229 「緑道のカエルくん」 7月30日

熱いラブコールにお応えして、カエルくんの写真をアップいたします。
昼間はほとんど姿を現さないので、懐中電灯片手に散策してまいりました。
水もないのにどうやって暮らしているのでしょうね。


発見いたしましたです。
これは小さいですね。
大きめのシュークリームくらいでしょうか。
肩をいからせて、僕を睨みつけます。
「だんだよー、おめー」
そそくさに退散です・・・。


またまた発見です。
これはでかいです。
ビッグマックサイズです。
いったい何をやっているのでしょうね。
こんな調子でほとんど動きませんし、
考えていることがさっぱり分かりません。
むしろ考えているのか、ということすら疑問です。


カメラを構えると突如立ち上がり、ぐぉーと僕を威嚇します。
でもぜんぜん恐くありません・・・。
むしろ滑稽です・・・。

でもカエルくん的には、どぉーだ、こうぇだろー、ぐぉー、という感じなのでしょうか。
はい、いーよ、そのままでねー、動かないで、ピントがこないから、あーいいねー、なんて
ストロボをバシャバシャとたかれてしまう、かえるくんなのでした。

カエルくん的には自分が勝っているのか、負けているのか、さっぱりわかりません。
自分が有利な立場にいるのか、それとも圧倒されているのか、わからなさそうです。
むしろ何か考えているのか、ということすら、やはり疑問なのです・・・。

がんばれ、かえるくん。


次は馬ですね。
昼間しか散歩していないので、なかなか出逢えません。
運良く写真が撮れたら、お伝えします。
ではまた。







228 「ゲロゲロとノロノロ」 7月28日

緑道で毎晩、カエルが鳴いています。
ゲロゲーロ...ゲロ..ゲロゲーロ...。
たぶんいつものヒキガエルですね。

足を伸ばすと20センチくらいはあるでしょうか。
とてもずんぐりとしていて、チーズバーガーが道端に落ちている感じです。
ほとんど動かないので、僕は足でウリウリと雑草が生えてるところに追いやります。
カエルは「だんだよー、やべろよー」と迷惑そうな表情をして、
飛び跳ねることなく、四つ足でノソノソと歩いていきます。

ぺちゃんこになって死んでるのをよく見ますからね。
でも当然のことながら、カエルは僕に感謝しません。
彼らにとっては子供と同様、いじめっ子のひとりに過ぎないのでしょう。
ここは自転車も通るし、犬の散歩コースだし、ジョギングの人もいるし、
馬だっているんだぜ・・・。
チーズバーガーと間違えて、食べられたらどうするんだ・・。


一昨日は栃木県の宇都宮に行ってきました。
もちろん(祝)初栃木です。
車で行こうかと考えたのですが、地図で見ると意外と遠かったので東北新幹線で行きました。
東京駅から一時間ほどだったので、大阪名古屋間ほどの距離があるのかもしれません。
現地集合で、自宅から2時間ぐらいでしょうか。
時間に余裕があれば、ドライブしながら帰ってみたかったのですが、そんな訳にも行きません。
餃子を食べてすぐに帰って来ました。

宇都宮と言えば、餃子らしいです。
それは天理と言えば、ラーメンみたいなものでしょうか。
香川と言えば讃岐うどんみたいな、三輪と言えば素麺とか、
出石と言えば、そばとか・・・麺ばっかですね・・。

昨日は静岡です。
静岡と言っても東京寄りでしたので、車で行くことに。
距離を見て、1時間半で着く、と予測したところ、ぴったり時間通りでした。
あっちこっちに飛ばされたせいで、時間の読みが鋭くなってきました。
ふふふ・・。

そんな感じで調子に乗っていたら、神田まで1時間半かかりました。
それも首都高を使って。
今度は神田から白金台まで2時間かかりました。
静岡にも、宇都宮にも行ける時間です・・・。
ふぅ。

今日は久しぶりに混んでいました。
まあ、いつも混んでいるのですが、今日は強烈です。
移動がずっと渋滞でしたから、まるで東京中の道が車で埋め尽くされているかのようです。
東京の人は我慢強いなぁ、と思ったりします。

でもここでずっと生きて来た人たちには、当たり前の日常なのかもしれません。
僕はなまじっか、関西での運転経験があるためにそう感じるのでしょうね。
エアコン付けて、ずっとノロノロ運転ですから、あちらこちらで車がオーバーヒートしています。
高速でも車が止まっていますから、さらに渋滞に拍車がかかり、すごい悪循環です・・。
パリダカールか、東京かというくらい、車にとって過酷な環境と言えるでしょう。

車が壊れた時、いつも「このヘボおたんこなす車、次は絶対に日本車じゃあー」と誓うのに、
買う時にはすっかり、そんなこと忘れているんですよね。
ばかですよねー。

ではまた。




227 「来月のテーマはチャーミングです」 7月25日

また間があいてしまいました。
すいません・・。

毎日天気が悪いので、その中を傘を差し、機材を運ぶのは大変です。
カメラバッグも少し濡れる程度でしたら問題ないですが、
道が川のようになり、景色が霞んで見えるような大雨はヤバいです。
そんな中を代車で、傘を差しながら、よいしょ、よしょと運ぶのですから・・・。
もう疲れ過ぎです・・・。
とほほ。

関西の時と違って、とにかく人を撮ることが多いです。
最近はほぼ毎日、人物の撮影でしょうか。
もちろん東京ですから、人物の撮影が多いということもありますが、
それ以上に自分が人に強い興味を持ち始めているということが、大きいのかもしれません。

僕たちの仕事は、そのものが持つ魅力が何なのかを見つけることにあります。
それは人もモノも空間も、すべて同じです。
ただどこに魅力を感じるかは人によって異なりますから、その差が撮り手の感覚の違いだと言えますし、
そこに「正しい、間違い」はないと思っています。

でも僕は基本的にあまり絵を作り込むことはしません。
現場で感じた、そのままを写真に取り込むことが、僕の昔からの理想です。
こう撮った方がカッコイイとか、これが今っぽいとか、
自分のスタイルを被写体に押し付けることはしないよう、心掛けています。
特に人の場合は、その人らしさを損なわないよう、できるだけのことをするようにしています。

僕も何度か、撮影されたことがありますが、自分とのギャップに戸惑うことがありました。
たしかある求人誌の仕事で、「カメラマンになるためには、どうすれば良いのか」といった
取材以来を受けたことがあります。
カメラを構え、いないモデルにあれこれ指示をしている、
そんな僕のショットを別のカメラマンが撮るのです。

その写真が悪かった訳ではないのですが、出来上がった紙面を見て、なるほどと思いました。
僕たちは写真を撮るのが仕事ですから、ある被写体に対して、特別な想い入れを持つことはありません。
分かりにくい言い方ですが、一日一日、僕なりにベストを尽くすだけです。
どんな被写体であれ、すべて同一に大切なものです。

でも今から写真を撮るこの人は、これが人生で一回きりの撮影なのかも、とある時から考えるようになりました。
前日に美容院に行ったかもしれないし、メイクもいつも以上に時間をかけて、してきたかもしれない。
僕にとっては当たり前の日常が、その人にとっては記憶に残る一日なのだろう、と思いました。

その時に僕は自分の撮り方を押し付けるのはやめよう、と思いました。
モデルやアーティストなどは別ですが、普通の人には今っぽい写真じゃなくてもいいから、
その人らしい等身大で、素敵なものを撮りたいと思いました。

プロカメラマンとしてどうかと思いますが、多少、企画意図から外れても、この際いいです。
被写体の方に喜んでもらえる、そんな写真をできるだけ丁寧に、
そして一人一人に愛を持って撮りたいと思いました。

その甲斐あってか(?)撮らない日はない、というくらい人の撮影が増えてきました。
たまに物撮る時、どうするんだっけと悩んだりします・・・。


今、HPにアップしている写真はもう3、4年前に撮影したもので、
かなり過去のものですし、自分のアプローチとしてあのような表現手法はもうないです。
ならなぜHPの写真を変えないかと言いますと、面倒だからです・・・。
まあ、まるっきり面倒だからという訳ではないのですが、 いろんなしがらみがあって、出せない写真が多いのです。
僕自身のことというよりも、僕に仕事をくれている人たちに迷惑をかけてしまう恐れがあるのです。
それゆえ今も昔の写真をずっと使っています。
どうにかしようと思いつつ、時間が過ぎてしまいました(本当はたいして考えていませんが・・。)


大きな意味で、被写体をチャーミングにとらえること。
乾いたイメージを与えるものや、愛のないものを僕は必要としていません。

素敵だな、と思う瞬間が時にあって、
一瞬を切りとれる写真なら、できるんじゃないかと思いました。

長くなりました。
それでは。










226  「砧(きぬた)公園/世田谷」 7月16日

三茶から車で、世田谷通りを成城方面へ15分ほど走ると砧公園があります。
初めてこの公園の風景を見た時は感動しました。
日本ちゃうやん・・・。
人いないし・・。

敷地内には世田谷美術館があり、ここの展示も結構面白いです。
僕が持つ、ここの美術館のイメージは、かしこまったものではなく、
たとえば今なら、家具デザイン、アートディレクション、イラストレーションなどのクリエイターズ展をやっています。
来年は岡本太郎展で、あまり知られていない部分に光を当てるとのことらしいです。

レストランも併設されていますが、ここも人が少なく、穏やかでいい感じです。

巨大な公園の中には遊歩道があって、誰かと肩を並べて歩けば、とてもいい話ができそうです。
作りも変化に富んでいて、川があったり、見たこともない外国の木々がそびえ立っていたりします。
まあ、哲学的思想を持つ僕が、考え事をするにはぴったりの場所でしょうか。
うそです・・。

森の中に突然現れる、まるい木漏れ日の風景。
子供なら「ママぁ、あそこで妖精さんが踊っているよぅ」と言いそうな雰囲気です。
僕も突然駆け出して、スキップしながら、くるくると回りたい衝動に駆られます。

僕が妖精さんだったら砧公園にすみたいです。
家の近くの円山公園は、犬に噛まれそうなので・・・。

左の木は多分、さくらだと思います。
木の中に突き刺さっている街灯の高さから比べると、その大きさをわかっていただけますでしょうか。
何よりもすごいのが、枝が地面まで届いているということです。
かなりのワイルド度です。

僕らがよく見かけるさくらは、人に当たらないよう切られているそうです。
でも木のためには、やはり切らない方がいいという話を聞きました。

地上まで桜の花が咲き誇っている、その光景は壮観でしょうね。
花見に来ようと去年、思ったはずなのにすっかりと忘れていました。
忘れっぽいのか、ボケてきたのか、そのあたりは定かではありません・・・。

やはり最後はこれでしょう・・。
猛烈に暑い日でした。
たくさん汗をかいたので、売店で飲みものを買うつもりでしたが、
ヒラヒラと涼しげに僕を誘う、 氷のハタにやられました・・・。

イチゴ味とメロン味がありました。
個人的にはミルク金時が好きです。
コンデンスミルクがおいしいですよね。

食べ終わったら、背筋がぞくぞくしました。
恐るべし、氷の威力です・・。


こんなB級っぽいものを昔、よく食べたなぁと思い起こします。
東京に来てからは、どこか懐かしいなと思うことが多いです。
それはたくさん残っている、古い街並のせいかもしれませんし、
パトカーのサイレンが、昔よく聞いた、ピーポーピーポーだったり、
いろんな要素があるのでしょうね。

世田谷は歩いていると懐かしい気持ちになることがあります。
子供の頃の記憶の風景に近いのかもしれません。

このあいだ大阪からやってきたO島さんは、
「なんかこの辺って田舎ですねぇ」と言ってました。
その感じはとてもよくわかります。

ではまた。




225 「jamjam」 7月14日

今日はまた暑かったですね。
日本橋→品川→築地での撮影で、おまけにエアコン全開ですから、
去年、車が止まってレッカー移動された悪夢がよみがえります・・。

移動中に変な警告灯が点灯して、ちょっとはらはらとしました。
また代車クレスタか、と思いましたです・・。
でもエンジンをかけ直すと消えました。
ほっ。

今日は強烈な渋滞です。
首都高は混んでいましたが、だらだらと都内の下道を走るのも疲れるので、乗ることに。
動かない首都高にあえて突っ込む・・。
かっこ良過ぎです・・。
そこからは男の哀愁というか、諦め感のようなものが伝わってきます。
「それでもおれたちは、生きていかなければならない・・」
昔の角川映画のようで、鳥肌が立ちます。
ふふふ。

今日は不思議な天気でした。
晴れたり曇ったり、湿度が上がったり下がったり、明らかに不安定でした。
これはもう熱帯の気候ですね。

東京の街を歩いていても、あまり空は見えません。
それは建物が高い訳ではなくて、道幅が狭いのですね。
それゆえ空の広がりが感じられないのでしょう。

首都高の素晴らしいところは、速く走れるのではなく、
空が大きく見渡せることです。
深夜か早朝以外は、あまり意味をなしていない高速道路ですね。

今日は渋滞の中、何枚かスナップしました。
不安定な空は素敵です。
それでは。


芝公園付近でしょうか。
チャオ。




224 「好みの喫茶店」 7月12日

三軒茶屋には喫茶店がたくさんあります。
当然ですけど・・・。
昔はもっとたくさんあったらしいですけど、今もそれなりにあります、というか、
発見し続けています、こんなところにもあったのかと・・、雨後のタケノコのように。
タヌキに騙されているんじゃなかろうか・・。

どこまでを三茶と呼ぶべきなのかは難しいですが、
コーヒーを飲めるところ、というくくりで言えば、たぶん30件はあると思います。
それでも正直、僕なりのベストと呼べるものとは出逢えていません。
いい喫茶店はあるのですが、好みのものがないということでしょうか。

僕が好きなのは昔ながらの喫茶店でありながら、外国の香りがする感じ。
木でできたカウンターがあり、ひとりで行ってもゆっくり本が読めたり、
マスターといろんなジャンルにおいて、それなりの会話ができるところ。
神戸にはたくさんありました。

おそらく東京全体でいえば、あるのだと思います。
でも日常の空間ですから、わざわざ電車に乗っていくのも、ちょっと・・という気がします。
三茶では発見できていませんが、下北沢にはありました。
下北は自転車で行けますからね。

店の雰囲気はとても良いです。
すこし値段が高いせいか、客層も良いです。
ただ東京ですから、店の人が話しかけてくることは、まずないです。
でもミュージシャンや役者の多い下北で、ながらく営業しているのだし、
調度品などの趣味からすれば、会話できそうな共通項はたくさんありそうです。
親しくなるには、それなりの時間が必要なのでしょうね。


家のそばにある、喫茶店というよりもカフェですね。
店員の愛想もいいですし、居心地も悪くないのですが、
自分の居場所という雰囲気はありません。
こういう感じのところはたくさんあります。



ここも喫茶店です。
店の中庭には大きな木があって、コーヒーを飲みながらの風景も、悪くないです。
入り組んだ住宅街の中にぽつりとあって、普通の人が見つけるのは、まず不可能だと思います。
こんな場所で商売が成り立っているのが、不思議です。
ひょっとしたら、世田谷の大地主なのかもしれません。

東京はなぞだらけですからね。
なぞなぞです・・・。

なぞなぞって、変な響きだな・・。
それじゃ。

なぞなぞ・・。







223 「1000円と3000円のTシャツ」 7月9日

だんだ暑くなってきましたね。
7月も3分の1が過ぎようとしています。
来月には盛夏を迎えるわけですから、この暑さをきちんとした季節として受け止めておかないと、
あっという間に涼しくなってしまいそうです。
夏が終わる、という言葉の響きに、少なからず寂しさを覚えるのは僕だけでしょうか。

それでも仕事をしている時は、なんでこんなに暑いねん、と思ったりします・・。
酷暑の車のシ−トに座った時、あまりの背中の暑さに、しばし気が遠くなります。
天井を見上げて、目を閉じ、耐えるしかありません。

横浜での撮影を終え、仕事仲間と新宿に向かう。
みんなを車に待たせて、ヨドバシカメラに、来週使うバック紙を買いに走りました。
バック紙を抱えてヨドバシの前を走っていると、前から近づいてくる男が・・。
「おおー、ウッキー!」と思わず叫んで握手を交わす。

ウッキーは大阪時代の友人で、ファッションカメラマンです。
僕より数年前に上京して、頑張っています。
ファッションの仕事は東京では多いですが、その分カメラマンもたくさんいますし、競争はかなり熾烈です。
もちろん技術も必要ですが、それ以上にいかに時代の空気を掬い取れるか、という感覚が大事です。

彼は才能もありますし、とても素敵な感覚を持っているので、
早くそれに相応しいステージが与えられればいいな、といつも思っています。

8月には時間ができるらしいので、メシの約束をして別れました。


翌日、湘南で撮影後、横浜に向かう。
平塚祭りの渋滞にまみれながら、ノジョーの家、この辺やねんけどなぁ、とと思いつつ、
約束の時間を気にしながら、横浜に移動する。
茅ヶ崎あたりで、河口の向こうの海には白い波が崩れていく様子が見えます。
イメージの中の「夏の風景」という感じでしょうか。
かき氷とか売ってんのかなぁ、と思いつつ、とりあえずダラダラと横浜に向かう。

夕方、撮影を終え、第3京浜で玉川まで帰るが、いつもの道が混んでいたので、目黒通りから三茶に向かう。
自由通りを通り、駒沢公園横を抜け、246に合流して自宅に帰ります。
自分でも驚いたことに、最近はカーナビを見る機会がめっきり少なくなりました。
成長するものなのですね(涙
泣きながら覚えた甲斐がありました・・。

今日は連日の撮影分の加工をして、急かされている分の請求書を書きました。
その後、三茶の街に出て、100均ショップに向かいます。
ここには僕の知るかぎり、3つの100均があって、大きなところは、そうですね・・・、
バレーボールの2面ぐらいの大きさがあるのではないでしょうか。
食べ物も生以外はおいてあるので、ちょっとしたスーパーのようです。

注文していたムラバック(撮影の背景に使う継ぎ目のない大きな布です)が届いたので、
それを仕舞う入れものを探します。
でも、ほんと、最近の100均はなんでもありますね。

100均に限らず、いろんなものが昔よりも安くなったような気がします。
1000円のデザインTシャツなんて、昔はなかったですからね。
僕が中学生の頃でも最低、3000円はしたような記憶があります。
でも今、Tシャツを3000円で売ろうとしたなら、なぜ3000円もするのか、
その理由が必要な気がします。
1000円のものと、どう違うのか、ということですね。

前にも書いたかもしれませんが、どちらが安いのか、という勝負はかなり大変です。
品質が同じなら、安い方が絶対にいいに決まっています。
そんな競争から外れたかったら、独創的で、いいものを作るしかないような気がします。
それは写真だけではなくて、もの作りすべてにおいて、言えることなんだろうと思います。

やっぱり3000円のTシャツが買いたいな、と思ってもらうこと。
そういうことって結果論に近いのかもしれませんが、
でもこだわりを持って、いいものを作っていれば、誰かが見ているのですね、これが・・・。
不思議なものだなぁ、とつくづく思います。

それではまた。





222  「台場と磁気ネックレス」 7月6日

昨日は朝から品川で撮影。
午後から広尾へ。

終日、本格的な雨でした。
去年の今頃は何かと大変で、天候の記憶なんてないですが、
結構、雨が降っていたのでしょうか。
蒸し暑いものの、気温はそれほど高くなさそうです。

大阪は4月の半ばから、10月半ばまでが夏でしたからね。
それに比べれば、かなり余裕です。
みんなが暑い、暑いなんて、いっている時に、僕がぜんぜん暑くない、というと
一同、びっくりとした表情をします。
でもほんとに暑さのレベルが違うのですよ・・・。
大阪は・・・。

夕方、虎ノ門で編集者を降ろし、僕は台場にあるサントリーに向かいます。
最初はレインボーブリッジを渡るだけで、どきどきとしたものでしたが、
今はフンフーンと鼻歌まじりです(ウソです。まだ少し焦り気味です・・)。

台場に来ていつも思うのが、六甲アイランドに似ているなぁ、ということです。
きちんと区画された埋め立てで、ポートライナーならぬ、ゆりかもめが頭上を走り、
遊園地があって、街全体が整然としています。
カフェに入っても、人が少なくて東京にこんな場所があるんだと、初めは驚きました。

でもその感じが実は結構好きです。
東京はとにかくどこに行っても人だらけなので、なかなか落ち着ける場所が少ないです。
混沌としたところも好きですし、この台場の静かな感じだけだと、
物足りなくなるかもしれませんが、でも東京において貴重な場所であると僕は考えています。
人込みを避けて、ゆっくりと時間を過ごすには意外と良いかもしれません。

打ち合わせはどの商品を、どのようなライティングで写すのか、という以前の続きです。
パッケージのデザイナー、コピーライター、アートディレクター、
そして僕もそれなりに参加し、撮影の内容を煮詰めていきます。

打ち合わせを終え、深夜に帰宅するとパソコンに今日、撮影したデータを落とす。
肩こりがひどくて、首を回すとずきんと痛みが走ります。
かなりひどい感じです。
今までにはないタイプですね。

実は最近、磁気ネックレスをしています。
もちろんみなさんが想像しているような、金でできたジャラとしたものではございません・・。
そんなカメラマン、嫌ですね・・。
金のネックレス、チャラリ、って・・。
もう少しだけおしゃれです。

初めは仕事の度に外しておりましたが、
今はずっと付けたままです。
もうカッコなんてつけてはいられません。
今は血行を良くすることにベストを尽くさねばなりません・・・。

まあ、そんな感じでして、最近は長時間、運転したり、
飛行機の中で不自然に寝たり、なんか体を変に酷使して来たような気がします。
そのツケでしょうか・・・。
請求書も催促されているのに、気にしつつ、もちろんやっていません・・。


今日は朝から写真の加工をして、昼からは来週撮影分のテスト撮影をリビングで。
部屋が狭くて、引きがないので、まあ、こんな感じで・・。
ライトが低いけど、天井に当たるのでしょうがないか、とか・・。
するとまったく違うものが、出来上がる・・・。

たとえばカレーが作りたかったけど、牛肉がなかったので、豚肉入れて、
カレー粉と間違えて、味噌を入れて、気が付いたら豚汁になっていた、みたいな感じでしょうか・・。

早く終わって三茶にコーヒーでも飲みに行きたいと思っていましたが、
結局、終日、家にいましたです。

でもほんと、請求書を書かないと。
領収書がかなり厚い束になっています。
これ、無効になったら、どうすんの・・。
ホテル代とか、新幹線代、大阪東京間の高速代とか・・・。
やばいわぁ。

日記なんか、書いてる場合ちゃうんやん・・・・。

ではまた・・。









221 「片岡義男 その1」 7月3日

カバンにはいつだって、1、2冊本を入れていますが、
旅の場合は長さに合わせて数冊、持っていくようにします。
それもできるだけ、ジャンルを変えてです。

たとえば歴史小説と風土記であったり、
なんとか入門とミステリーとか、
どっぷりとその世界にはまるタイプと
どこから読んでもいいような、情報的タイプとでもいいましょうか。

読みたい本は、その時の状況や気分で変わりますからね。
なるべくその感覚に沿う本をチョイスするようにしています。
なので同時に3、4冊読んでいることも多いですし、
途中で忘れ去られている本も多々ありますけど・・・。

今回は「こんなに違う県民性」という本と
岡本太郎の「今日の芸術」、
そして片岡義男の「ボビーに首ったけ」を本棚から持っていきました。

「ボビーに首ったけ」は映画化されたので、そのタイトルを聞いたことがある人も多いと思います。
いくつかの小説からなる短編集で、 本棚にあったその本を手にとり、パラパラとめくっていると、
シャープペンシルで線を引いた箇所がいくつもありました。
おそらく20年以上前に買った本なので、かなり黄ばんでいていましたが、
フリーハンドで引かれた線は、僕の記憶を一気に高校生の頃にフラッシュバックさせました。

その物語のタイトルは「どしゃ降りのラストシーン」といいます。
僕が高校2年生の学園祭の時、この小説を舞台で演じることになりました。

オリジナルの舞台は山に囲まれたある地方都市。
高校2年生の夏休みの物語です。

オートバイに乗る主人公、島田裕介の自宅に、クラスメートの女の子であるナミから、絵はがきが届きます。

『 来年になったら、三年生で受験が大変なので、夏のあいだのんびりできるのも今年だけですね。
 おおいにのんびりして下さい。オートバイには乗っていますか。事故を起こさないように。
 そしてヘルメットはかならずかむってください。
  いま私は、ちょっと離れたところに来ているのですが、 ここに来るときに島田くんの家の前をとおりました。
 サルビアの花がいっぱいありました。いま、その花のことを、ちょっと思い出したりしています。
 もう二度と見れないなと思うと、なんだか悲しいような、さっぱりしたような、不思議な気持ちです。
 というのは、私は死ぬからです。自殺します。
 そのために、ここに来ているのです。
  ここというのはこの絵はがきにある山の中ですが、地図を描いておきましょう。
 わかりますか。へたな地図だなあ。×印のあたりで、私は死にます。
 この絵はがきが島田くんのところへ届く頃には、私はもう別の世界にいってます。
  ではいつまでもお元気で。もう会えません。さようなら。あの日の私を忘れないで下さい。
 追伸。これは絵葉書その(1)です。その(2)は鈴木考直くんに送りました。バイバイ』

島田は初め、悪い冗談だと思ったが、気になってナミの母親に電話したところ、
二日前からクラスメートの女の子のところに、泊まっているという話だった。
その女の子に電話をしたところ、ナミが遊びに来た事実がないことを知る。
島田はあわててと鈴木と落ち合い、その×印のところまでオートバイを飛ばすが、 結局、間に合わなかった。

警察の事情聴取、そして教師たちは「あの日の私を忘れないで下さい」という言葉にこだわって、
二人は責められたが、まったくわからなかった。

どれほどかして森田敏行という同級生が島田の元を訪れる。
思い詰めた表情で出されたものは、二人に届いたものと同じ絵葉書だった。
文面はすべてが同じで追伸だけが違っていた。

『私が死んだら、あとからついて来てくれると、いつだったか森田くんは言っていましたね。
 その言葉を信じて待ってます。だからバイバイは書きません。
 この絵葉書はその(3)です。その(1)は島田くん、その(2)は鈴木くんに送りました。
 その(4)はありません。その(3)でおしまいです』

ずっと迷った挙げ句、森田はナミと同じ場所で自殺を決意する。
そして二人のオートバイで、ナミが死んだところまで、乗せて行ってくれるよう頼んだ。


もちろんこれ以降も物語は続きますが、すべてを書くのもなんなので、これくらいにします。
当時の同級生たちが、「お笑い劇とかミュージカルなんて、うんざりなんだよね。
いい物語がないかな。これまでになかったような、そんなものがしたいよ」という話を聞いて、
これなんか、どう、といって僕がこの小説を見せたと記憶しています。
物語を熟知している本人が、役をやるべきだろう、と皆に無理やり島田役にされてしまいました・・・。
まあ、おそらく台詞棒読みだったのではないか、と思いますが・・・。

雨の音や、バイクの音を録音したり、とても大変だったことは、忘れられません。
僕はあまりにも疲れ果てて、その夜の打ち上げも行かなかったし、
翌日も学校を休んだような気が・・・。
どんなに本気で、やってんねん、という感じですね・・・。
思い返してみれば、いい経験でした。

PRも兼ねたTシャツも作りました。
あれはどこに行ってしまったのだろう。
白地に青と紺の文字で、きちんとデザインしたTシャツ。
何日に、体育館で、何時から、don't miss it!みたいな感じだったでしょうか。
どんなに本気で、やっとんねん、という感じですね、やっぱり・・・。

褒めないことで有名な、ある国語教師が「題材も新鮮で面白い。熱さがこちらに届いた」と、
下を向きながら、ぼそっと無愛想にいったのを、今でもよく覚えています。

三年になると進学のことを考えなければいけませんし、
高校生活で何かに熱中できるのは今しかない、という想いは強かったと思います。
上京したのも同じような理由ですし、昔から、こんな性格だったんだとあらためて思いました。

変わったつもりでいても、案外、変わっていないのですね・・・。
それでは。
 

  



220 「東南アジアの夕暮れ」 7月1日

ベトナムから帰ってきても、連日仕事が続いています。
暑くなり始めは体が慣れていないから、きついですね。
加工しなくちゃいけない写真がたくさんあるし、当分のあいだ、休みはなさそうです・・。

今、ベトナムは雨期らしく、晴れていたと思ったら、猛烈な嵐がやってきます。
そしてまた何ごともなかったかのように、晴れ渡ります。
でもおかげで湿度はすごいですね。
室内から、屋外にカメラを出しただけで、レンズが曇ったのにはさすがにびっくりしました。
ソフトフィルターが付いていたっけ、と思いましたが、そんなもの持ってきてないし・・・。

人は穏やかだし、食べ物は美味いし、でも男性よりも女性が楽しい街なのかもしれません。
フランス領だっただけに、おしゃれな建物も多く見かけます。
ヨーロッパの洗練とアジアの泥臭さが混在する街ですね。

でも僕はアジア独特のうさん臭さがないのが、物足りないところでしょうか。
洗練された部分があるおかげで、うさん臭さで突き抜けられないのでしょうね。
僕的にはちょっと混沌さが欲しいところですが、でもそれがない分、女性受けするのかもしれません。

写真は雨上がり、夕暮れのホーチミンです。
昔、サイゴンと呼ばれた街です。

写真では分かりにくいかもしれませんが、日本の夕景とは違っています。
明らかに東南アジアの夕暮れですね。

どこが違うのか、それを説明するのはとても難しいです。
でも僕がずっと旅をしてきた東南アジアの風景と、何か共通するものがあります。
多分それは光の質であったり、雲の色や、空の赤みなのかもしれません。
これといった答えは出せませんが、記憶が甦ってくるのですね。
それは間違いなくアメリカでも、ヨーロッパのものでもありません。
東南アジア特有の何かなのでしょうか。

とりあえず、わからないままにしておきましょう。
わからないものがたくさんある方が、おもしろいというのが最近の流行りです(もちろん僕の)


そういえば先日、宮崎にいった時も窓の外を見ては、「光が違う、光が違うよ」と言っていたような気がします。
シャープなのか、光質が固いのか、ヌケがいいのか、そのあたりはよくわかりませんが、
南の島でよく見かける光だと思いました。

編集者は最初、それなりに受け答えしてくれましたが、
僕があまりにも光に夢中になって話していたので、最後は何も言わずに笑っていました。

それではまた。

 

 

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