141 「四国ロケと三茶散策」 7月31日

かなりヘビーな四国の旅でした。
西に移動することであらためて夏の暑さを再認識いたしました(笑
もう日に焼けて真っ黒です。

羽田から高松に入り、その日は終日そこで撮影、そして宿泊。
翌日は南に下って高知に行く予定だったのだが、どこをどう間違えたのか、瀬戸大橋を渡る。
そして岡山に向かうのだ(泣
まあ橋は途中で降りれないので、とりあえず瀬戸内の風景を堪能することとする・・・。
岡山でUターンして高知に向かい、終日撮影。

東京の仕事だからといって、進め方が違う訳でもなく、もちろん撮り方も変わらない。
見る人に向けて伝えたいことは何なのか、
そのためにはどのような写真を撮らなければいけないのか。
逆算して考えれば本当に必要なものが見えてくる。
僕は別に「要らないものを撮る必要はない」と言っている訳ではなく、
時間の制約のある中で、自分がこれだと信じた被写体にいかに多くの時間を割けるか、ということです。
カメラマンとして衝動的に撮りたいものはあるわけだから、時間があれば自由に撮ればいいのだけど。
でもだいたい時間に追われているケースが多いです。

東京は今日、とてもいい天気でした。
窓の外に見える木が風に大きく揺れていました。
夕方、少し涼しくなったので宅急便を出すために郵便局へ。
古本屋や中古CD屋、ジーンズ店などをまわって、東急ストアで買い物。
日曜日のせいか、とても人が多い。
この街に住んでいるというよりも、どこかから遊びに来たという風の若者が多い。

東京に来て一月半になるのに、自分が住んでいる街に何があるのかが、まだ把握できていない。
商店街が至る所に延び、かつ枝分かれしているので、とても分かりにくいのだ。
おまけにひとつの商店街は下北沢まで何となく続いているので、どこまでを三軒茶屋というのか・・・。
ああ、でもまだ一月半なんだなぁ。
なんかいろんなことがあったせいか、もう半年くらいここにいるような気さえします。
もう新しいことテンコ盛りで、昔の記憶をどんどん遠くに押しやっている感じです。

今週は上京後、初めての仕事っぽい一週間になりそうです。
がんばろ。
もちろん楽しみながらです。



140 「美術館とウドンの旅」 7月27日

今日は銀座で○○画報の撮影。
一般道を走って40分だった。
確か以前は高速で30分だったような・・。
まあそれはさておき、明日からカード会社のPR誌の撮影で四国へ2泊。
来週は別の仕事で新潟に。
それ以外にも仕事が入り始め、何だか少し忙しくなりそう。

このまま仕事が軌道に乗るとは思わないけれど、
違う場所で、新しく出会った人と、これまでと違う形態の仕事ができるのはとても楽しみ。

では頑張ってきます。





139 「標準語と地震」 7月23日

東京では友人と話す時以外、標準語を話している。
その方が何かとコミュニケーションが取りやすいからだ。
関西弁を使うと相手は僕の話の内容を聞く以前に、その言葉の響きに意識が行ってしまうみたいで、
伝えたいことが希薄になる訳だから、それはちょっとまずい。
なので標準語を話している。

この間の撮影のときもずっと標準語で話してて、
編集者の指示があった撮影カットもすべて終わり、ホッとして片付けていたところ、
彼女から、「あー、ごめんなさい。1カット追加なのよ」という言葉。
もう後片付けもカメラバッグのジッパーを閉めたらオワリくらいまで来ていたので、
僕はええっ!と思い思わず口にしてしまった。

「ホンマですかっ!」

めちゃめちゃ大阪弁やん。
僕もまだまだだな・・・。

引っ越しの整理もまだ終わった訳ではないものの、少しずつ住みやすくなって来た。
でも家の作りや窓の形なんかが既製品の全く合わない構造なので、家具の置き場所、
ブラインドの幅、カーテンの長さなど、買って来てそのまま取り付けられるようなものは、何もない。
それゆえすべてを作るハメになる。
どう作るかを考える時間もいるし。
だから家の中を片付けるのに、こんなに時間がかかるのだ。
でも手をかけてきただけあって、いい雰囲気に仕上がってきたと思うのだけど。

今日もホームセンターコーナンへ。
材木コーナーにいると棚から「ミシッ」という音が。
地震だと思い、材木コーナーから離れようとした時、下から突き上げるような揺れが。
女性の悲鳴が上がる。
棚に立てかけている背の高い材木がばたばたと倒れ始め、
あちらこちらで何かが落下する音が聞こえる。
店員は店内を走り回りながら、けが人がいないかを探し、広い空間に集まるよう声をかけている。
商品が散乱し、ペンキコーナーの床は美術家の巨大なキャンバスのように、色で溢れていた。
久しぶりに味わった大きな揺れだったし、ヒザの震えが少しの間、止まらなかった。
あー、やっぱ地震はこわいなぁ。
近くにいたおばあさんは「おったまげた」と言った。
僕は材木コーナーにいたおじさんと、いやあ、びっくりしましたね、と笑い合う。
店員も僕のところまでやって来て、「お怪我はなかったですか」と気を遣ってくれる。
こういう時って、みんなの気持ちがひとつになるように感じるのが、不思議。
生き延びるためには、誰とでも力を合わせてやっていこう、という本能が働くのかな。
まあ、何はともあれ、気持ちが引き締まりました。




138 「多摩川の夕景」 7月18日

今日は二子玉川に行ってきた。
棚を作るための金物を平屋みたいなハンズに買いに来たのだ。
急行で5分ほどだった。

東京の人はニコタマと呼ぶが僕は何だか照れくさいので、まだ二子玉川(ふたこたまがわ)
と呼んでいる。
テンロクと呼ばずにいつまでも、テンジンバシスジ6チョーメと言っている感じだろうか。
ちょっと長くて疲れる・・。

買い物を終えて、渋谷本面のホームに立つ。
夕暮れの多摩川が広がっている。
ちょっと胸が熱くなった。

僕は大阪市内で生まれ、3歳だか、4歳だかの頃に淀川のそばの街に引っ越した。
その当時から30歳くらいまで、僕の遊び場はその川の土手であり、河川敷だった。
もうどれくらいの時間、僕はそこで過ごしたのかわからないほど、
自分の暮らしの中に当たり前のように存在していたのだ。
楽しい思い出もあれば、切ない記憶もある。
いつだって空が大きかった。
夏の夕方は気温差で海から上がってくる風に吹かれながら、
西に広がるきれいな夕空をよく見ていたものだった。

多摩川のそれは僕の何かに軽くヒットしたようだった。
もう少し涼しくなったら、河川敷を歩いてみようと思う。


今週はW楽の撮影で吉祥寺へ行く予定。
始めは僕の写真のテイストを考慮してくれて、長野県への旅取材を入れてくれていたが、
先方と折り合いがつかず、急遽、街の撮影に。
編集の方は他誌の仕事を紹介してくれたり、これから僕が進めていくべき方向性のアドバイスなど、
本当に親身になって相談に乗ってくれる。
関西取材で一度だけお会いしただけなのに、申し訳ないほどありがたいです。
これからもたくさんよろしくお願いします。




137 「吉祥寺と井の頭公園」 7月16日

街の個性についてあらためて考えた。
どうしてもターミナル駅の都合上、行くのはいつも渋谷ばっかりなので、
みんなが口を揃えて良いっていう吉祥寺に行ってみた。
吉祥寺は井の頭公園のひとつ向こう。
新宿から急行で20分ほどの武蔵野市。
で、どうだったかというと確かに良かった。
地方の駅前だから小さな街をイメージしていたものの、神戸の三宮くらいの規模がある。

東京の人は冷たい、と関西では通っているが、僕は逆だと思う。
地方出身者が多い分、他からやってきた人を受け入れるのに寛容な気がする。
それだけ都会なのだろう。
吉祥寺は今まで訪れた東京の街の中で、もっとも人との関係が濃い気がする。
こちらが誠意を持って語りかければ、きっとそれに答えてくれる街なのだろうと思う。
この街なら確かにいつか暮らしてみたいな、と正直、思った。

吉祥寺の駅から歩いて5分ほどの場所に井の頭公園はある。
もう何十年もそこにあるような飲食店や、うっそうとした森の中に隠れるようにして建つ、モダンなカフェ。
ここもまた正直、ちょっとしびれました。
素敵すぎる。
恐るべし東京。

その後、井の頭線で渋谷へ。
土曜日だけあってものすごい人。
もう歩き出したら止まれない。
祭りのようなにぎわいで、どんどん人波に流されていく。
街の規模としては明らかにオーバーキャパシティです。
くたくたになりながら、田園都市線に飛び乗って三軒茶屋へ。
家にたどり着いて、ほっとしました。
小旅行気分です。




136 「迷うことと開き直り」 7月12日

昨日はあまから手帖のSさんが上京してきて、横浜と渋谷で撮影。
ノジョーに道程を聞き、2時間半前に出発。
50分で着いた・・。
まあ、遅れるよりかいいか。

予定時間通り、撮影を終え、渋谷へ向かう。
渋滞にまみれながらも1時間ほどで到着。
でもたくさん迷ったのだ。
多少の焦りはありつつも、迷うということに慣れてくる。
僕なんか、明らかに道に迷ってます的、ふらふらと走っているはずなのに、
誰もクラクションを鳴らす人はいない。
きっと迷う人が多いんだろうな。
道が難しすぎるもん。

でも最近はなるべくナビを使わず街を移動している。
自分が住んでいる街と渋谷、青山、六本木ぐらいなら何となく走れるようになったし、
その位置関係が次第に見えてきた。
この辺りでここのレーンに入っていると合流しやすいとか、
渋滞している明治通りを避けて、宮益坂を通り、渋谷へとか、
住んでいる人にとっては当たり前のことなんだろうけど、
でも何だかちょっと嬉しい。
きっと大阪レベルで言えば「御堂筋をまっすぐ行けば、高島屋にぶつかる」とか
「大阪駅と新大阪駅は違う!」くらいのレベルだと思うのだけど・・・。

まあ何はともあれ走ることにエネルギーを費やさなくてもいいというのは、
楽なことだし、運転に余裕ができた分、街の風景が次第に見えてくるようになった。

撮影を終え、現像所に。
3時間で上がるとのこと。
急いでいるのでどうしてもポジを持って帰りたいというSさんは、その日中に帰阪せねばならない。
上がりの時間は青山で8時半。
新幹線の最終は9時10分台。
かなり微妙な感じ。
上がったフィルムをチェックして渡し、そのままJR渋谷まで送る。
迷いながら走る僕よりも、山手線の方が確実だからだ。

その日の深夜、彼女に電話すると最終の一本前に乗れたとのこと。
とりあえず良かったです。ほっ。





135 「カゲキ」 7月8日

緑道を走っているといろんな生き物に出会う。
とにかく蝶がたくさんいる。
ほとんど関西では見なくなった、白や黒のアゲハやもいるし、
2階でパソコンをやっている時も小鳥なんかが、すぐ前の木に止まっていたりする。
そんな時は鳥が逃げないように、こそこそと仕事をするのだ。

さっきは黒い固まりが道に落ちていたので、避けて横を走ると
その固まりがピョコンと跳ねた。
ゲゲッと思ったら大きなヒキガエルだった。
轢かれてペッチャンコになったカエルを見たことがあったが、 本当にいたのだ。
でもいちばんびっくりした動物は馬だったなぁ。
むしゃむしゃと緑道脇の雑草を食べていた。
わからん。
意味が分からない。
世田谷に馬か・・・。


志茂田景樹も見た。
今日、表参道で撮影を終え、その次の予定まで少し時間があったので、青山墓地の脇に車を止めていた。
すると小道から細い男性?らしき人が歩いてくる。
スズメの巣のようなピンク色の髪。
同じくピンク色のノースリーブシャツ。
シルバーラメのホットパンツ。
あれはもしやカゲキ・・・。

ヒデキを見た時も驚いたが、カゲキもすごい。
あんな人、今まで見たことがない・・・。
なんか、なんでもアリな気がしてきた。
この街は。


 

134 「ノジョーと上戸彩と漫画家」 7月6日

夢を見た。
友人であるカメラマンのノジョーと上戸彩が突然、三茶の自宅に遊びにきたのだ。
連絡しろよぉ、と僕が言い、
まあまあ、気にしなさんな、とノジョーが答え、
お邪魔しまーす、とかわいらしく上戸彩が家に上がる。

へー、いい家じゃないっすか、とノジョーは家の中を覗き回る。
やめろって、まだ片付いてないんだから、と僕はその後を付いていく。
上戸彩は誰かとイチャイチャ電話をしている。
人さし指でグルグルと受話器のコードを巻きながら・・・と言うことはうちの固定電話じゃないか。
目が合って軽く会釈される。
まあ、かわいいので許す・・・。

ノジョーが仮設のサンシェードをグルグル回して遊んでいる。
やめろって、暴れん坊か・・。
上戸彩が勝手に冷蔵庫を開けて何かをムシャムシャ食べている。
目が合って軽く会釈される。
まあ・・かわいいので許すけど・・・。

そんな変な夢だった。
円形脱毛症になったノジョーを気にかけていたせいで、夢を見たのは分かる。
でも上戸彩は・・・わからん。

ファミレスでコーヒーを飲んでいた。
これは今日の現実の話。
隣に漫画家の女の人が座った。
どうして漫画家とわかったかというと、マンガを描いていたからだ。
少し乱れた髪で、メガネをかけて、くたびれたボーダーのシャツを着て、
靴を脱いであぐらをかき、一心不乱にマンガの手直しをしているようだった。
ファミレスの向かいは小学館と集英社。
この状況で彼女が漫画家でなければ、いったい何だというのだろう。

でも誰だかさっぱりと分からない彼女ではあるが、
その典型的な漫画家の姿にちょっぴり感動。
やっぱ漫画家って、こんななんだぁ。
東京はいろんな人がいるなぁ。

のじょーぶろぐ。
http://waterfront1881.air-nifty.com/nojyo1881/




133  「六本木ヒルズと存在理由」 7月5日

朝、6時前に起床。
最近、夜型になっているので、早起きは少々辛い。
朝から仕事なので今日は走らない(あ、まだ続いているのです。ジョギング)。

F画報のタイアップで、デジタルとブローニーで撮影。
東京に来て初めて本気の集中をした気分。
おかげで寝不足のせいもあって、どっと疲れた。

相変わらずの渋滞を抜けて青山のホリウチカラーへ。
東京に来て初めての現像。
ナビでやっと辿り着いたホリウチはショールームのようにキレイ。
なんだか大阪とぜんぜん違うやん。
半日待たされるという噂を聞いていたものの、今日は2時間で上がるとのこと。ホッ。

写真を見せて欲しいとある編集部から言われていたので、またまた渋滞の中を移動。
編集部周辺には駐車場がなく、最寄りの六本木ヒルズの駐車場に入れる。
外車だらけだ。
同じフロアーにある月極駐車場はフェラーリ、マセラティ、ベントレー。
フェラーリ、ランボルギーニ、マイバッハ。
フェラーリ、ロールスロイス、フェラーリ・・・。
こんなにたくさんのフェラーリ、初めて見た・・なんか・・アホくさ。

少し時間があったので、ヒルズ周辺を散策する。
六本木ヒルズとはあのカガミ張りのビルのことを指すのかと思っていたが、どうやらその周辺を含めた名称らしい(たぶん)。
ブランドの路面店や居住区があったりと、これはもう立派な街です。
この広大な敷地には元々、何があったのかと思う。
でも一通り回ってみたが、正直、現在の僕にとって魅力的なものは何もなかった。
時間がそれを味わい深く風化させる、という種の街でもなさそう。
もちろんある人にとっては、とても良いところなのだろうと思う。

東京の街はそれぞれが違った表情を持っている。
六本木、渋谷、新宿、浅草、下北沢、銀座。
ぜんぶ違う。
そのうち居心地のいい場所と、そうでない場所が自分の中で区別できるようになる。
そんなわけで多くの場合、自分の気に入った2,3の街以外は知らない、と言う人がほとんどです。
関西にいた時はたいていの場所の雰囲気は掴めたし、
街中に新しくオープンした店を知らなかったなんて、あり得ない。
でも東京は、あり得るのです。
と言うか、店あり過ぎです(涙
街のことなんて何だって知ってる、と言うのが当たり前だったけど、
ここでは「分からないことはたくさんある」と言うことを素直に受け入れざるを得ない。
それだけ混沌としていて、毎日、何らかの発見があるのが、また刺激になっているのだろうと思う。

出版社で編集長に写真を見てもらう。
「どうして東京に出て来ようと思ったんですか」と彼女は言う。
まったく知らない街に来てみたかったということ、そして自分に何ができるかを試してみたかった、と僕は答える。
彼女は一通りのブックを見終わって視線を上げた。
「あなたは東京に来て正解です。ここでやっていくべきです」
僕はその言葉を聞いて涙が出そうになった。
上京する前、「東京に行ってもやっていけるよ」と多くの友人は言ってくれた。
それはそれで嬉しいし、僕自身、頑張れるつもりではいた。
でも初対面の第三者から語られた、「東京に来るべきでした」という言葉は僕の胸を熱くさせた。
きっと僕はこの地でそんな言葉を待っていたのだ。
「やっていける」と「来るべき」とでは求められ方がまったく違う。
僕はやはり、やる以上は求められたい。
それが僕の上京理由のすべてではないにせよ、この場所と時代に求められることは、
自分の気持ちを説得できる大きな存在理由のひとつではあると思う。

お礼を言って出版社を出た。
フェラーリ、ランボルギーニ、フェラーリの前を通過し、自分の車に乗る。
駐車場の出口から渋滞・・・。
青山のホリウチまでずっと渋滞。
ぜったい自転車の方が速い・・・。

今日はよく寝れそう。






132 「富士山」 7月2日

大阪から帰ってきました。
往復と現地移動を含め、1250km。
走っても走っても道は続く。
もうノイローゼになりそう(笑

出発した時は雨だったのだけど、静岡に入った頃から青い空が見え始めた。
富士川サービスエリアで友人と電話。
話を終えて、空を見上げる。
夕暮れの斜光を浴びて富士山が輝いている。
今まで見た富士山の中でいちばんきれいだ。
抜けのいい青空を背景に、稜線の右肩付近に太陽がある。
山がシルエットになっていて、でも輪郭は白く光る。
写真を撮ろうと思った。

でもその前に飲み物などの買い出しに店内に入る。
レジでの会計を終え、ふと横に目をやると絵ハガキが棚に並んでいる。
写真家、大山行男の富士山だ。
手に取って数枚の写真を眺めた見たが、やっぱすごいなぁと思った。
こんな定番写真なんてしっかりと見たことはなかったのだけど、あらためて見るとすごい。
それを専門に撮っているプロのすごさがよくわかりました。

写真を撮ろうと思ってたのだけど、やめました。
何度もあの山を見てるのに、絵ハガキのあんな富士山には出会ったことがない。
あれらの写真を撮るためにどれほどの時間と労力を費やしたか、ということはわからないけれど、
同じ写真を撮ることを職業にするもにとって、あのエネルギーは半端じゃないし、頭が下がりました。

あの絵ハガキを超えることはかなわないだろうし、
それ以上に写真家魂を見せつけられた思いがして、富士を撮ることはできませんでした。
何だか当たり前のものをたくさん見逃していたみたいで、少しだけ反省しました。
まだまだ見なきゃいけないものは、たくさんありそうです。

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