時間があったのに、
気が付いたら、その時間はどこへやらという感じ。
毎日を何とかこなすだけで、ちょっと先の未来を考える時間がほとんど持てないのがいけない。
ずっと足下だけを見て、前をぜんぜん向いていないような気持ちになる。
写真を撮り続けるトレーニングのような時間は必要だと思うし、その繰り返しの中から見えて来るものはあると思う。
ただそれが自分の進もうとしていた方向なのか、望んでいたことなのか、ということを
立ち止まって、今一度考えるという時間を僕はなるべく持つようにしている。
「本当に何がしたいのか」ということを自分に問うこと。
そしてそれを実行することで、僕は自分のバランスを崩さず、保てているのだと思う。
とにかく自分が好きなことを集中してできる環境作りは大切だと思うし、
だからこそ上手になれると僕は思うのだ。

まあ、そんな偉そうな話はさておき、ハナテンです。
どうするのよ、ほんと。
日記なんか、書いてる場合じゃないのだけど・・。
僕のこと、忘れててくれないかなぁ・・。
そんなわけにはいかないかぁ・・。






108 「東京の家検索」 4月14日


東京の家をネットで探している。
条件は駐車場があることと、一戸建てであること。
仕事柄、駐車場は必須だし、たくさんの機材を毎日、ひとりで上げ下げしなければならない。
それに機材置き場やパソコンの作業スペースなどを考えるとマンションなら3LDKは必要だと思う。
でも東京は以外と面白い一戸建ての物件が多く、
駐車場付きを探せばマンションよりも、安く借りられるケースもありそうなので、
とりあえず第一候補を一戸建てということにしている。

でもやはり東京は物価が高い。
遠かったり、仕事に不便であったりするとそこそこ安い物件もあるのだけれど、
魅力的な土地の家賃にはちょっとびっくり。
心斎橋まで自転車で行けるような、今の環境を東京で望むのはあり得ない。
家を借りるということは、その空間だけではなく、同時にその街の雰囲気というか、使用権というか、
そういうものすべてをひっくるめて借りるわけだから、これまでそれなりにはこだわってきた部分ではある。
住む人が街の性質を作り、その性質が新しい住人を選ぶ。
人によって嗜好の違いはあるかもしれないけど、あー、この街なら住んでみたいなぁ、と思うところは決まって高い。
みんな、考えていることは同じなのだ。

それでもなかなか諦めが悪いのが僕のいいところだ。
どこかに魅力的な物件(もちろん安くて)は必ずあるのだろう。
あとは僕がそれに出会えるかどうかの縁にかかっている。
一度引っ越してしまうとなかなか動きづらくなるし、できるだけいいところを探したいです。
そんなわけで当分、パソコンの前からは離れられそうにないです。

というか、いつもパソコンの前なのだけど。トホホ。

 

107 4月10日 「サクラの竜巻き」


サクラの竜巻きを見たのは初めてのことです。

強い風は、満開になって数日経ったサクラの花を空高く舞い上がらせた。
空を漂うサクラはまるで舞台の紙吹雪のように、はらはらと、ゆっくり落ちて来る。
一番高い花びらは電柱の2倍はゆうに越えていて、
青空を背景にそのピンク色ははっとするほど、美しかった。

スタジオの奥のソファに座って窓の外を見ていると、風に煽られたサクラの花びらが真横に舞う。
左側から現れて、右側の窓枠の外に消えていった。
部屋の電気を消して見ていると、窓枠が映画のスクリーンみたいだ。

花びらは駐車場の乾いたアスファルトの上で、風にもてあそばれているみたいに、くるくると回っている。
やがてそのビル風は吹き溜まった花びらを、ものすごい高速回転させながら、天に向かって延びていった。
そこらにある花びらをどんどん自分に取り込みながら、巨大になっていく。
直径は10mくらい、高さは30mほどのサクラの竜巻きがぐんぐん回っている。
写さなきゃと思って慌ててデジカメを掴む。
でも階段を降りてカメラを構える頃には、竜巻きは消え去っているかもしれない、とも思う。

結局、僕は写真を撮らなかった。
やっぱり見ていようと思ったからだ。
カメラを持ったまま、窓際でサクラの竜巻きをずっと見てた。
ファインダーを通してではなく、肉眼でその不思議な光景をしっかりと見ていた方が、いいような気がしたからだ。

ファインダー越しに発見することはたくさんあるし、
逆にファインダーを見続けていたせいで、本来、自分の目でしっかり見るべき光景を見逃して来たような想いもある。
カメラマンなのだからしょうがないという気持ちと、撮りたいという衝動、
そして同時に自分の瞼に焼き付くほど、その光景を見たいという想い。
そんな葛藤はいつもあって、でもその問いに折り合いを付けられるほどの
しっかりとした解答はまだ見つけられそうにない。


 

106 「入学式」 4月7日


スタジオ前のサクラがかなり咲き出している。
まだ満開というわけではないけれど、絵で描いたようなあのモクモク感はかなりのものだ。
いつ公園のそばを通っても、サクラの下で誰かが何かをしている。
昼は誰かが弁当を食べていたり、営業らしき人が缶コーヒーを飲みながら、一服したりしている。
何だか分からないけど、その求心力はすごい。
せっかくなのだから「サクラの下で」ということなのだろう。
明らかに普段よりも人が多い。
昨日の夜は大人のカップルが、ブランコの柵に腰掛けてサクラを見上げていた。
ちょっぴり微笑ましい光景だった。

今日、スタジオの近くにはきれいな服を着た女性とちいさな子供たちの姿が目立った。
坂を少し下がったところに五条小学校があって、どうやらそこの入学式だったらしい。
校門の前には黒い服を着たたくさんのお母さんとちびっ子たち。
その頭上にはサクラがやはりモクモクと咲き誇っている。
天気も良かったし、素晴らしい入学式日和だなぁ、としばし立ち止まってその光景を眺めた。

今日はいろんな場所でたくさん写真が撮られたに違いない。
親子の背景にはサクラという入学式の典型的な写真。
昔はその手の写真にはぜんぜん興味がなかった。
その中にクリエイティブな要素がないと思っていたからだ。
僕はもっとカッコイイものが撮りたかった。

でも今はその考えもすっかり変わってしまった。
いくらかっこ良くてもそこに撮り手の愛がなければ、何の感動もないし、
見かけ倒しの写真なんて、これっぽっちの魅力も感じられない。
それに引き替え、この手の記念写真はなんて素敵なんだろうと思う。
上手い下手は抜きにしても、そこには愛が溢れている。
僕たちが見過ごしてしまいそうな写真の本質のひとつを、記念写真は含んでいる。
下手だけど、いい写真だな、と手に取って眺めてしまう。

そういえば僕にも入学式の写真があった。
きっと当時若かった親が写真を撮ってくれたのだ。
おそらく画質の悪いコンパクトカメラで、構図も見れたものじゃなかったかもしれない。
でも愛があったと思う。
慣れない手つきで一生懸命に写真を撮ってくれたのだ。
それを考えるだけで、涙がこぼれそうになってしまうのはなぜだろう。

今日もあの校門の前では、愛のある写真がたくさん撮られたんだな、と思う。
少しだけ気持ちが引き締まりました。

 

 

105  「『さくら』西 加奈子」 4月2日


僕の記憶が正しければ、自らの意志で本を読み初めたのは、小学校の四年生くらいだったと思う。
三年生だか、四年生だかの読書感想文を書くために借りてきた本が、
予想以上に面白かったというのが、その始まりだったように思う。
初めはおっきな文字の本だったけど、6年生にもなるといわゆる文庫本みたいな、
小さな文字がびっしりと書かれた本を読んでいたような気がする。

それが何という本だったのかということは、すっかり忘れてしまった。
いくつか覚えているのは「モビィディック」であったり「宇宙戦争」であったり。
子供でも何とか読めそうな外国文学が中心だったように思う。
でも内容はまったく何も覚えていない(笑

好きだった本を読まなくなったのは、中学校に入り、部活を始めてからだ。
休みは正月のたった1日だけという、今思えば信じられない生活ではあったが、
それ以上に顧問の先生が遠い自宅から毎日、通っていたということに頭が下がります。

そんなこともあって僕は次第に本を読まなくなっていった。
僕の第2次本ブームは20才くらいのこと(2回しかブームはないのだけど)。
きっかけは何だろう。
時間があった。
そして自分がたくさんの知識を欲していた。
それ以上に、これからどうやって生きて行くかという迷いがあったのだと思う。

そんなわけで僕は読んでみたいと思う本を、片っ端から買っていった。
紀行記、釣り、冒険、哲学、心理学、機械工学、地学、少年マガジン、歴史書、星座、仏像の見方、
建築、芸術学、焼き物鑑定、商業英語、宗教、恋愛書、時事ニュース、週刊プレイボーイ、月刊エロトピア、文学。
ミジンコの成り立ちから、宇宙のブラックホール、タイムスリップの原理かも知れないワームホールの存在まで。
とにかく読んだ。
アルバイトしか収入源はないのに、毎月5万円くらい本を買った。
ちょっと異常なほど僕は何かに餓えていたし、迷っていた。

どれほどの期間、それが続いていたのかは覚えていない。
でもある日、突然その欲求はパタリと止まってしまった。
専門家ではないから学問を追求してもしょうがないし、それにそこに僕が望んでいるものがないように思えた。
それに広く浅く読むことでも、その学問の向かっている方向性が、かなり大雑把ではあるが、
見えて来て、ああ、心理学というのはそういうものなのか、と僕なりに気が済んだということもある。
ただ文学だけは別だった。
書く人によってこちらに届く事柄が全く違う。
「世界中の文学を読みあさりそうな勢いね」とすっかり顔なじみとなった本屋のおばさんは笑う。
もちろん、そのつもりさと僕は心で思い、こくんと頷く。
「でも無理ね。新刊は1日に100冊出てるから」とおばさん。
僕はそれを聞いてひっくり返りそうになったけど、まあ、すべてが面白いわけでもないしと気を取り直す。

でも結局、僕は文学も読まなくなった。
その理由は、「読むという時間を費やせるだけの価値ある本に出逢うことは、とても難しい」と分かったからだ。
僕は誰かに会う度に「最近、面白い本、読んだ?」と尋ねた。
初めて会う人にも「こんにちは。ところで今までで面白かった本は何ですか?」とか、
タバコ屋で背中を丸くして本を読んでる看板おばあちゃんに「マイルドセブンひとつ。ところでその本、面白い?」と聞いてみたり。
『良い本、探しています!』というカードを首から下げて、ナビオ阪急の角にでも立ちたい気持ちだった。
かなりイカレてる。まあそれほど空腹だったということだ。

僕は同時に書評書?を読むようになった。
なんか、ややこしいな。書評書?たぶん合ってる。
「この本はこんな内容でとても面白いですよ」と教えてくれる、アレ。
でも結局分かったのは、人の意見なんて当てにならないということだ。
好みや年齢、性別、環境など読み手が置かれている状況で、何に共感できるかは違う。

消費されることを前提に出版された本の多くに愛はなかった。
書き手が読者に届けたいという想いのようなものが、僕にはあまりにも希薄に思えたのだ。
その本を作った作家が、どれだけその本を愛しているのか、という感触が僕には掴めなかった。
もちろん僕の第2次本ブームのタイミングが悪かったということもある。
本が売れなくなり、出版社は大々的に広告を打って、販売促進を図ったときだった。
でもその大げさな戦略にシンクロできるほど、実際に世に出た本は魅力的ではなかった。
その不信感と絶望感は、僕に新刊を買わなくさせた。
あれだけ読んだ本の中で、今でも記憶に残っているのは両手の指で足りるほどしかない。
その多くは僕の中から跡形もなく消え去った。
全くと言っていいほど、何も覚えていないのが不思議だ。

さっき読み終えた「さくら」はものすごく簡単に言えば「とても良かった」。
僕の中で何かが同調したのだ。
西さんは友人で、この本が出版された時にも電話がかかって来た。
買ってね、というお願いと、前回の「あおい」という彼女の本の感想を書いた僕の手紙を
担当編集者が無くしてしまったことを伝える、ごめんなさいの電話だ。
まあ、「さくら」が良かったので許すことにするけど(笑
僕も買ったまま、時間がなくてぜんぜん読んでなかったし(許してね)。

担当編集者が本の帯に「本を読んで初めて涙をこぼした」と書いてあった(編集者が書くのも珍しい)。
「またまたぁ」と思って本を読み終えたのだけど、途中、本当に涙で文字が読めなくなった。
絶望や挫折を味わったことのある、いわゆる大人の人なら共感できると思う。
久しぶりに本を読んで良かったと心から思いました。
とてもいい時間を過ごせました。
次の作品も楽しみにしております。





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