270 「北海道 雪」 1月30日

今朝 、北海道から帰ってきました。

昨日、昼に撮影を終え、登別からレンタカーで千歳空港に向かいます。
積雪が多く、空港までたどり着けるか、と心配しましたが、
逆に目的地が近付くにつれ、吹雪はさらにひどくなっていきます。

道路は完全に圧雪状態で、見える景色は白一色ですが、
まあ千歳にたどり着けさえすれば、後は東京に帰るだけ、と余裕でした。
途中までは・・・。

空港に入るとなんだか不穏な空気に気がつきます。
それにやたら人が多い・・・。
まさか、と思い電光掲示板を見ると、昼からまったく飛行機が飛んでいない。
そこからです、試練の始まりは・・・。

翌朝のフライトの仮予約を取るのに並び続け、
そして当日、フライトが再会されたさいの空席待ちにまた、並び続けるのです。

その人の列が何のラインかもわからないまま、とにかく並びます。
ぼやぼやしていると、先を越されて本当に帰れなくなります。
人々は殺気だち、カウンターの職員に詰め寄る客の姿も見られます。

空席待ちの順番からすると今日、乗るのは難しいかなぁ、と思いました。
でも翌日はハウススタジオで撮影です。
AD、スタイリスト、コピーライターの方々も来られるので、
前日にスケジュールをリリースするのは、かなり無理な話です。

さらに厄介なのが、翌朝も飛ぶかどうか、分からないという点です。
今夜、飛ぶかどうか分かりませんし、明日もわからない・・・。
そんな連絡をカメラマンからもらっても、予定の立てようがないですよね。
でもそれしかできないので、説明して、指示を待ちます。

滑走路を見渡せるカフェで、航空会社からのアナウンスを待ちます。
チェックインできませんから、大きなスーツケースを持った人々でごった返していて、
テレビの映像で見るこのような風景に、まさか自分が参加することになろうとは思いませんでした・・・。
でも案の定、来ているのですよ、報道は・・・。

しばらくして翌日の撮影の件で連絡があり、とりあえず決行するとのこと。
スタート時間を遅らせて待ちます、ということでした。
ほんとすいません・・・。

がんばりますと言いたいところですが、こればっかりは頑張ってもどうしようもないのでしょうね。
車で走るにも、列車で帰るにも、東京は遠すぎます。
海も越えなくてはいけません。
あらためて北海道の遠さを感じました。

やがて当日便、すべてがキャンセルになり、近くのホテルに電話するが、空室はなし。
途方に暮れ、今回ご同行いただいた編集者の方の同僚で、北海道出身のH氏(僕もよく知っている)に
穴場のホテルがないか尋ねたところ、なんとH氏がが札幌にいることを知る。
要領よく、ホテルを手配してくれました。
空港泊を覚悟していただけに、感謝です。

H氏は航空会社の機内用PR誌を作るための打ち合わせに、数人で札幌に来ておりました。
H氏たち、そしてクライアントとともに、大勢でジンギスカンを食べます・・・。
東京にいるはずの僕たちが、どうして札幌で多くの人たちとジンギスカンを食べているのか、
そのあまりの飛躍に頭がついていかない感じです。
まあ、なにはともあれ、本場物はさすがにおいしく、
なんか降って湧いたような、急転直下な展開ですが、楽しかったです。

今朝、4時過ぎに起きて、札幌駅に向かいます。
早朝にもかかわらず、ホームは大荷物を抱えた長蛇の列です。
札幌まで一時間弱。
空港に着いて、チェックインができることを確認。
でも飛行機に座らされたまま、やっぱり飛ばないということもあるので、
気を抜くことはできません。

機体が滑走路へと移動し、離陸に向けて猛烈な加速を始めた時、
ああ、帰れるんだと胸を撫で下ろしました。


羽田に停めてある車に荷物を入れて、世田谷のスタジオに向かうが、渋滞。
だらだらと走って一時間ほどで着きました。
みなさんに謝ります・・・。

とてもとても長い大変なロケでしたが、
振り返ってみれば楽しいものです。
でも空港で待つのはさすがに・・・・。

登別温泉です。
前日はたいした雪ではなかったのに、一晩でかなり降ってしまいました。

10センチくらいの新雪でしょうか。
今回の旅で何度、靴下がびしょ濡れになったか、わかりません・・・。

ロッカーの僕が雪に書く言葉といえば、LOVE YOU しかありません。
あなたたちを猛烈に愛してる。
Go west!
Oh my soul,baby!

まったく意味が分かりません・・・。

この後、空港が閉鎖されようとはつゆ知らず。
いちばん幸せな時間だったかもしれませんです・・・。

翌日の予約を入れて、当日のウェイティングリストにも名を連ねました。
ベストを尽くし、滑走路の見えるカフェで待ちます。

こうやって見ると、どうやっても飛びそうにありません・・・。
あーあ。

そして札幌市内。
相変わらずの雪です。
ときおり木に積もった雪が頭の上に落ちてきて、無性に腹が立ちます。
でも誰にも当たれないんですよね。

悔しさのあまり、思いきり木を蹴り飛ばすと、さらにひどいことになります・・・。

ジンギスカン。
おいしかったです。
転んでもただでは起き上がりません。
食事は最高に充実した旅でした。

3日間、一緒に旅したMさん、お疲れさまでした。
おたがい、ゆっくりと眠りましょう・・・。










269 機材(飛行機用) 1月26日

飛行機に乗るときのロケ用バッグです。
カメラ2台、レンズ3本、ストロボ、延長コード、レフ板、ディフーザー等です。

キャスター付きでパソコンも17インチまで入ります。
人によって撮影スタイルが違いますが、手荷物として持ち込めるぎりぎりサイズですし、
飛行機には便利なバッグだと思います(たまに無理だと言われますが、交渉すればまず問題ないです)

ロケ先が階段だったり、鋪装されていなかったり、石畳だったり、砂漠だったり(まあ、これはないか・・)しても、
リュックになるので、なんとかその局面をクリアすることができます。
恐ろしい重さであることは、いうまでもありませんが・・・・。
まあ、最悪ということで・・。

キャスター付きのホイールはすべて交換します。
ローラーブレード用のウィールなので、転がりの滑らかさは感動ものです。
ほとんど音はしませんし、振動がないので機材に負担がかかることもなさそうです。

5分でホイール交換できるバッグもありますが、
これは難しかったように記憶しています。
かなり解体した後、組み立てているので、途中で引き戻ることはできません。
手を付けた以上は、かならず成し遂げねばなりません・・・。

電動工具でリベットをぶっ飛ばし、穴を開け直して、
ステンレスのビスをねじ込んでいきます。
振動でナットが緩まないよう、ボンドで固定。
完成です、パチパチ。
ふぅ。

三脚、スタンド2本(ストロボ用、ディフーザー用)、そしてディフーザーアームです。
ほんとはバンクを使って、スタンドひとつにしたいところですが、
でも仕上がりのきれいさを考えると、これだけはどうしようもありません・・。

ロケ用三脚の縮長は短いですが、目の高さまでカメラが来ます。
強度もありますし、雲台(カメラを固定する部分)なしの重さは800グラムほどです。
この三脚は本当に良くできていますね。

これらの長さは50センチちょっとなので、飛行機の手荷物でも楽々ですし、
バッグの長辺とほぼ同じ高さなので、すっきり見えますです。

機材はいくらでも小さくできると思いますが、
仕事としてあるレベルを常にクリアーしなくてはいけないわけですから、
限界がありますよね。
でもやはり軽いに超したことはありません。

東京でよく耳にするのは、電車で撮影に来るカメラマンが意外と多いということです。
車だと時間がよめませんし、駐車場を探すのも大変だし、何かと気苦労が多いです。

もちろん車の方が楽なケースも多々あると思いますが、
いろんな交通手段を自由に使える方が、便利ですし、楽しいですよね。

機材をコンパクトにすることで、遠方の移動が大げさなものではなく、
とても身近で手軽なものになった感じがします。

そんなわけでちょっと北海道に行ってきます。
雪上ドライブです・・・。

チャオ。

 






268 「雪の結晶」 1月23日

このところ毎日、あちこちに撮影に出かけて慌ただしいです。
楽しいことなのですが、でもいつも走っているような気持ちがしますね。

今日も朝、横浜での撮影を終えて、あわてて銀座に向かいました。
相も変わらず車を停める場所がなくて、回遊魚のようにぐるぐるとまわります。

でも停められないことに慣れてしまいました。
関西時代にはなかった経験だけに、初めはどうしようかと思いましたが、
まあ、最悪、遠くに停めてタクシーでも捕まえればいいか、となかば、開き直ってます。

と思ったら、立駐発見!
ラッキー!

何事も多少はいい加減になることが、大切なのかもしれません。
こうあるべきとか、こう振舞わなきゃいけないなんて、思っていると
そのうち病んでしまいますよね。
適当でいきましょう。


明日から新潟に行ってきます。
機材の準備もしなくちゃいけません。

雪を見るのは一昨年の長野以来でしょうか。
住んでいる人にはたまったものじゃありませんが、僕らからするとたまに見る雪はうれしいものです。

ところで雪の結晶を見たことがありますか。
僕は学生の頃、スキー場にバイトに行ってて、一度だけ見たことがあります。

深夜バスに乗って帰るお客さんを見送った後、一人で宿に向かう坂を登っていました。
音もなく、スローモーションのように降る雪が、外灯に照らされています。
風はまったくないですが、おそろしく空気の冷たい夜です。

その雪を黒い手袋で受け止めたとき、不思議な気がしました。
雪が薄いんですよね。
なんだかスライスされたような感じといいましょうか。

目を凝らしてよく見てみると、結晶なのです。
今はなき雪印のマークとほぼ同じようでした。
肉眼で見えたくらいですから、意外と大きいんだと驚いたことを記憶しています。

僕は立ち止まって、融けない雪を光にかざしながら、しばらく眺めました。
やがて無くなってしまうものだから、ここで見るしかないんだと思いました。
たしか10代の頃だったと思うのですが、今でもよく覚えています。

しんしんと降る夜の雪の風景は、僕にとってひとつの憧憬だと思います。
限りなく自分の内側へと入っていこうとする感覚。
そうさせるリズムをあの静けさは持っている気がします。

ではまた。








267 「年始気分と旅」 1月16日 

新年が始まりましたね。
半ばも過ぎて、いったい何を言っているんだ、と言う気もしますが、
年明け早々、上海でおまけに現地は旧正月前。
街中にはクリスマスツリーが飾られている状態です。

そんなわけで自分の時間軸が定まらなかったのですが、
新しい年が始まったのだ、とやっと今、消化しつつあります。

今日は関西時代、お世話になっていた人たちと永田町で仕事でした。
そんな時は関西弁を話すようにしているのですが、
でも気がついたら標準語になっている時があります・・・。

もう標準語で話すことに何の違和感もなくなっているのですね。
驚きです・・・。
でも少し中国語なまりがありますけどね。
接続詞がない・・・。

1,2月はわりあい、暇なことが多いのですが、
どういうことか、今年はかなり予定が埋まりつつあります。
まだ何回か、旅もありそうです。

でもほんと仕事の中に旅が多いですね。
不思議な職業です。
そんな感じですから、いかに少ない機材で軽く、そしてきちんと撮れるのか、
ということがとても大切になります。
たくさん機材があっても、フットワークが軽くないと結局、いいものができないし、
でも機材がなさ過ぎても、撮れないものがあるということでしょうね。
そのあたりのバランスが難しいです。

まあ、でも機材が無いなら無いで何とかなるんですけどね。
これまでに大変な現場もたくさんありましたし・・・。

カメラを忘れちゃうと駄目ですね。
でも忘れたことあるんですよね・・・。
フィルム忘れたこともあるし・・・。
三脚もストロボも・・・。
日程間違えて、行かなかったこともあったっけ・・・。

まあ、なんとかなりそうですね・・・。
チャオ。








266  「上海1」 1月14日

昨夜、上海から帰ってきました。
いやぁ、なかなか楽しかったです。

バブルのまっただ中ということもありますが、
人種的に勢いがあるのでしょうね。
乱暴なほどパワフルです。

その感覚を面白いと感じられる人には、とても楽しい街だろうと思います。
僕は、はい、笑いながら過ごしていました。
あいやー。

上海の街は驚くほど巨大です。
住人の数は東京よりも多く、国民の総人口は10億人。
ちょっと桁が違いますね。

悟りだとか、枯れの美学だとか、日本人独特の機微はないものの、
ちょっとまた違った独自の世界観があるように思います。
それが具体的にどのようなものか、ということをはっきり感じるのは、
少し時間がかかりそうな気がします。

たぶん、それだけ複雑で多様性がある、ということなのでしょうか。
「中国はこうだ」と断言することは難しいことではないかもしれませんが、
でもそれはすべてではなく、多面体のある一部に過ぎない、ということなのかもしれません。
感動できる優れた中国映画も、たくさんありますしね。
何度か通ううちに、また見えてくるものがあるかも、ということで。

でも今回、「すごい、すごいな」と何度口にしたか分かりません。
それくらい驚くことが多かったということです。
カルチャーギャップはすごいです。
いやーほんま、すごいわ・・・。

面白すぎ・・。



空港からホテルへ向かう道中。高速からパチリ。
自分の家を見失いそうです・・・。
車線変更はウインカーを出さないし、ものすごい割り込み方をします。
クラクションのあらし・・・。
でも運転手はどこ吹く風といった様子で、さながらレースのよう・・・。

僕が滞在していたホテルから朝の街並みショット。
ずっとこんなビルが建ち並んでいます。

街で英語はほとんど通じませんし、だからといって中国語を発音するのはまず不可能です。
それゆえ滞在しているホテルの住所が書かれた、カードは手放せません。
それを無くしてしまうと帰ってくる手段を絶たれます・・・・。
あーこわ。

でも道に詳しくないタクシー運転手(初乗り165円くらい)もいて、もう大変でした。
迷ってしまって、二度と日本に帰れないんじゃないか。
上海人として第二の人生を、とか・・・。

でもなんとかホテル発見。
ふー。

商店がいっぱいあって、観光地でしょうか。
たぶん清水寺周辺のような感じかもしれません。
屋根のそり具合に、中国らしい勢いが感じられます。

ルイビートン、ローレックスあるよ、と何度、袖を引っ張られたか分かりません。

迷惑がかかるかも、ということであまり顔を写さないようにしていたのですが、
まあ今回は楽しいのでそれもありということにしましょう。

真ん中にいるのが、上海に呼んでくれたM氏。
10年来の付き合いです。
みかんを買いたいというので、夜中の果物屋へ。
そこへ突如、現れた謎の中国人美女(右から二人目)。
「あなたたちニポンジン?ニポンジン?」

M氏は前日もここで大量のリンゴを買わされるハメに。
リベンジとばかりに立ち寄ったのですが、
おじさんは持てないくらい、大量のみかんを袋につめる。

M氏、ここで引き下がっては昨日の二の舞いとばかりに、
半分でいい!と必死のジェスチャー。
おじさんはしょうがなく、2、3個袋から取り出すだけ・・・。

もうこれ以上、意志が通じないとあきらめたM氏。
肩をがっくりと落とし、40個のみかんを購入。
2日続けておじさんに打ち負かされたのでした・・・。
シェイシェ、二ー。

「 ところでニポンジンなの?」
と謎の美女・・・。

ディレクター、インイン撮影。

滞在中、突然入ったイタリアンレストランの仕事でした。
移動はすべてタクシーです。
3、4人のクルーで大荷物を持って、タクシーを止めます。
さながらF1のタイヤ交換のように、機材を前後に放り込んで、
クラクションの嵐の中、なだれ込むように車内へ。
ふー。

三脚、ストロボ、タングステン、スタンド等は会社にあるので、
僕はカメラ、レンズ、メディアを持っていくだけ。
機材が少なくて助かりますが、でも自分のものではないので、
要領を得ないことも多々、あります。

ストロボはどれもモデリングランプが点きませんでした・・・。
光っているのは分かるのですが、フィルム時代なら恐かったでしょうね。
画像が確認できるデジタルならではです。

かっこ良く仕事している風に撮れ、とアシスタントYに指示。

会社のパソコンにデータを落とします。
ディレクターの女の子、ティンティンの机です。

もっと小さな会社を想像していましたが、結構大きいです。
4、50人くらい人がいるかもしれません。

ミッキーのぬいぐるみと写真が飾ってありますが、
ミッキーは嫌いだそうです。

もう言っていることが、さっぱりわかりません・・・・。

結婚したばかりのディレクター、ビビアンのマックです。
景気良さげです。

これでずっと仕事していました・・・。
もうちょっと端に貼った方が、仕事しやすいのでは、と考えるのは
日本人だからでしょうか・・・。
とほほ。

アシスタントY撮影。

M氏。
生演奏流れるチャイニーズレストラン。
客のほとんどは欧米人です。

建物もオシャレ、料理のアレンジもやや無国籍風でかっこいいです。
とてもおいしいお店でした。

僕の乏しい歴史認識ですが、上海が西洋の国の植民地になった経験はなかったように記憶しています。
それでも阿片戦争以後、よりイギリス文化の影響を受けてきたせいか、
街並みはあきらかに西洋に近いものが多いです。

日本よりもバラエティーに富んでいますし、
かっこいい建築物が多いな、と思いました。
このレストランもまたそうです。
たしか木でできた洋館のようでした。

Mさん、撮影のコーディネート、そしてアテンドをありがとうございました。
カメゼリーもおいしかったです。

とても楽しい旅でした。
それでは近いうちにお会いしましょう。
ではまた。








265 「想いかえしてみる」 1月6日

年始は少しだけ帰郷しました。
仕事を年末まで引っ張ったのと、年始の仕事始まりが少々ヘビーだったので、
一瞬だけ、慌ただしく帰りました。

親に会う度、年を取ったなぁとあらためて思います。
もちろん自分もそれなりの年齢になっているわけですが、
僕らが年を取るのと、老いるのはまた違った気がします。

東京の自宅に帰ってくると、固定電話の留守電が点滅しています。
ボタンを押すと母の声が。

「今日は本当に楽しかった。ありがとう。元気でね。体に気をつけてね。じゃあね」

それを聞いた時、胸が熱くなりました。
この人が
いつか、いなくなってしまう日。
当たり前にすら思っていなかったことが、現実味を帯びてくるということ。

今まで自分の親に対して、そんなこと考えたこともなかったのに、
でもいつかそんな日はやってくるだろうし、
それはなんてキツイことなのだろうと、あらためて感じました。


僕は毎月、少しではありますが、ずっと仕送りをしています。
振り込みなので、仕送りというのもなんだか、と思うのですが、そういうことです。

それはもちろん何かの役に立てば嬉しい、ということもありますが、
これまでたくさん心配をかけてきた、お詫びというか、お礼という意味もあります。
ちょっと機材を買いたいなぁ、というときも、
上京してお金がどんどん減っていくさなかも、それだけはやめませんでした。

どんなに厳しい状況でもそれは続けようと思いましたし、
そのささやかな痛みは自分も受けるべきだと決めていました。
曲げたくないという自分の意地というか、プライドというか、何なんでしょうね。

親に頼まれた仕送りだったら、ちょっと待ってほしい、というのも有りだと思うのですが、
自分が勝手に始めたものですからね。
自分に負けるような気がしたのでしょうか・・・。

僕はもう一度、再生ボタンを押すとデジカメで電話を写し、音声を録音しました。
PCに落とし、プレイヤーで再生。
画像は西日が当たるファクシミリ電話だけです。
そして母親の声。

写真には写真にしかできない役割があると思いますが、
映像はまた違ったベクトルを持っていますね。

リアルというか、想像に頼らないというか、もっとダイレクトなもの。
息づかいや、話し癖、動きとか、その人のすべてをもっと生な感じで、こちらに届けます。
そして僕らはそれを五感で受け止めます。
先入観も何もなく、そのありのままを僕らは感じるのかもしれません。

表現としての映像は手が回らないので、先送りにしていますが、
記録はした方がいいかもと思ったりします。


僕がせっせと仕送りしているのにもかかわらず、服やらいろんなものが送られてきます・・・。
お願いだから貯めててよ・・・。
それにサイズ、でかすぎるし・・・。


あさってから、一週間、上海に行ってきます。
現地からのオファーなので、仕事の形態が違うかもしれません。
ギャラ、元だったらどうしよう・・・。
おまけに現地レートだったら・・・。

上海に舞台を変え、戦いは続く(今年もこれか・・・)

 

 

 

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