186 「バイブル」 1月31日

いつも日記で言ってますが、最近はよく本を読みます。
フィクションの楽しいものも好きですが、できることなら良いノンフィクションを読みたいと思い、
いつも本屋の棚とにらめっこしています。
それなりの量のノンフィクションを読み、従軍記や探検ものも良かったりしますが、
今、記憶にある感じで、いちばんのお気に入りは堀江謙一氏の「太平洋ひとりぼっち」です。

僕が子供のころからヨットが好きだったことや、太平洋を横断するヨットの制作を頼むのに、
僕の親類のヨット造船所の名が出て来たりとか、関心事に偏りがあると思うので、
みなさんに、この本いいですよ、と勧めるのが適当かどうか、わかりません。

でも20才前後の若者がパスポートも持たず、密出国して、誰もなし得なかった
単独太平洋横断を見事に達成する。
台風に直撃するシーンの凄まじい描写は息をのみます。
それが事実だから面白いのですよね。

本来であれば、見つかれば日本に強制送還という立場ですが、
アメリカは冒険を終えてサンフランシスコに寄港する堀江氏を盛大な拍手で、英雄として迎えました。
まだ少年のような堀江氏の偉業は日本ヨット会に激震を与え、
帰国した堀江氏を迎えた日本のフィーバーぶりはすごかったそうです。

それまでヨットで日本国内を離れることは出来ませんでしたが、
この事件以降、出国が許可されるようになりました。
僕も小学生の頃、太平洋横断に使われたマーメイド号の船内に入ったことがありますが、
とても小さくて驚いた記憶があります。
子供の頃に小さいと感じたくらいだから、ほんと、小さいのでしょうね。
あんな小舟で旅立つなんて、そのフロンティア精神はすごいです。


本を話題にすれば永遠に書けそうな気がするので、テーマをバイブルとします(唐突ですが・・)。
好きな小説家に村上春樹さんがいます。
マニアではありませんが、ひとりの小説家としては割合、読んでいる方だと思います。
ほとんどメディアに出て来ないし、あまりポジティブな印象は持たれていないかもしれませんが、
もっとも伝えるということに真摯で、人の痛みを分かろうとする稀な作家のひとりだと僕は思っています。

村上春樹さんのどの作品が好きかということは、好みもあって書くのを避けますが、
誰が読んでも面白いという本をひとつ、ご紹介できればと考えています。
タイトルは『「そうだ村上さんに聞いてみよう」と世間の人々が村上春樹にとりあえずぶつける
282の大疑問に果たして村上さんはちゃんと答えられるのか』という、長いですね・・・。

一問一答形式で面白そうないくつかの質問を書いてみます。

えーと、ランバダって何ですか。
「おやじのぶりっこ」をやめさせるには。
尻尾をつけるとしたなら、どんな尻尾がいい。
ゴルゴ13がセックスでイッていない理由は。
孤独な性格を避難されたことは?
愛し愛されることは人生で大切か?
奥さんは村上さんが有名になると思っていましたか?
どうして耳に興味があるのですか。などなど。

こんなのが282あって、すべての質問に誠意を持って、きちんと答えています。
村上春樹論という名の本が書店にたくさん並んでいますが、この本を読むほうがよほど
この方の思想というものがよく理解できる気がします。
もう何度も読み返してかなり痛んでいますが、たぶんこの先また何度も読むのだろうと思いますし、
僕が大きく影響を受けた1冊であります。

「村上さんの好きな文章は」という問いの答です。

1)鋭利なリズムのある文章
2)深い優しさのある文章
3)ユーモアのある文章
4)姿勢が良く、志のある文章

もし気になるようでしたら、読んで下さいね。
チャオ(これもパクリ)










185 「銀座でカモメ」 1月28日

今週の撮影が終わりました。
銀座ウィークでしたね。
ちょっと時間がなくて、ゆっくりと街を散策することは出来ませんでしたが、
相変わらず銀座のリズムは穏やかで、とてもナイスです。

銀座通りの空を見上げるとよくカモメが飛んでいます。
そんな光景を見ると銀座は海に近いんだなぁとあらためて思うのです。
大阪の街でカモメを見ることはまずないですからね。
ちょっと不思議な光景です。
高層ビルのさらに上空を飛行しているので、
その高さは相当なものだと思います。

真っ青な空を背景に、そして日の光を浴びながら、
音もなく、くるくると銀座の空を舞います。

他の街を車で走っても何とも思わないのですが、
銀座通りだけはちょっと気持ちが違います。
自分の中の銀座は「大阪から新幹線でやって来て観光する場所」というイメージがまだ強く残っていて、
その街を自分の車で走り、自宅に帰るという感覚がちょっと不思議です。

大阪のスタッフと関西弁で仕事をしていると、自分がどこにいるのかを見失う時があります。
建物の中で「あれ今、心斎橋やったっけ、それとも梅田?」なんて考えていたら、南青山でした・・。
もうぜんぜんあかんやん・・。
そんなギャップがもっとも顕著なのが銀座のようです。

今日は青山で納品があったので、いつものルートを通らず、
国会の横を抜けて青山通りに入るという道をセレクトしました。
いつも通っている道からそれほど離れていないのに、まったく風景が変わってしまって、
広い通りのどこの車線にいたら青山に行けるのか、右往左往してしまいました。

東京は広いです・・・。
地図勉強しますです。
ではまた。







184 「愛情」 1月24日 

朝から新宿のパスポートセンターに行ってきました。
10年パスポートが残り半年を切ったので、もう更新しておこうかと。
入国の際、使用期限が半年以上を条件にする国もありますし。

そんな訳で昨日、駅前の証明写真屋さんに行きました。
そこに行くのは初めてですが、大きな現像のマシンも置いてあるし、
店頭には自らがメモリーを差し込んで、プリントする機械、
テントには大きな文字で「何でもお任せ下さい!」的なことが書かれてある。
まあ、かなりやる気があるそうな感じに思えたのです。
それで行きました、パスポート写真に。
自分で撮れなくもないのですが、セットアップも大変だし、
決まった写真サイズに自分の大きさを整える、ということも意外と厄介です。
そんな訳で行ったのです。
でもこれが最悪でした・・・。

店頭でその旨告げると店の後ろに回ってくれとのこと。
裏口から店に入るとなんかヤバそうな雰囲気。
僕が座るだろう安物のイスの後ろに、光る小町らしいスレーブライトがくっついている。
それもセロテープで・・。
無表情な太ったパートのようなおばさんが、やっぱり安物のポラを握り、僕にそのレンズを向けている。
カサもデフューズもないカメラに付いたストロボが僕を激しく照らす。

5分後、絶望感に満ちた表情のパスポート写真が出来上がる。
生の光のせいで、おでこがぴかっと光り、
あごの下には真っ黒な影。
犯罪者の写真ぢゃないか・・・。
あのーあなたはこの写真、10年使う気になれますか、とおばさんに尋ねたかった。
この写真を良しとする感覚が僕には悲しかった。
愛がないんですよね。
大きな設備投資をしなくても、少しの工夫でもっときれいに撮れるはずです。
もっときれいに撮ってあげたいと思ったら、あんな写真にはならない。
でもやっぱりそういうふうには考えないんでしょうね。

普通の人には撮れない写真を提示するのがプロの仕事ですし、
それが出来ないとそれ以上、仕事がつながることはありません。
一回で終わりです。
頑張ったけどいいものが撮れなかった、
もしくは頑張るつもりもないし、いいものも撮れもしない。
たとえ結果が同じであっても、前者の方が救いがあるし、
僕の表情も少しばかりは良いかもしれません。

人に限らず、被写体すべてに愛は必要です。
上手く撮る必要はありません。
きちんと愛情を持って撮られた写真は、こちらに何かを語りかけてきます。
僕はいつだってそう思って撮りたいと考えていますし、
それが僕たちにとって特別ではなく、当たり前のことだと理解しています。

でも当然のことながら、この写真はあまりにもひどく、使う気がしないので、
スキャンでデータ化し、フォトショップで加工することに。
おでこのテカリを取り、肌をきれいにし、まゆげを整え、影を消し、
散髪して、鼻筋を通し、ひきしまった顔に見えるよう、メイクする。
もうほとんどデビュー当時の玉置浩二ばりの写真です。
そう、あの「ワインレッドの心」の時のよう。
もうなんか、一体誰?という感じがしないでもありませんが、
ちょっと笑えるので良しとしましょう。


パスポート書類の提出も終わり、都庁の下にあるカフェでひと休み。
東京では仕事以外、電車に乗ることが多いので、本を必ず持ち歩いています。
今日、読んでた本にはある人の親の死のことが書かれてあって、
それがどれほどつらい経験だったかが綴られていました。
自分自身も年をとってきたということもあり、
両親の年を聞いてびっくりする時があります。
縁起の良い話ではありませんが、でもその時は確実に訪れますし、
しっかりと受け入れることは、とても大切なことだと考えています。


下記の文章は小説家の吉本ばななさんの親が倒れられ、
その際、友人が送ってくれたメールだそうです。
いつか僕にもそんな日が来たら、読もうと思っていた文章で、
ずっとパソコンのファイルに保存しておりました。
とても素敵な言葉達なので、ぜひお目通しください。



『 その人のために自分がやれることは全部やること。
できる限り自由を、感じられるようにしてあげられること。
どんなにわがままになっても、その人の言葉に耳をかたむけること。
でも振り回されないこと。
病気にさしさわりのない程度に、家族の作った料理を食べてもらうこと。
自分が楽しいことをやめないこと。
自分が丈夫で健康できれいでいること。
自分がたまにでもおいしい、人の作った料理を食べること。
病気の空気の中だけにいないこと。
病気の人に、外の世界の空気を自分で運んであげること。
特別なことでなくてもいいので、楽しい時間を過ごすこと。
その人のそばに、生き生きとした生き物がいる、あること。
恐怖とか、絶望とか、黒いものに呑み込まれないこと。
自分が悲しい気持ちをいっぱいためこまないで、こまめに吐き出したり、誰かにちょっとだけ共有してもらうこと。
病気の人も看病する人も一人では試練に立ち向かえないので、そばにいる人の愛情がなによりも大切。
自分以外にも、看病している家族や友人をねぎらうこと。
どうしてもこちら側にまだいてもらいたいときはひきとめてもいい。
できるかぎり手を握り続けること。
でも、その人が本気で向こうに行く決心がついたときは、納得して見送ること。』



ではまた。










183 「snowmen in sancya」 1月21日

朝起きて、窓の外を見たら、雪が積もっていました。
それもかなり・・・。

一向に止む様子もなく、雪は静かに、緑道の木々や垣根に降り積もります。
それを一階のリビングでガラス越しに見ていました。
よく考えたら、今まで自宅からこんな風景を眺めたことなどありませんでした。
今日は写真の加工だけで、外出する用もないので、こんな天気も悪くないです。

雪の重みでワイパーが折れてしまわないよう、駐車場に行くと
天井に30センチくらい雪が積もっていました。
それを洗車用スクレイパーでどすどす落とす。
タイヤも半分くらい埋まっていて、脱出するのはちょっと困難な様子です。
気象庁の発表では積雪9センチということでしたが、
何か観測基準が違うのでしょうかね。

子供が雪で作った球を投げて遊んでいるのですが、
ベンツやBMWに積もった雪をチリトリで豪快にかき集めています。
カチカチに固まった雪球がローバーやシボレーのボンネットにドカンッ。
自分ら、ホンマ、めちゃめちゃやなぁ・・。
お願いやから俺の車には当てんといてな・・・。

この部屋には正面に窓があり、緑道を真上から眺ることができ、
右側の窓からはその道が延びていく様を見ることができます。
もう外は暗くなってしまいましたが、
外灯に照らされるその風景はモノクローム写真のように、白と黒しかありません。

街灯の光に透けた雪がとてもきれいです。
ときおり、きらきらと輝くものが降っているのも見えます。
あれはなんでしょうね。
少しだけ色が付いていて、なんだか夢っぽいです。

ではまた。







182 「熱」 1月19日

風邪をひきました。
今、口に体温計をくわえています。

撮影中、急に寒気がして、こりゃやばいなぁ、インフルエンザか、
今時、食中毒はないだろうなんて思っていたら、突然熱がヒートアップの気配。
訳のわからないいろんな薬を飲み続け、何とかその日の撮影は終了したものの、
南青山から渋谷を通り、三茶までとてもふんわりとした、気持ちのいい状態でユラユラ帰る。
薬のせいです。たぶん。
シートヒーターを最強にし、温風の温度設定も30度を振り切り、Hi設定。
それでもガタガタと面白いほど体の震えが止まりません。
運転しながらちょっと笑ってしまいました。

駐車場に着き、寒い外に飛び出す勇気が出るまで
30分ほどかかりました・・・。
機材を引っ張って、のろのろと家に入り、おでこに冷却シートを貼付け、体温計をくわえる。
一気に39度を突破したので、もうこれ以上は測らないことにする。

3日間、終日続く撮影がもう1日残されている。
たくさんのスタッフが動いているので、這ってでも行かねばなりません。
さてどうしよう、救急病院に行くべきか、とも考えたが、
そんな気力もなかったので、とりあえず寝ることに。

メールが送られて来る約束なので、2時間後、起きたら少し楽になってました。
体温を測ったら、38,5度。
38,5度は意識がしっかりしているに、体が着いて来ないのがちょっぴり不思議。
少し斜めになって歩いたり、言動がおかしかったりする。
とりあえずメールチェックをして、それらにすべて返信を書いて送り返す。

これ以上着られないくらい、たくさんの服を重ね着し、カイロを2つ、背中に貼る。
そんな関取のような体型で、トンプクを飲み、ベッドに転がり込み、眠ることに集中する。
頭皮を汗がつたうほどのおそろしい汗をかき、そのかいあってか、朝には37度を切っていました。

喜んで仕事に出かけたものの、油断してしまったせいか、またまた頭痛と発熱。
お願いして薬を買ってきてもらったものの、見たこともない珍しい薬。
おまけにごくごくと飲んだ後、あっ、水に溶いて飲んで下さいって言ってました、といわれ吐き出しそうになりました。
しょうがないので、水を飲んで薄めることに・・。
でもその薬がとても効いて、順調に撮影は終了。

3日間の撮影を終え、アシスタントと夕食を食べながら、話しまくっていたのに、
帰って体温を測ったら、まだ37,5度あったのでした。

よく考えたら子供のころからずっとそうだな、と思いました。
大丈夫、大丈夫といつも自分を過信する。
いつも母親に怒られてたっけ。

でも思い込みを持つことは今でも大事なことだと思っています。
僕なんてほとんどそんな勢いで生きてきたようなものですから。
おわり。

今、37度でした。




181 「下北でも、ドウモ」 1月12日

ずっとやらねば、と思っていたHPのリニューアルをそろそろしようかと考えています。
というか、まっさらにするのは大変なので、いらないものを削ったり、シャッフルしたり、
少しだけ追加したりする程度だと思います。

それをするにあたり、一通り読み返してみましたが、あの時はあんなに真剣だったのに
今となっては、さむぅ、と思えるようなものがたくさんあります(笑
価値というのは大げさですが、わずかな時間でも良しとするものが、変わってしまうのは不思議です。
いつ完成するかわかりませんが、出来次第またお伝えします。

先日は下北沢に散策に行ってまいりました。
電車で行くと渋谷、経由で3、40分はかかるのではないかと思いますが、
三茶から下北沢行きのバスが出ていて、それに乗ると10分くらいの感覚でしょうか。
街並をぼーっと見ている間に着いてしまいます。
平日だというのに下北は若者が溢れていて、活気があります。
大人が楽しめる場所がまだいくつかあります。
ただ生活感のある街ではないかもしれませんね。

よく下北と比較されることが多い三茶ですが、いい言い方をすれば、三茶の方がよりカジュアル。
分かりやすくいえば、三茶はゾウリ履きでも楽しめます。
まあ、三茶ならいいよね、と思わせるいい加減さと、開拓すればするほど迷宮のような混沌さがあります。
スーパーとか、薬局とか、美容室とか、とにかく生活上必要なものは三茶に格安で溢れています。
下北は洋服とか、雑貨とか、靴とか、家具とか、そういったものがたくさんあって、
それを目的に訪れたらとても楽しい街ですね。


東京に来てから、ある種の本をたくさん読むようになりました。
カテゴリー分けすれば、たぶん民俗学的なものになるのでしょうが、決してそんなに堅いものではありません。
「こんなに違う県民性」とか「ラテンな大阪人」とか「よく当たる人相学」とか、そんな感じです。
東京に来てよく感じたのは「こんな顔立ちの人を見たことがない」ということでした。
それはなにも顔がヘンテコだ、というのではなくて、初めて外人を見た時のような驚きに近いかもしれません。
関西にはいなかった種類の顔立ちの人が東京にはいます。
でもどこの出身ですか、ということも聞けないし、何を聞いたらタブーか、というところもまた関西と違ってややこしいです。
年齢を聞かないのは関西も同じでしょうが、職業も聞かれません。
当然、どんな仕事をしているのか、ということなんてまず聞かなさそうです。
もちろん親しくなれば別ですが、ただどこに住んでるかは平気で聞いてきます。

それとありがとう、という言葉。
関西だったら、喫茶店でコーヒーが運ばれてきた時も、お釣りを貰うときも、タクシーを降りる時も
ありがとう、というのはそんなに珍しいことではありません。
でも東京ではあまり聞いた記憶がありません。
せいぜい「どうも」ぐらいでしょうか。
もちろんそこに冷たさがあるのではなくて、たんなる習慣のようです。

以前、ノジョーが「お金払ってありがとうなんて言ったら、逆にビックリされますよ。
ありがたいのは向こうなんだから」というのを聞いて、ああ、そんなものか、と思ったものでした。
でも何も言わないのも、やはり愛想がないので「どうも」と大声で言うことにしています。
もちろん、きらん、としたスマイル付きで。
おわり。









180 「心をはだかにする」 1月7日

あけましておめでとうございます。
また新年が始まりましたね。

ここ数年、年始の誓いは真剣でした。
とくに昨年の正月は上京にあたり、やるぜっ、とかなりの意気込みだったように記憶しています。
「やるぜっ」というのは来る仕事を一生懸命にやりますと言った意味で、
「何がやりたい」とか「どのようにやりたい」とか、そのようなことは含まれておりませんでした。

でも今年は、ただがむしゃらにやるというよりも、いかに自分らしくできるのか、ということを
神様にお願いしました(たいそう他力本願ですが・・というか自己確認ですね)
それはいろんなジャンルの仕事が舞い込んで来た以前と比べ、こちらはよりキャスティング重視ですから、
やったことのないような仕事を依頼されることは少ないように思います。
でも仕事の種類はたくさんありますから、それに巡り会えれば、ずいぶんと楽しいのかもしれませんね。
どんな仕事が来るのかな、とそんな高揚感があります。


話は変わりますが最近、岡本太郎氏の「今日の芸術」という本を読みました。
ずっと探していたのですが、いつも本屋に行くとすっかり忘れてしまっていて、昨年、やっと手に入れました。
50年も前の本ですが、かなり面白かったです。
もの作りをされる方にはぜひお勧めの本です。

50年も前に業界の権威に対して、よくこれだけの発言ができた、ということの驚き。
そしていかに自由であることが難しく、大事なことかを語る。
目の覚めるような新鮮な言葉が溢れるように飛び込んできます。

その中で僕のいちばん記憶に残っているのは「こころを裸にする」という言葉です。
何かを見た時に、いかに自分の経験や既成概念のフィルターを通さず、素直にそれを受け止められるのでしょう。
「これはこういったものだ」と決めつけず、それが発しているものを心を開いて感じてみる。

きっと子供の頃は誰でも当たり前にできたことなのに、今はとても難しいです。
経験値が上がるということはすべてのことが楽になっていくのと同時に、
新鮮な驚きや感動を失い続けているのだと思います。

心をハダカにし、そして自由であること。
今年はそんな気持ちを忘れずにやっていくのがテーマです。
というか・・今、決めました。

そんなわけでよろしくお願いします。



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