151 「みんな、好きなことをやろうぜ」 8月26日

毎晩というわけではないのですけれど、緑道を走り続けています。
距離は当初から変わらないのですが、まず一度も立ち止まらなくなったということと、
自分で言うのは何ですが、恐ろしく速く走れるようになったということです。
走る距離を長くする、ということも考えたのですが、時間もかかるし、何だか面倒なので早く走ることしました。

何度も言いますが、恐ろしい速さです。
全速力に近いような速さで2kmほどを走ります。
そんな走り方、今まで聞いたこともないし、自分で見たこともないです・・・。
街中を全速力で走っている人がいたら、それはちょっとおかしい・・・。

走り終えると口から心臓が出そうな勢いで深呼吸します。
それは自分でもびっくりするくらい大きな深呼吸の音で
「はあ、ふぁ、ふあっ、ぐっ、どぅぇ、ふおっ」みたいな感じ。
僕の家の前を通る帰宅中の人々は、そんな僕に関わるとまずい、というふうで、足早に去っていきます。

なんでだろ。
酔っぱらいが「げろげろ」してるみたいに見えるのでしょうかね。
たしかに普通のTシャツに短パン、トレッキング用の靴だから、走ってきたという雰囲気ではないけれど。
僕をぐるりと迂回するように小走りする女性がいるくらいだから、
まあ、あれだけハアハア言ってたら、怖いかもしれない・・・。
そろそろ服と靴を買った方がいいかもね。


このあいだ、Sカメラ氏にちょっといい現像所を教えてもらいました。
車で10分ほどの馬事公苑という場所の近くで、それほど渋滞もないし、
駐車場も確保されているので、とても使い易い。
こじんまりとしたラボですが、嬉しくなるほど気持ちのいい人たちで、もう当分「フィルムだけにしようかな」と思うほどです。
それに自宅のポストまで配達してくれる。
もうあんな渋谷に何回も行かなくていいのです。
あなたたちはグッドでクールです。
さいこー。

いい人に出会うととても気分が良くなりますし、
明らかにウマが合わない人と話したあとは、とても気分が滅入ります。
東京の人が冷たくて、関西の人が温かい、というふうにはぜんぜん思わないし、
その比率のようなものはどこに行っても、同じなのだろうと僕は感じています。
東京にも素晴らしい人はたくさんいるし、それと同時にどうしようもない連中もまた、たくさんいます。
大事なことは誰と知り合いになれるかでしょうし、
そして自分を利用しようとする人間をいかに見破り(おおげさかな)、そこから離れるかということでしょう。
悪い環境に無理にしがみついていても、自分自身が消耗してしまうだけで、
決していいもの作りはできない、というのが僕の考え方です。

仕事においては嫌いなことはしないように心がけているし、
自分が好きなものだけを撮る、という環境が理想です。
仕事という以上は、その分野において誰かよりも秀でることが必要でしょうし、
それはやはり、そのものが誰よりも好きだ、という気持ち抜きには語れないものです。
だからこそ誰よりも上手くなれるのだと僕は思います。
そんなわけで、僕は明らかに僕よりも上手い、と思う分野の写真は潔く捨てました(笑
機材もたくさん売っちゃいました。

東京に来た以上は、有名でも無名でも同列にライバルではあるし、
すぐ近くに恐ろしく上手いカメラマンがごろごろいるわけです。
そんな連中と渡り合っていくためには、自分が本当にできること、
そして誰よりも秀でている自分の写真とは何か、という模索が必要です。
勝てないところは捨て、自分のいい部分だけを特化させるような環境づくりが大事だと思います。
そして時代がフィットしていれば、東京はそれを受け入れてくれるのでしょうね。
時代に求められるか、どうかは運というところで・・・。

きっと人も同じようのもので、自分にどんなに嫌なところがあったとしても、
それを上回るチャーミングさがあれば、いいと僕は思うのです。
どこかに支障が出るほど無理に自分を変える必要もないし、
それなら自分のいいところを伸ばしてあげる方が、僕は素敵なことだと思うのです。
等身大でいこー、というのが僕のテーマです(そうだっけ?)
そんなわけでおやすみ。






150 「O島氏、来る」 8月23日

お盆が明けてから、堰を切ったように仕事が入り始めました。
今の感じでは9月アタマまで日曜もない感じです。
でも正直なところ、ちょっとバテ気味です。
夏バテなんて大げさなものじゃないけれど、でも体が精神的な休息を求めている気がします。

こちらに来て、特別なことをやったわけではないものの、
環境が変わり、そしてそれに順応していくのはとてもエネルギーのいることです。
でも今、その疲れを感じ始めているということは、きっと緊張状態が薄らぎ、
本来の体の状況に戻りつつある、ということなのでしょうね。

東京自体がスピード感のある街ですし、何かを発信している空気は常に感じています。
それゆえ大阪の頃のようにリラックスする、という感覚にはならないのかもしれませんが、
まあ次第に緊張感は和らいでいくのでしょう。
もうすぐ涼しくなりそうだし。


この日曜日、大阪からO島さんがやってきました。
三茶は路面電車みたいな世田谷線のターミナル駅で、下高井戸間をコトンコトンと走ります。
駅前に着くと、暑くて誰もいない広場の真ん中で、O島さんは足を広げ、空を見上げてタバコを吸っていました。
何だかセカチューみたいだな、と思いました。

飯を食べ、山小屋のような喫茶店に寄って、僕の自宅へ。
軽く6時間くらいは話し続けました。
O島さんは尊敬できるカメラマンではありましたが、もともとはそんなに親しい間柄ではありませんでした。
4年間、ギャラリーで時間を共にし、いったいどれほどたくさん話しをしただろう、と今ふと考えてみましたが、
もうちょっと分からない感じです。
そしてそのほとんどが、写真の表現についての話だったのだから、よくネタが尽きないものだと感心します。
リビングのテーブルを挟んで、タバコを吸いながら、東京で二人で話している構図を想像して、笑い合いました。
だって数年前であれば、とても考えられない環境と関係だったからです。
何か、分からないものですね(笑

その後、新宿に向かい、Sカメラ氏、モデルのMちゃんと合流。
メシを食べながら、メチャメチャ大阪弁の一夜でした。
楽しかったですね。なんだか(笑

その日、O島さんが自宅のリビングで印象的なことを言いました。
「そりゃ、こんなところに住んでいたらいいものが作れるよ。というか、作れないとおかしい」という言葉。
前にも書いたように僕の家は古くて狭いけれど、一応、建築家が建てた打ちっぱなしのデザインマンションで、
周りに緑が多く、駅が近いのにとても静かな場所です。
よくこの値段で、こんな場所に巡り会えたな、と今でも時折思います。
確かにこれ以上できないって言うくらい、一生懸命に探したけれど、
でも物件との出会いは運に頼るところが大きいし、そんな意味で今回はツイていたみたいです。

今日は六本木で撮影後、青山で打ち合わせ。
相変わらず渋滞の移動だけど、車窓から見る街並は楽しい。
無数にあるビルボードや美しいかどうかは別としても、こだわって建てた建築群。
そういったデザインコンシャスなものを少なからず、自分が消化している感触があります。
もともと持っている素養も大切だけど、それを磨いたり、育てたりする環境も大事だと、ここのところ考えています。

まだまだ、そんな部分をアウトプットする環境にない僕ではありますが、
そのうち東京に来て自分がどう変わったかが、分かる時期が来れば嬉しいですね。







149 「タイミング」 8月18日

ノジョーから電話。
「今、渋谷なんっすよ。メシでもどぉっすか♪」
そんなわけでメシに行く。
めったに会えなかった東京の友達と、簡単に会えるこの環境は当たり前のことだけどちょっとすごい。
カレーを食べ、三杯のコーヒーを飲み、三時間話し続けた。
夏の間には湘南に遊びに行くから、と言って駅前で別れる。

この間はニューヨークから一時帰国している友達が三茶にやって来た。
彼は東京での仕事を辞め、貯めていたお金でアメリカに写真の勉強に行った。
どれくらい前のことだったろう。
5年にもならないと思うけど、たぶんそれくらい。

のんびりとした州のカレッジでフォトグラフィを専攻し、
二 年ほど前からニューヨークでアシスタントをメインとした写真活動を続けている。
一 年に一度くらいは帰ってくるので、今回は僕が上京したということもあり、東京で会った。
三茶の本屋で待ち合わせをしていて、そのカーリーなロングヘアーを見た時はインディアンかと思った・・・。
なに人なんだ、まったく・・・。

「本場の職人が作る中国料理」の店で二人して定食を食べる。
本場の職人が作っているか、どうか定かではないが、味は悪くない。
愛想のいい女性店員もかろうじて、日本語が通じるくらいだから、
厨房で日本人が鍋を振ってるとは考えにくい。
高級感はない店だけれど、「北京ダック」と注文すれば、
とんでもなく立派なものが出てこない、とも言い切れない変な説得力がコピーやメニューにはある。
技量があるのか、ないのかが、よくわからない謎の店でもある。
でも彼は「うまいっすねぇ」と食べてはいたけれど。

彼はニューヨークでファッションカメラマンのアシストをしたり、
全米を飛び回って、リゾートホテルなどを撮影するカメラマンの手伝いなどを、メインの仕事としている。
仕事は楽しいと彼は言う。
「でもできるだけ自分で撮った方がいいよ」と僕は言う。

僕は原則的に不可能なことはないと思っているし、
もし仮に「本気でやってみたのにできないことがある」と考えるのはとても悲しいことだと思う。
それゆえ僕は「心から望めば、願いごとはかなう」らしき、子供のような座右の銘を未だ持ち続けている。
そんなわけで、何歳だからこんなことができなきゃ、とか、今からじゃ遅すぎるとか、当然のことながら、まったく思わない。
ただベストなタイミングはあると考えている。

彼がずっとアシスタントでいたいのなら、今のままで構わないのだけど、
もしこの先、フォトグラファーとして生きて行きたいのであれば、一枚でも多く写真を撮るべきだと僕は思う。
なぜなら『写真を撮ることを通しての洞察や発見』はその行為以外では得られない種のものだからだ。
例えば自転車に乗れない少年が、自転車に乗ることを想像する。
バランスを取りながら力強くペダルを踏み込む。
ふらふらと走り出したら、すかさず反対側のペダルをまた踏み込む。
交互にペダルを踏み込むとスピードで自転車は安定して走る、というのが少年が想像した自転車の操作技法だろう。
でも少年は自転車が走ることで自分が風に吹かれるとは、きっと想像できなかった。
汗が乾き、心地よい疾走感に満たされることまで、彼の想像は及ばなかったはずだ。

僕が考えるところ、写真も同じで「撮ること」で見えるものがたくさんある。
その技術的な積み重ねが経験になり、その中で感じたことは撮り手にとっての思考となる。
僕たちカメラマンにとって、それは「思想」と呼べるほど自分の内部を満たしているのかも知れないけれど。

その洞察や発見はほんの僅かではあっても、僕たちをある種の高みに連れて行ってくれるような気がする。
それら感触は僕たちを喜ばせたり、大げさな言い方をすれば、生きていることを実感させるのだろう。
そしてそれらを着実に積み重ねていくための、理想的なタイミングはあると考えている。
早すぎるのがいいとも思えないし、遅すぎるとちょっと疲れる。
やはりその人に合った適切なタイミングは、あるのだと思う。

僕たちの職業は社会的に「自由人」というカテゴリーに属している。
一般的な認識において。
だからといって自由だとも思わないし、ある意味においてはとても不自由だとも言える。
何しろ僕たちはすべてを自分で決めないといけないし、
そしてそれは同時に責任を自分で背負い込むということなのだ。
でも「すべてを自分で決断することができる」とも言い換えられる。

彼の場合、写真を始めたのも遅かったし、環境が違うという大変さもある。
でも彼らしく頑張ってほしい、とはいつも思っている。

向かうべき方向を決めて、しっかりと舵を握る。
さあ、どこに滑り出そうか。
それを決めるのは自分自身なんだ。








148 「もんじゃと神社」 8月15日


昨日は、嫁さんの実家に帰郷していたM君と銀座で落ち合う。
「飯でも食べに行きましょう」とM君はタクシーを呼び止め「月島の商店街、入り口まで」と告げる。
おおーっ、何だか慣れてるぅ、M君、男前じゃーん。
それもそのはず、彼は以前、有楽町の百貨店で働いていたのだ。

彼は商店街の奥まったところにある店でもんじゃ焼きをご馳走してくれた。
やるぅ、さすが男前じゃーん。
その後、二人で佃島を歩いたり、有楽町でお茶をしたり。
何だかホモのお盆休みのよう・・・。

まあ、でもとても楽しい時間でした。
サンキュー。


今日は昼ご飯を食べて、近くの神社に向かう。
ある人のエッセイに書かれていた神社が、緑道を南下した途中にあるらしいのだ。
距離はおおよそ一キロ。
住宅街の高台にその鬱蒼とした緑の生い茂る神社はあった。
大きなつくりではないが、趣がある。
境内へと急なスロープが続き、頂上には小さな広場がある。
その広場を取り囲むようにして、本殿や社務所が配されている。
人は誰もいない。
ミンミン蝉が遠くで鳴いている。

どうひいき目に見ても新しく、美しい神社ではないが、でもつくりがいいということは、
ひとつひとつのパーツを見ていけば誰の目にも明らかだった。
建立されてから千年あまりが経つ。

心なしか気温も低く、硬質な空気が漂う。
金色の目をした狛犬がギロリと僕を睨みつける。

手を合わせて、目を閉じ、近くに引っ越してきたことを僕は伝えた。
ここは元気なときに来ないとちょっと大変だな。
世田谷にはいろんな場所がある。







147 「blank」 8月13日

やっと車が直る。
きびきびとした走りっぷりにホレボレ・・・。

この間、○○君と一緒に三軒茶屋にある、東京でいちばんうまいと評判のハンバーガー屋さんに行った。
彼とは4年ほど前、ビーツギャラリーで出会い、
僕よりも一年ほど早く上京していた。
驚くほど若いのに、おそろしいほど良い写真を撮り、それは何だか後頭部を強打させられたような衝撃だった。

飯でも食べませんか、と彼からメールがやって来た。
そしてちょっとアメリカを感じさせるハンバーガー屋さんに、僕たちは行ったのだ(三茶はなんでもある)

簡単に言うと彼は東京に来て、否定され、傷つき、それでも自分を奮い立たそうとしていた。
会わないまでも、彼のホームページの短い文章から、その気持ちは容易く推測できた。
彼はハンバーガーを頬張りながら、この先のビジョンを語る。
でも僕が感じたところ、そのビジョンはあまりにも目先すぎるような気がした。
例えば三年後は良くても、十年後はさらなる戸惑いの深みにはまってしまうのは、目に見えた。

今何がしたいか、と考えることは当然のことでもあるし、
もしできる環境にあるのなら、すべきだろうと思う。
でもそれと同時に自分は最終的にどうありたいか、
生きているうちに何がしたいのか、ということを考えるのはとても大事なことだと思う。
ものすごくパワーのいることだけど・・・。
瞬間的な衝動ではなく、深層心理の欲求を静かにすくい取るような行為。
すごく忍耐のいることだし、厄介だけど、でも必要なことなのだろう。

当然のことながらそのためには何かの犠牲が必要で、
僕の場合だと大阪から東京に来て、仕事が安定するまでのこの空白のような時間だろう。
大阪以上に全力投球できない苛立ちが、正直、ないわけではない。
八分ほどの力ではなく、全力投球することで、その人の本性と言うか、
個性は表出するのだと僕は思う。
でも残念ながら、そんな機会はまだ少ない。

願いを叶えるために、避けることのできないプロセスはあるのだろう。
でも僕は強く自分を信じている。


今の彼は、僕がカメラマンになろうと思った年齢とほぼ同じだから、
時間なんて有り余るほどあるようなものだと思う。
彼なりに苦しいのは分かるけれど、でも物事なんて結果オーライだし、
いろいろあったけど、でも楽しかったね、と思えるようでいたい。

時間なんて売るほどある。
君らしく、楽しみながら頑張れ。







146 「クレスタで自由が丘」 8月10日

もうクレスタは飽きた・・・。
なんかワクワク感がない。
ヌボーッと走ってボヨヨンという感じの乗り心地。
魚で言うとクジラかな(サカナじゃないか・・)

今日は自由が丘で○○画報。
ナビがないので地図を頭に叩き込む。
246を西に、環七を超えて、自由通りを南下。
駒沢通り、目黒通りを超えて二つ目の信号を右折。
最初の角を左に曲がれば左手に撮影場所がある。

もうそれ以外の行き方は分からない。
まったく応用が利かないものだから、万が一、工事でもしてて迂回させられるようなものなら、
終わりだな・・・。
太平洋のど真ん中に浮き輪ひとつで放り出されたのと、どれほど違いがあると言えよう (なんかカタイな)

まあ幸運なことに工事もハプニングもなく、無事到着。
イングリッシュガーデンを借りきって、百貨店のタイアップ撮影。
街中にこんな庭があるなんて、ちょっとすごい。
こんなロケーションはきっとここだけではなく、至る所にあるのだろうし、
街の懐はおそらくものすごく深いのだろうと思う。
なんか、毎日いろんなことに驚いててちょっと疲れてる・・。

今日はブローニーとデジタルで撮影。
フィルムでの撮影も多いが、やはりデジタルはポピュラーなものだし、
作家性を求められない仕事においては、これからのメインストリームになるのは間違いないと思う。
昔は「デジタル持ってますか?」と聞かれたものだけど最近は「デジタルでお願いします」と
それを持っていることを前提に話は進んでいる。
広告主がいれば写真をモニターでチェックできること。
編集物であっても撮影スピードが全然違う。
それがいい写真に繋がるかどうかは、また別の話だけど、でも撮影の環境として定着しつつあるわけだから、
とりあえずたくさんの仕事をしたいと思うなら、デジタルは避けられない。

ここ2年ほど徹底的にデジタルを使ってきたおかげで、その善し悪しや
また対極とも言えるフィルムの美しさを再認識できたような気はします。
正直、どちらも面白い。
どう撮りたいか、とか、どうすれば自分らしく撮れるか、とか
いろいろ考えてチョイスしています。
でも環境が整えば今はフィルムが楽しいかな。





145 「東京の夏」 8月8日

話さなくても分かると思うが、今日の撮影はクレスタで行った。
当然のことながらナビは付いていない。
町田に向かう道中、地図はヒザの上に置く。
片時も離すことはできない(なんかカタイな・・・)

僕がチョイスした道は中央高速だ。
中央フリーウェイ〜♪とユーミンが歌っているアレ。
右に見えるけーばじょおー(東京競馬場ね)
左はびいるこーおじょおー(サントリー。ちなみにビールはモルツ)
結局、今日一日、この曲が頭の中をグルグルとまわっていたのだ・・・。

撮影を終え、同じルートで自宅へと戻る。
案の定、新宿までダラダラとした渋滞が続いている。
高速を降り、環七で自宅に帰るとフィルムを持って渋谷のクリエイトへ電車で向かう。
渋谷は人が多くて疲れるけれど、家から近いし、現像待ちの間も百貨店に行ったり、
カフェに行ったりと飽きずに待っていられるので、最近はクリエイトが多い。

その後、青山にある出版社に四国の写真の納品に行く。
いつものことながら、汗でベタベタだ。
こちらに来てから、ほんと汗をかくことが多い。
その理由は何だろうとずっと考えていた。
たぶん、ひとつは焦り。
知らない場所で、知らない人と、一緒に仕事をすることの焦りはあると思う。
それともうひとつは地下街がないということだ。
暑さから逃れるための地下街が東京にはない。
大阪の梅田だったら地下街を上手に使えば、それほど暑さを感じずに移動することもできるし、
心斎橋なら商店街を歩けば、店からの冷気にちょっぴり助けられる。
でも東京はそれがないのだ。
ただひたすら道を歩く。
おまけにアップダウンしている。
だんだん頭がぼーっとしてくる。
子供みたいに襟足まで汗でびっしょりだ。

もう涼しい季節にちょっぴり恋いこがれている。



144 「いつかはクレスタ」 8月7日

この週末は請求書と写真の加工で終わってしまった。
でも時間があったところで車がないのだから、ちょっと身動きがとれないのだけど。

明日は町田というところで撮影。
東京都といっても場所的には神奈川の上で、多摩と呼ばれる地域らしい。
よってかなりヘンピな場所である(まあ、偉そうに断言することもないのだけど・・)

それゆえ車での移動が必至である(なんかカタイな・・)
なのに今日までに車が直らなかったのだ。
ディーラーは代わりにと車を貸してくれた。
その名は「クレスタ」。
響きがちょっぴり懐かしい。
いや、懐かしいなんて失礼かもしれない。
今も佐藤浩市が立派にCMをしているじゃないか(まあ年式が全然違うけど・・)

シャンパンゴールドのクレスタに乗って環七を走る。
誰かから見たらかなりダンディーであろう、その姿を想像し、ほくそ笑む。
何しろクレスタだし。
僕もそれ相応の年齢でもある。

信号待ちで停車。
ショーウインドウに映っている自分の姿をしばし、呆然と眺める。
おっきな車に子供が乗っている。
どう見てもパパに借りてきた車ぢゃないか・・。

僕もまだまだだな・・・。



143 「ついてないぜ」 8月5日

昨日はひどい目にあった。
都内を走り回りながら、終日撮影。
実際はほとんど渋滞しているから、走り回るというイメージではないのだけど。
これまでの経験からすると昼間の都内の移動は、10kmで一時間ぐらいだろうか。
そして最終の取材先を50m先にして、車が止まる。
エンジンもかからない。
エアコンの使用量に対して、発電機が追いつかないのだ。
車を買ってまだ一年半しか経ってないのに・・・。

とりあえずJAFに電話すると30分で来てくれるとのこと。
ライターには先に取材先に行ってもらい、僕は猛暑の中、車内で待つ。
エアコンのない夏の車内はきっと地獄よりも暑い・・・。
外に出ても暑いし・・・。
人間って、こんなに汗がかけるんだ、というくらい下着までびしょびしょ。
目をやる腕時計の歩みはおそろしく遅い。
あと25分かぁ・・・。
そして蚊の大群に襲われる。
もう抵抗する気にもなれない。
好きなだけ吸えば、という感じ。

もうダメかもしれないと思った頃、JAFの隊員、到着。
後光が見えるというのはこういうことだな。
バッテリーをチェックし、素早く作業開始。
エンジンはかかったものの、発電機が弱っているということでディーラーに持っていくよう言われた。

何とか撮影を終え、ディーラーに電話するとレッカー車を手配するとのこと。
しばらくしてレッカー車がやってくると、僕の車を荷台に載せて行ってしまった。
なんか突然、身内がどっかに行ったような気分で不安になる。
大機材を抱えて電車で帰ることはできないので、タクシーで自宅に帰った。
家に着いたのは夜中で、久しぶりに深い眠りに落ちた気がする。


今日は朝から渋谷の参宮橋で取材だったので、タクシーで現場まで。
でもお金のことを考えると撮影が渋谷で良かったぁ・・・。
撮影を終え、帰りも当然タクシー。
運転手にいろんな抜け道を教えてもらう。
街の風景もたくさん見れるし。

自宅に帰ると電車で渋谷のクリエイトへ。
仕上がりまで3時間ほどかかるので、ハンズでネジ類を購入したり、本屋で洋書を見たり。
写真の上がりは悪くなかった。
ほっと胸を撫で下ろす。
やっと今週の撮影が終わった。

でも週末は加工をしなくてはいけない素材がたくさん残っているのだ。
それにまた請求書の期限が・・・。
結局、東京でもこの終わり方か・・・。







142 「深まっていく過程」 8月3日

昨日、新幹線で新潟に行った。
ある企業が新しく発行するPR誌のための取材で、
かなりシークレットなものなので詳しく書くことはできないけど、
ちょっと装丁のいいグラビア誌になるというハナシ。

新幹線はスピードを上げて北に向かう。
埼玉や群馬を通り過ぎる車窓からは、初めて見る景色が広がる。
当たり前の話だけれど、僕が知らない場所にもたくさんの人がいて、
それぞれの暮らしがあって、いろんな想いを持って人々は生きている。
郊外に向けてずっと続いている住宅街を眺めていると、
当然のことながら、僕の周りだけで日常の何かが起こっているわけもなく、
ああ、最近はほんと自分のことしか考える余裕がなかったなぁ、とあらためて思う。

何度も書くけど、上京してまだ一月半しか経っていないというのは、少し信じがたい。
それほど多くの事柄が僕の前を通過していったということなのだろう。
始めはまったくなかった人との関わり合い、という感触も少しずつではあるが感じ始めている。
人と深まっていく過程とはそんなものだった、と新しい土地に来て思った。
出会う人と細い糸を一本ずつ結び合う、そんな地味な作業なのだ。

いくら自分が頑張れると思っていても、それを生かしてくれる場所を与えてもらわないと何もできない。
結局は人とどう繋がっているか。
それはもっとも大切なひとつなのだろうと思う。

以前も人との付き合いを大切にしてきたと思うのだけど、
こちらに来てそのありがたみを痛感しました。
今はその期待に応えるだけです。




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