237 「パスタ」8月29日

いろんな人に暑中見舞いの返信手紙を書いています。
相手を思い出して、それぞれ違った内容を書くわけですから大変ですね。

でも本当にきちんとしたリアルタイムの近況を伝えるために、 メールで返信することもあります。
目上の方でも、その旨伝え、失礼がないようにメールします。

短い時間でたくさん書けますし、今のライフスタイルにはマッチしているのかもしれません。
もちろん手紙がいいことは分かっています。
それに貰ったら嬉しいですしね。


昨日、軽く数えてみたら、年間、200食ぐらいパスタを食べていました。
店で食べるものもありますが、家でも茹で続けています。
にんじん、せろり、たまねぎをオリーブオイルでいため、
ホールトマトを砕いて入れ、トマトソースを作ります。

ひき肉に赤ワイン、トマトソースを足して、ミートソースも作ります。
1回分用、小分けにしてジップロックに入れて、冷凍庫に放り込みます。
おわり。


僕の場合、男の料理のように材料にこだわり抜いたり、
もう2度と使わないだろうな的スパイスを買い求めたりはしません。
昔は、もちろんそんなプロセスも歩んでは来ましたが、
家庭料理以外は、やはり店でプロの料理を食べた方がおいしい、と思ったからです。

そんなわけで僕が実践しているのは、いかに早く、美味しくて、また安上がりにできるのか、というパスタです。
まあ、いわゆる手抜きというやつですね・・・。
ごまかす、と言った方が正しいかもしれません・・・。
ごまかすことにかけては、かなりの自信があります・・。

これは素人レベルの話ですから、プロの人からすると、やれやれと思うかもしれません。
基本はスーパーで売っている、パスタソースでOKです。
もちろんママーミートソースでも構いません。
大切なことというか、目指すべきポイントは、いかにソースを複雑な味わいにするかです。
深みを出すとも言えるかもしれません。

固めに茹であげたパスタをママーミートソースに和えながら、鍋焼きうどんのように煮込みます。
基本的に味が濃いので、茹で汁を足すか、多めの牛乳でのばしても美味しいです。
最低でも1分位は煮込むことがポイントです。
そうすることで不思議ですが、味の調和ができます。
一体感が出るとでもいいましょうか。
洗いものは増えますが、たったそれだけでグンと味が良くなります。
仕上げにEVオイルをかけて、パセリを振りかければ、見た目もOKです。

『さらに旨味や、深みを加える素材』
しょうゆ/この調味料の世界というか、深みはすごいなといつも思います。
ダシ/和風だしですね。簡単だから。
バター/コクがでます。
アンチョビ/イワシ?の塩浸けですね。味が複雑に。
オリーブ、適当に刻んで入れる。
普通のハム/煮込むと旨味が出ます。
パルメザンチーズ
鶏ガラスープの粉末/もう何料理だか分からない感じが素敵。

という程度でしょうか、とりあえず。
でもこのすべてを入れれば良い、というわけではありません。
ものには限度というものがあります・・・。

なんでも入れれば、味はそれなりに複雑にはなるのですが、
そのパスタが目指している方向性が分からなくなります。
何を食べても同じ味みたいな気がするのです。
そうなると自分でも飽きますしね。

ですからトマト系だったら、トマトを殺さないような味付けをします。
オリーブオイル、にんにく、唐辛子のアーリオオーリオでしたら、
シンプルな旨味を足します。

でもこのアーリオオーリオって、すごい難しいんですよね。
後は塩か、茹で汁くらいしか材料がなくて、なかなか上手くいきません。
シンプルなほど難しいです。
ぜんぜんごまかしが利かないのです。
塩加減とか、茹で汁の量、混ざり具合とか、いろんな要素があるのでしょうね。

たいした料理はぜんぜんできないですが、
調和感というものはとても大切だと思いました。
「海の素材に
海の素材」とか 、
「牛乳とチーズ」とか、
「土を連想させる小麦とキノコのマッチング」であるとか 、
ある方向を決めると、全体的な調和感が出やすいような気がします。
あくまで素人の話ですからね・・・。

でも料理にかぎらず、多くの事柄に共通しているような気がします。
調和って。

それではまた。




236 「プロフェッショナル」 8月25日

食事をしている時間も含め、テレビを見ているのは一日に一時間ほどでしょうか。
別にテレビを見ない派ではないのですが、PCの前にいる時間が長いので、あまり見られません。

決まって見ているのはF1です。
プロストやセナが出ている時から見ていましたが、中嶋悟や鈴木アグリが出場するようになってからは、
時間があるかぎり、深夜、目を擦りながら見るようにしています。
もともとレースは好きですし、海外で頑張っている日本人がいるなら、やっぱり応援したいです。

それともうひとつ。
NHKの「プロフェッショナル/仕事の流儀」というプログラムです。
プロジェクトXは過去の出来事を扱う番組でしたが、
プロフェッショナルは今現在、リアルタイムで活躍している人々を取り上げています。

一話に三か月くらいの時間がかかっているらしく、とてもよく取材されています。
民放でここまで突っ込んで取材するのは、何か他にメリットがないかぎり難しいかもしれません。

多くの人たちはその世界では有名であっても、一般的には知られていない人たちがほとんどです。
難関に立ち向かいながら、悩み、苦しみ、そしてそれを乗り越えていこうとします。
みんなが全身全霊をかけ、それを成し遂げるために、本気で戦う、
プロフェッショナルたちの姿勢を見せられて、胸が熱くなります。

スランプにおちる時もあり、うまくいかない時もあります。
それをごまかしたりしないで、ありのままに描いています。
そこに共感でき、人間らしさを感じるのかもしれません。

この番組、面白いなぁ、と終わってからもしばらく余韻に浸るほどです。

(木)10PM〜
(木)1時10AM(水曜の深夜)〜

興味があれば、見て下さい。


この番組の主題歌を歌うスガシカオ氏が、同番組で言っていました。

 クリエイティブな仕事をする人たちは、「俺が一番」「どうだ、俺の作品だあ」って思ってやってるものだと思っていたからです。
 自分の作った作品にこだわりすぎると、新しいものは生み出せない。次、次、と振り切って行かなければいけない。
 そして何よりも、自分は無能だと思って頑張るしか、次々とモノを生み出し続けることはできない・・。
 今も、曲作りをする上で、常に自分自身に向かって「お前は無能だ、お前ぐらいの才能はどこにでもいる」と思うそうです。
 「根拠のない自信」と「無能な自分」。一見相矛盾する言葉が、一人の人間の中に共存していることこそが、壁を乗り越え、
 プロフェッショナルとしての道を歩み続ける秘けつなのだと思いました。

                   (「プロフェッショナル/仕事の流儀」スタッフノートから引用させていただきました)


東京に来ていつも思うのは、すごい人たちがたくさんいるということです。
だからといって卑屈になっているのではなく、それは嬉しい喜びです。
そんなこと、できる人がおんのか・・。
めちゃめちゃすごい人おるやん・・・。

多くのすごい人たちの存在は、ずいぶんと僕を謙虚にさせました。
ちょっといいものが撮れたからって、ずっと悦に入ってる場合じゃありません。
自分ができる能力を最大限、かき集めて何かを作るしかありません。
本気になれる環境は、それを目指す人にとって、とても素敵なところです。

僕ぐらいの才能の人はたくさんいる。
それを認めることは悔しいことでしたし、そんなことを突きつけられたからこそ、僕はもっと頑張ろうと思いました。
後悔はしたくないし、どれほど過酷なプロセスであっても、譲れないものはあります。
考え、蓄積していく中で、運が良ければ僕なりの何かが、いつか、できるのかもしれません。

でも悟りのように達観したいとか、お金持ちになりたいとか、
何か大きなことを達成したいっていう気持ちは、あまりないのです。
すごく楽しく、毎日を充実させて生きたい、ということなのでしょうか。
そうあるために、僕は今やっていることを、一生懸命にやる。
そういうことなのだろうと思います。

それでは。
おやすみなさい。







235 「2000km」 8月23日

先ほど北海道から帰ってきました。

昨日は銀座で知り合いのお店が展示会をするということで、朝からそのポスター用の撮影でした。
その後、一旦自宅に帰って、マックにデータを落とし、そのまま羽田へ向かいます。

飛行機に乗っている時間は1時間半ほどですが、空港で待ってチェックインしたり、
機材に気を配りながら、セキュリティチェックを通って、
羽田ではターンテーブルで荷物を受け取ったり、とやることがたくさんあります。

車でパーキングを出て、環七に行くつもりが、何をどう迷ったのか、環八の車線に入ってしまいました。
まあ、それほど遠回りになるわけでもないので、環八経由で三茶に。
でも初めての時は迷いながらも、スムーズに帰れたのに、
2度目って何でも失敗することが、多いですね。
少々、過信してしまうのかもしれません。


取材先でお土産にと、数本いただいたトウモロコシを、さきほど食べました。
ちょー おそろしい美味しさでした。
トウモロコシ型に作ったお菓子なんじゃないかと、疑ったほどです。
どうしてこんなに甘く、みずみずしいの。

これまでの観念がひっくり返ることって、楽しいですね。
さいきん、そんなことが多い気がします。
単に物ごとを知らなかっただけでしょうか・・・。

東京でもトンカツなら当たり外れがない、というか、差が分かりにくいお料理だと思っていましたが、
いやあ、あるところには、あるものです。
すさまじくおいしいトンカツが・・・。
サクッとした衣に包まれたお肉が、口の中で消えてなくなるのですよ。
今までのトンカツは一体何だったのか・・・。

奥が深いです。
開眼しまくりです。
それとも単なる無知か・・。

チャオ。





234 「楽しくいってみよう!」 8月20日

昨日は夕方、下北沢に行きました。
電車はないですが、10分ステップで三茶からバスが出ているので、
印象としてはかなり近い場所です。
狭い道を運転手はぐんぐんバスを走らせます。
時計を見ていたら、7分ほどでした。

東京はバスの本数が多いですし、路線のバラエティも豊富です。
三茶から直通で行けるところは、渋谷、目黒、自由が丘、下北沢、成城など。
それ以外にもいくつかあったような気がします。
それでもガラガラの車内というのは見たことがないので、人が多いのですね。

三茶から渋谷に行くには、東急田園都市線という電車に乗ります。
三軒茶屋→池尻大橋→渋谷で、各駅停車で4、5分でしょうか。
急行は大橋に停まらないので、渋谷まで2分ほどで着きます。

わずか2分とは言っても、朝機材を抱えて乗り込むのは、まず不可能です。
電車が変形してるんじゃないか、と思うような人の多さです。
すいませんでした、といそいそ退散するしかありません・・。

以前、渋谷に用事があったので、駅に向かって歩いていたところ、
渋谷行きバスがやってきたので、飛び乗りました。
ですが停留所が多く、おまけに渋滞していますから、
狭い車内に30分くらい立ったままでの移動です。
それ以来、渋谷行きバスは乗ってません・・・。

それに比べれば、下北沢は渋滞もなく快適です。
昨日はとてもお世話になっているADのYさん達と数人で、食事しました。
Yさんは下北ローカルなので、連れていって下さった店はどこも良く、
おまけに快適で、とても楽しい時間でした。


街の印象が変わっていくのは、とても不思議です。
関西でも下北は俳優の卵や、ミュージシャンが多い街として知られています。
街としてはカジュアルですが、でも実際は高級住宅街に囲まれていて、
家賃はかなり高いです。
下北の半分は世田谷区ですが、半分は渋谷区ですもんね。
普通の人はちょっと住めません・・・。

でも繁華街を歩いている人々は若く、店もそのような人を対象にしているようなところが多いです。
プチ渋谷のような気ぜわしさが、少々疲れると、当初は敬遠しておりました。

でも少しばかり街に詳しくなると、実に良いお店があるのですね。
雑貨やアンティーク、それにいつも行く喫茶店はとても素敵です。
日曜日でもまず座れないということがないので、疲れたらそこに逃げ込みます。
いい会話ができる、大人の喫茶店という感じでしょうか。
スタッフの方が、グラスを出したり、豆を量ったりする時でも、
できるだけ音をたてないよう心掛けている姿勢が、いいなと思います。

でも愛想がいいわけではないのですね。
これが東京の不思議なところです。
たぶんそれがスタイルなのでしょう。

と言いつつも、いろんな人がいるかもしれません。
微笑みながら話しても、決して笑顔を見せない人もたくさんいます。
そんな人ばかりだと、僕も無表情の人間になってしまうかもしれません。
でも実に気さくな人々も、またいます。
「今日は休憩時間に外に出ましたが、暑くて余計疲れました」と、
微笑みながら、 コーヒーを差し出すスタッフや、
「毎日、雨だと気が滅入りますね」と照れくさそうに商品の清算をする、キャッシャーのおばさんとか。

僕はそういう人たちを見て、やっぱりコミュニケーションは大切なんだとあらためて思います。
プライバシーに入り込んで来るのは問題がありますが、
皆がリラックスするためには、意思の疎通は欠かせないと思うのです。
たぶんコミュニケーションはお互いが敵対心がないということを説明する、本能的手段なのだろうと僕は考えています。
そうすれば時に感じる殺伐とした雰囲気を、もっとやわらげることができるのかもしれません。

でも僕が思うのは、みんなが本当はコミュニケーションを求めている、ということです。
傷つかないのであれば、多くの人々に心を開きたい、そう考えていると思うのです。
でも文化が違う、ある意味において種類が違う人が集まる街ですから、驚くことも傷つくことも多いのかもしれません。

実際、東京で生まれ育った人たちは、とてもおしゃべりで気さくな人がほとんどです。
ちょっと関西人に似てなくもない、という気がするほどです。

たとえば僕が20才の頃に上京していたら、いわゆる東京人になっていたのかもしれません。
「だから関西人って、ヤなんだよ」と髪の毛をかきあげていたりして(まあ、長髪の時期はなかったですが・・)

でもこれがまた、自分でも驚くぐらいの立派な関西人なのですね。
いかに面白いことが話せるか、ということにこれほどエネルギーを注ぐとは思っていませんでした。
それも東京で・・・。
関西面白ネタを標準語で話すのは、実に難しいです。
でもここまできたら、やるしかありません・・・(ここまでってなんだ)

ですが東京の人も、結局、面白いことが好きなのですよ。
みんな、笑えば楽しい気分になれます。

この日記のテーマは「東京でも人を笑わせよう」です。

でもたまに、ドン引きする種類の人たちもいます。
大手代理店が立ち会う、洗練雑誌系の仕事では、
ウィットに富んで、エスプリを利かせた、ジョークの方がいいかもしれません(どんなんじゃ・・)

東京での戦いは、まだまだ続きます・・。
それでは。









233  「変な夢/かえるくん篇」 8月17日


僕が見る夢はへんてこりんな、ものが多いです。
そのひとつをご紹介いたします。






緑道でかえるくんにあった。
小学生3年生くらいの背丈だったが、恰幅がいいぶん、大きく見えた。
ドラえもんが実在したら、こんな感じなのかもしれない。

かえるくんは手をモジモジさせながら、僕を待っていた。
偶然を装っていたが、僕を待っていたのは明らかだった。
彼はぎこちなく手を挙げ「どうも」と言った。
僕は立ち止まり「こんにちは」と言った。

「おいら、あんたのことをよく見かけるよ」とかえるくんは言った。
「いつもここを通って、郵便局に行ってるんだ」
「ふうん、そんなんだ。今から行くのかい」
もう用件は済んで、今から帰るところだと彼に伝えた。

しばしの沈黙が続いた後、彼はまあまあ、どうぞどうぞと僕にベンチに座るよう勧めた。
差しあたって急いでいるわけでもなかったので、僕はベンチに腰掛けた。
かえるくんもベンチに座ると、両手にひざををついて、前方を見つめた。
二人とも会話がなかった。

こほんと咳払いをして、かえるくんは口を開いた。
「あそこに茂みがあるだろう。おいらはあそこに棲んでるんだ」
彼が指さす方向にはうっそうとした茂みがあった。
こんな街の中には相応しくない、それは大きな茂みだった。
地面はぬかるんでいて、中がどのような作りになっているのか、見当がつかない。
そこに立ち入るにはそれなりの勇気が必要そうだった。

またしばしの沈黙。
「どうしてそんなことを教えてくれるんだい」と僕は尋ねた。
「ここがおいらたちの棲み家じゃないかと思ってたんだろう」
「確かに思ってた。でもどうしてわかるんだい」
「ばかにするない。おいらたちは何でもわかるんだ」

かえるくんは俯いて、もじもじしている。
「あんた、カレー食べたことあるかい」
「カレーライスのこと?」
「そう。おいらは一度だけ食べたことがあるんだ。京都のホテルフジタっていうところでね。
古いけどいいホテルだよ。横に鴨川が流れててね。季節は今ごろだったかなぁ。鮎釣りをしてるのが見えたよ」
彼は申し訳ない程度に付いている、短めの足をぶらぶらさせて、話を続けた。
「鮎の料理も悪くなかったけど、やっぱりカレーライスだよ。あれは忘れられないねぇ」
かえるくんはそう言って、懐かしそうに目を細めた。

しばしの沈黙の後、彼はもじもじし出した。
「あんた、そこのカレー屋さん、行ったことあるかい」
彼が指さしたのは、僕のマンションの脇にあるカレー屋さんだった。
メディアにも登場する、そこそこ有名なカレー屋さんだった。
「あるよ。ドライカレーがとてもおいしい」
そう言うと彼の目が輝いた。
「いいなぁ。食べてみたいなぁ」
僕は財布をとり出して、中身をみた。2千円と500円玉が一枚あった。
「食べに行くかい」と僕は言った。
かえるくんは目の玉をぐるぐる回し、まぶたをぱちぱちさせた。
「本当かい。おいら、お金持ってないよ」
「心配しなくてもいいよ。行こう」
「うひょー」と叫びながら、かえるくんはベンチから飛び降りた。

店主は僕とかえるくんに、それほど驚く様子も見せなかった。
ああ、かえるくんか、という程度の反応だった。
ドライカレーがカウンターに置かれると、彼は両手でお皿を持ち、巨大な口に流し込んだ。
手を滑らしたら、皿まで食べてしまいそうな勢いだった。
あまりの豪快さに、店内は一瞬凍りついたが、皆は何事もなかったかのように、元の会話に戻っていった。
他人を干渉しないところが、東京の素敵なところだ。

かえるくんは時折、目を閉じながら、ゆっくりと味わっているように見えた。
僕が食べているあいだ、彼は水をぐびぐび飲んでは、目を細めて余韻に浸っているようだった。
水が無くなると、すいませんと水ひれがついた手を上げて、申し訳なさそうに肩をすくめながら、店主にコップを差し出した。

カレー屋を出るとかえるくんは、道の向かいにある店を指さした。
「あそこもおいしい店なんだろう。よく有名人が来てるよね」
それは雑誌やテレビなどでよく紹介されているカフェだった。
「このあいだは飯島愛ちゃんを見たよ」とかえるくんは言った。
「ケーキがおいしいらしいんだ」と彼は言うともじもじし出した。
僕は財布を開いて見た。
「かえるくん、もし銀行に行っていいなら、ケーキをおごってもいいよ」
彼は目の玉をぐるぐる回し、まぶたをぱちぱちとさせた。
「本当かい。おいら、どこでも行くよ。その気になれば246だって渡れるよ」

僕とかえるくんは世田谷通りに出て、東京三菱UFJの三軒茶屋支店に行った。
彼はタイルの上をペタペタと足音をさせながら、キャッシュディスペンサーまでついてきた。
暗証番号を打ち込む画面をのぞき込みながら、難しそうだねと言った。

歩いてカフェに戻り、店内に入ると、ぱりっとした白シャツを着て、黒いエプロンを腰に巻いた男性がやってきた。
「いらっしゃいませ、あっ・・」
彼は表情を曇らせ、口を一文字にすると、申し訳なさそうに言った。
「すいませんがこちらでは、かえる様のご入店はお断りしております」
僕は驚いて言った。
「どうしてですか。かえるくんですよ」
「もちろんわかっております。私共にかえる様のご入店を拒否する資格はございません。
むしろNPO団体からは、どなた様も受け入れるよう指導されています」
「だったらどうしてですか」
「もういいよ。おいら、ケーキはいいから」
かえるくんはそう言って、僕のTシャツの裾を引っ張った。
「だめだよ。こういうことはきちんとしなくちゃいけないんだ」
「無理やり入っても居心地悪いしさ。いいんだよ、もう・・」
「理由を説明してもらえませんか。そうじゃないと納得できません」
ウエイターは天井を見上げて、しばし考えていた。
「これはオーナーが決めたことなのです」と彼は言った。
「われわれ、少なくとも私はかえる様に対して、偏見はございません。むしろ好意さえ抱いております。
人とかえる様ですから、店でも以前からそれなりのいざこざはありました。
ただ一度、そこの世田谷警察に駆け込むほどの騒動がありましてね。殿様がえる様の集団が大暴れしたのです。
もちろんすべての殿様がえる様が悪いわけではありません。普段から偏見は持たないよう心がけております。
しかしながら、あの跳躍力ですから。救急車は来るし、皿やグラスは割れるし、それは大変な騒ぎでございました」
「でも彼はヒキガエルですよ」
「もちろんわかっております。こちらのヒキガエル様は穏やかですし、そんなエキセントリックではないでしょう。
でもヒキガエル様が良くて、殿様がえる様は駄目という線引きは、とても難しゅうございます。
やはりここはひとつ、人とかえる様で線引きをしないことには、何かと問題になってしまいます」
僕はため息をついた。
「本当に申し訳ございません」と彼は言った。

僕とかえるくんは緑道に戻ると、再び最初のベンチに腰掛けた。
彼はショートホープに火を着けると、ため息交じりに、ぷっくり鼻の穴を広げて煙を出した。
長い煙草を足元に捨てると、ペタペタと後ろ足で火を消した。

しばしの沈黙が続く。
「あんたにも嫌な思いさせちゃったね」
僕は何も言わずに首を振った。
「おいら、わかってるんだ。結局のところ、人に頼っていちゃ駄目なんだよ。
自分たちで切り開かないことには、何も変わらないんだ」
かえるくんはそう言って、短めの足をぶらぶらさせた。

「じゃあ、おいら、行くよ」
彼はよいしょ、よいしょと言いながら、不器用にベンチから降りた。
「今日はごちそうさま。楽しかったよ」と水ひれがついた手を上げて、がさがさと茂みの中に入っていった。





僕は郵便局を往復するたびに、茂みを覗き込むが、再び彼と出会うことはなかった。


しばらくして、白い大きな自転車に乗って、世田谷通りを疾走するかえるくんを見かけた。
前カゴにはたくさんの夕刊が刺さっていた。
あの自転車は角の朝日新聞だなと、僕は見当をつけた。
かえるくんは口を開けて、嬉しそうだった。

がんばれ、かえるくん。







232 「上京のタイミング」 8月14日

お盆休みということもあってか、高速は大渋滞です。
幸いといっていいのか、ずっと仕事なので渋滞には巻き込まれずにいますです・・・。


最近、僕のまわりで上京してきた子たちが、何人かいます。
その相談をよく受けるのですが、難しいことのひとつ
は、上京するタイミングでしょうか。
僕が思うタイミングというのは、「すべてをこれから始められる若さがある」
もしくは「ある程度年をとってもいいから、技術がある」ということです。

まずスタジオマン、アシスタントから始める覚悟で上京する。
もっとも一般的なルートだと思いますが、その競争はかなり過酷のように思われます。
その数も半端じゃないですし、見た感じ、いじわるそーなスタジオマンチーフみたいなのも、たくさんいます。
そこをかいくぐりながら、一人立ちするのは大変かもしれません。
写真を撮る前に人間関係で疲れそうです。

ただ東京の場合は星の数ほど働き場所がありそうなので、嫌になれば違うところを探せそうです。
でも結局のところ、誰と出逢えるか、ということなのかもしれません。
どれほど資質があっても、それを伸ばしてくれる環境がなくては、駄目なのでしょう。
そんな例をずいぶん見てきた気がします。

若いということは可能性があるということです。
それは良くも、悪くもなる可能性です。
どっちに転ぶかはわかりません。
それはその人が持つ嗅覚と、運にかかっているのかもしれません。


そしてもうひとつは、しっかりとした技術を身に付けての上京だと僕は考えます。
平均よりも少しだけ抜きん出ているか、何かに特化しているか、ということです。
僕は笑ってごまかすことに、抜きん出ています・・。
ごまかすことでここまでやってきた、強い自負があります・・・。

話を戻します・・。
上京を考えている方も少なくないと思うので、ここははっきりと言った方がいいかもしれません。
関西は仕事が少ないので、東京なら増えるだろうという考えは、おそらく通用しないと思います。
僕が考えるところ、関西でどれだけ頑張れたか、というところが大きなポイントだろうと思います。

頑張っても頑張っても、これ以上変わらない、飽和点のようなものが残念ながらあります。
それを感じられるくらい頑張れて上京するくらいが、ちょうどいい気がしますし、
ある程度のキャリアが必要なので、年齢的には30代半ばから40才くらいにかけてではないかと思います。
それはしっかりとした表現を身に付けた、即戦力を意味しています。

環境が変わっても、表現や信念を変えない強さは、飽和点を感じることで得れるものなのでしょう。
決して揺らぐことのない、自分の審美眼を信じる強さは、キャリアからしか生まれない気がします。


カメラマンは20代後半から30才くらいにかけて、フリーになるケースが多いです。
それから数年は頭を打ったり、悩んだりしながら、自分なりの方向性を模索します。
そんな時期に上京しても、より迷うだけですし、自分がやってきたことの自信が揺らぎかねません。
「適応していける若さ」それとも「絶対変わらない核」という感じなのでしょうか。

僕自身、まだまだ駆け出しみたいなものなので、分からないこともたくさんあります。
というか、東京という場所で写真を撮る緊張感が、やっと薄らいできた感じです。
負い目というのか、引け目というのかは分かりませんが、そんなものがほぼ無くなった気がします。
写真を撮る以前に、大袈裟な言い方かもしれませんが、そんなものを克服する必要があっただなんて、という気持ちです。
今やっと、リラックスして自分らしく写真が撮れるようになったように思います。
いろいろと大変なのですよ・・・。

 

僕に関して言えば、上京して良かったと心から思います。
明日になったら、違うことを言っているかもしれませんが、
現時点では東京での暮らしも、仕事もとても楽しいです。

何よりも写真を理解し、それを生かそうとするADの方々や編集者たちの気持ちが嬉しいです。
それはカメラマンだけではなく、クリエイターすべてに対して、
その表現を汲み取ろうとする土壌が、ここにはあります。
東京のすべてが素晴らしいなんて、もちろん思いませんが、
少なくとも、もの作りを志す人にとっては、もっとも成熟した場所のひとつであると思います。

すべての人が上京した方が良い、とは思いません。
それぞれ暮らし方のスタイルがあるわけですし、大事なことは人によって違います。
関西には間違いなく、関西にしかない良さがあります。
上京して何かを手に入れる代わりに、きっと何かを手放しているのでしょう。
同時にすべてのことを手に入れるのは、とても難しいことです。

今、自分にとって何がいちばん大切なのか。
心に手を当てて、考えるしかなさそうです。

勢いも大事ですが、計画性も必要だとつくづく感じています。
もし上京したい気持ちの人がいるようでしたら、できるだけの応援はしたいです。


朝から停電ですが、信号が復旧していないようです。
午後から神楽坂で撮影なのに、交通状況はいかに・・・。

長くなりました。
それでは。







231 「大雨と台風一過」 8月10日

昨日は関東南部を台風が通過していました。
恵比寿の後、代官山移動で、濡れることを覚悟しておりましたが、
車中以外雨は降らず、助かりました。

でも今回は雨が降り始める瞬間を見るという、生まれて初めての経験がありました。
まったく雨が降っていなかったのに、視界の端からぼんやりとした固まりが入ってきて、
次の瞬間、滝のような水が、フロントガラスを叩き付けました。

初めは誰かのいたずらかと思いましたが、 ずっと降り続く雨を見て、ああ、本物なんだと思いました。
普通、雨ってラジオのチューニングのようにフェードイン、フェードアウトという気分なのですが、
昨日はオン!、オフッ!っていう感じでしたね。
あんな豪快な降らせ方でもいいんだ・・・。


こんな職業をしていますと台風に振り回されることが多いです。
特に予定していた撮影日が台風直撃の日か、直後か、で天地以上の差があります。

当然のことながら直撃の日は撮影できませんが、低気圧が抜けた後は最高です。
空気は澄み、空は秋のように青く晴れ渡ります。
夕日も南国のように美しくて、ウクレレ片手にポロリーンとメロディを奏でたくなるほどです。

その理由はわかりませんが、おそらく台風通過直後は
大陸からの空気が流れ込んで来るのでは、と考えています。
北半球では反時計回りに低気圧は回転するので、
こちらに近づいて来る間は赤道周辺の湿った空気を雨に替えます。

ですが台風が通過した直後からしばらくのあいだ、風向きが冬のように北寄りに変わります。
乾いた大陸の風が流れてきますから、空気は澄み、空は青くなるというのが、僕の考え方です。

そんな話を台風一過の青空のもと、スタッフたちに話をしても、みんなフンフンと頷くだけです。
僕がいくら、ねえねえ、と熱く語っても、あーそーなんだ、とみんなあまり興味はなさそうです。
聞いているのはカタツムリだけのようです・・・。


夕方、自宅に戻ってきて空を見上げたら、ものすごい赤さです。
キャロットタワーは紅く燃えているようです。
空気も澄んでいますし、今日は強烈に美しい富士山が見れるかもとワクワクしながら、タワーに急ぎます。
ですがエレベーター前は封鎖され、「展望台休み」の札がゆらゆらと揺れています。
休みなんか、あったんかと拳を強く握りしめ、立ちつくす僕。
大東京での終わりなき戦いは続きます・・・(戦い?)

それでは。





 

230 「夏の記憶」 8月6日

またまたあいだが開いてしまいました。
すいません・・・。

ばたばたとした状態が、相変わらず続いています。
何かに追われている感じがして、日々、あっという間に時間が過ぎ去ります。

宅急便を出すために、毎日のように郵便局の深夜窓口を訪ねますが、
今日は早く終わったので、お昼過ぎに窓口に出かけました。
局員の人が伝票の作業をしているあいだ、ぼんやりとあたりを見渡します。
お見舞い葉書の見本が、何枚か柱に貼ってありました。
それは水彩で描かれた柔らかいタッチのむくむくとした入道雲だったり、
大きなひまわりだったりしました。

夏の記憶ってありますか。
僕には、春にも秋にも冬にも季節から甦る記憶はありません。
あの春は桜が良かったとか、
あの秋はいつまでも水温が高かったとか、
あの冬は何か月スキー場で暮らしただろうとか、
そんなことは覚えていますが、それはある時期における記憶であって、
その季節を代表するイメージではない気がします。

ただ夏だけは別です。
ちょっとしたきっかけで、夏の記憶スイッチが入ります。
切ないことも、悲しいことも、嬉しいことも、
いろんな感情が胸を穏やかに満たす感じでしょうか。
今回のスイッチは暑中見舞いの葉書でした。


僕は子供の頃、毎年、瀬戸内海の小さな島で泳いでいました。
モリを持ってますから、泳ぐというよりも漁に近いかもしれません。
それで魚やタコ、貝などを獲っていました。

今はそんなことも禁止されていると思いますが、当時はまだ規制が緩かったように思います。
子供が素潜りで獲れる魚の量なんて、たかが知れていますからね。

海の中には大きな岩がたくさんありました。
陸上に風景があるように、海中にも風景は広がっています。
すべてではないにしろ、そのいくつかを僕はまだ覚えています。
柱のようにそそり立った岩石、ぼんやりと見えなくなる海中の視界の先、
そして島の隔たりのようなところからは、底に向かって漆黒の闇が広がっているように見えました。
海の中の断崖絶壁ですね。
今、思い出しても背筋が寒くなります。

ここから千キロほど離れたところに、あの風景が変わらずにあるのだと思うと、不思議な気持ちになります。
昼も夜も、僕が生まれるずっと前から、そしてこの先ずっと、
あの風景はあの風景のまま、存在していくのでしょう。

なんだか意外と長くなってしまいました。
すいません。
それでは。

 

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