598 「生きる」 10月26日

また長い間書いていませんでしたね。
すいません。
久しぶりに一息つきました。



最近、涙もろくなったのかなぁ、と思う時があります。
そんな人を見て、からかっていた自分が、まさかそんな風になるとは・・・。

もちろん映画などを見ていて、そんな気持ちになることはあります、というか、
そうなりたいから見ているわけですよね・・・・。
そうじゃなくて、日常のふとしたことで、こみ上げてくることがあります。

少し前、BSか何かでホンダの一分くらいのコマーシャルがありました。
BGMに確か第九が流れていて、バイク、車、飛行機の映像が繰り返されます。
それを見ているだけで昂りを覚えちゃうんですよね。
最後は涙で映像が霞んで、よく見えません。
あはは・・・。

どうしてそんなもので泣けてしまうのか、自分でもさっぱりわかりませんが、
楽しさや生きていることの躍動感のようなものが、そのCMから感じられます。

あとは歌詞なんかもダメですね。
きちんと感情が入ったものを、涙なしで読むことはできません・・・。



この夏に「生きる」という本が出版されました。
谷川俊太郎さんの「生きる」という詩をモチーフに
多くの人々が言葉を綴ります。

「生きているということ
 いま生きているということ」

そのあとに自分なりの言葉をつなげます。
自分にとって生きているということは、どういうことなのか。
その詩を何十点か集めたものが、一冊の本になっています。

ああ、いいなぁと素直に頷けるものがあれば、
つらくて胸が苦しくなるようなものもあります。
ところどころで、文字がぼやけて読めなくなります。

みんな傷ついて、生きることの痛みを感じていて、
涙も枯れ果てて、ああ、でもそろそろ歩かなきゃな、と立ち上がります。
みんな頑張ってるんだ、とそんな言葉に愛おしさすら覚えます。

普段の暮らしの中で人の気持ちの奥深くに立ち入ることはあまりないので、
それぞれの人が豊かな感受性を持って、世の中を眺めているということを、
リアルに感じられたのはとても良かったです。



小説や映画で感動することは多いですが、設定が具体的であるために、
そこに自分自身を投影することは、なかなか難しいです。
でも詩や写真はどこか曖昧であり、ゆえにそれが記憶の何かを思い起こさせることがたまにありますよね。
痛いほど共感できる、という想い。

写真をやればやるほど思うことは、上手さではないんだ、ということです。
少なくとも僕にとっては・・・。

技術に走ったり、写真家気取りだったり、謙虚さを失ってはいないか。
無人でも人が感じられて、生きている躍動感があり、僕の感情がそこに納まっているか。
そんなことを常に心に留めて、撮り続けます。

その写真が運良く誰かの心に届くかどうかは結果論でしかありません。
そうあれば嬉しいですが、それを狙っているわけでも、狙う技術もありません。
人の感受性は様々だし、共感して欲しいなんて、おこがましくて言えませんよね。

ただ僕ができることは、自分の想いをきちんと入れよう。
簡単に言うとそういうことなのでしょうか。

ではまた。









 

 

597 「サムライ魂」 10月17日

いつの頃からか自分の中には「反体制」というか「反権威主義」というか、
そんな姿勢が強くあって、それらは自分を奮い立たせるエネルギーだったんですね。

人当たりは柔らかい方だと思いますが、でも核の部分は揺るぎないロック魂で出来ている
というのが自分に対しての解釈でもありました。

どこまで突っ張れるのか。
仲間に迷惑さえかからなければ、どこまでも自分なりの正義を貫きたい、
そんな想いが強くあります。

でもそんなものは社会の中で揉まれるにつれ、普通は希薄になっていくものだと思います。
関係の中で妥協することもあるだろうし、嫌なことでも首を縦に振らざるを得ないとか、
また「それが大人ってもんなんだよ」と友人たちに言われたこともあります。

本当にそれでいいのだろうか。
諦めながら、それでも生きていかなければいけない理由ってなんだろう。
そんな壁にぶち当たって、かなり長い時間、悩んだような記憶があります。

でも結局のところ、僕は友人たちが言うところの、適切な大人にはなれなかったようです。
正義や倫理や思想や、自分の中のそんなものを押しとどめてまで、
生きていかなければ上手くいかない世の中なら、上手くいかなくてもいい、と思いました。

いつだって僕の中には熱のようなものがあって、
それが「とにかく前進しろ」と背中を強く押し出します。
志や反骨精神を失っていないか。
強く自分を信じているか。
また信じきれるだけのことを自分に課しているか。

ときおり目を閉じて、静かに言葉を反芻します。


そんな想いをロック魂と表現していましたが、
最近、それが違っていたことに気がつきました。
正確にいうならサムライ魂なんですよね。

ここで人生が終わっても納得できる生き方が出来ていますか、
ということなのだろうと思います。
たぶんそれが自分にとって究極の問いかけなのでしょうね。


僕は自分のことをずっと器用な人間だと思っていました。
柔軟で、それなりの立ち振る舞いができる側にいるものだと思っていました。
いや、たぶんかつてはそうだったのでしょう。

でもいろんな人との出逢いや経験を通して、僕が学んだことは
目の前の人や、置かれている状況に真剣に向き合うということです。
今この一瞬がとても大切で、それを軽くあしらうなんてことができません。

決して自分の気持ちを偽らない。
相手を陥れない。
誠意を持って向き合う。
理解しようと努める。

書いてて思ったのが、これって器用人の思考ではないですよね・・。
あーあ・・・。




生きている時間はそれほど長くない。
僕の解釈ですが、一般論といってもいいでしょうね。
焦る必要はないけれど最後には、本気で生きたよ、と笑いたいです。
その中で愛すべき人々と出会えたことをとても嬉しく思います。

もちろんまだまだ僕たちの人生は続きます。
困難な道のりですが、でも笑えることも感動できることも、
未来にはたくさん用意されていると思います。

だから顔を上げて、希望を持って、
歩いていこうと考えています。

ではまた。


 

 



596 「プーケットとチェンマイ」 10月9日

昨日の朝、タイから帰ってまいりました。
「えっ、あなた日本人なの?あはは」とタイ人が笑うくらい、
真っ黒になった男カワダマサヒロでございます・・・。



プーケット島からまた離島へ。
クルーザーで渡ります。

シックスセンス・ディスティネーションスパ(たぶん)。
ここにはスパしかありません。
コンビニもなければ、自販機もテレビもラジオも、
音の出るものは一切ありません。

プールですね。
もちろん泳げますが、誰も泳いでいません。
なぜなら宿泊客は5人しかいないからです・・・。

ソフトオープンというか、プレオープンなのですよね。
まだ練習中だから、大目に見てね期間というところでしょうか。

とはいっても何の問題もなく、みんながプロの集団という意識で、
そのホスピタリティが気持ちよいです。

知らない人がいない。
離島ならではの一体感があるような気がします。
ただ悪さをすると、あいつはワルだ、と帰るまで後ろ指を指され続けます・・・。

僕の部屋です。
広さはかなりのものです。
すべての部分を撮るのは無理でした・・・。

宿泊代もまた、かなりものです。
ちょっとした日本人のサラリーですね。
もちろん一泊が・・・。


寝室以外はすべて外にあります。
ここはトイレに行くアプローチですね。

たまにカラフルな南国のカエルがいて、
踏みそうになります・・夜中なんかは。

最終日、4日ぶりに靴を履いたら、
中に巨大なカタツムリが生息していてびっくりしました。
いい住処を見つけたと思っていたんだろうなぁ。
申し訳なかったです。
でも僕もそれ履かないと帰れないんで・・・。

ジャグジーなんかもあるのですが、一度も使えませんでした。

が、泳ぎ続けました・・・。
各部屋にあるプライベートプールです。
汗まみれで撮影から帰って来たら、素っ裸になってそのままドボン!
これはサイコーです・・・。

そこそこの長さがあり、ターンで壁を蹴った後でも、
軽く5ストロークはできます。
1日目は30分、2日目は1時間泳ぎました。
3日目はもち、かなりの筋肉痛です・・・。


頑張れば裸足で過ごすことも可能ですが、
レストランでは靴厳禁です。
まあ、靴というか、ビーサンですが・・・。

ですが、テーブルの下はこんな感じで気持ちいいのですよねー。
みんな裸足で歩いています・・といっても5人しかいないですが・・・。



撮影チームの I 女史と僕、そしてスパのマーケティングの人たち。
基本的には毎食、こんな感じです。
人が少ないから、なんとなく集まってしまうのですよね。
笑いまくった、とても楽しい日々でした。



島を離れます。
4日いましたが、雨期には珍しく毎日晴れました。
向こうに見えるのがプーケット島です。

いろいろと良くしてくれたウィムとお別れです。
ありがとう、また来るよ・・仕事で・・・。
プライベートでは来れません・・・。

さようならぁ、と手を振ります。
ウィムたちも、いつまでも手を振ります。
というか、僕たちがいつまでも見てるから、帰れないんだよね・・・。
あーごめんごめん・・・。

プーケットからバンコク経由でチェンマイに。
撮影中、嵐がやって来ました。
あのムチのような音からすると、秒速30mくらいはありそうです。
もう台風ですよね。

外灯は倒れて停電になり、森の木々もこの通りです。
庭はボロボロです・・・。
撮影オワリ・・・。

6日目?、フォーシーズンズに移動。
テレビがありました!イヤッホー!
オーガニックじゃない、コーヒー飲み放題!サイコー!

とは言いながらも、ここのように快適であることが豊かなのか、
それともシックスセンスのように、虫の鳴き声や風の音に何かしらを取り戻していくのか、
これは好みというか、作った民族の違いを感じさせます。

シックスセンスというくらいだから、第六感をブラッシュアップさせようということなのでしょうね。
そういう意味では僕はシックスセンスの方が好きかなぁ・・・。
まあ自腹では行けないんだけれど・・・。
くどいようですが・・・。

プライベートのテラスです。
各部屋に付いています。
ソファに腰掛けて見る森の風景は、また海とは違った良さがありますね。

いろんな香りがします。
それは土だったり、木々や葉から出てるのでしょうか。
簡単にいえば、やはり深い森の香りなのでしょうね。

ここもホテルの敷地内で、建物はテラス付きのヴィラ。
水田のある風景が中庭に広がっています。

高床式の収穫小屋なんかもわざわざ移築されていて、
細かなディティールまでこだわっています。
つまりホテルの中庭にチェンマイの農村を作ったわけですね。

かなりアメリカンな発想で、どうなのだろうと思うところもありますが、
朝食のレストランに向かう小道、カエルが水田に飛び込んだり、
ヒグラシの声が森を包んでいたりと、街のホテルでは味わえない穏やかさはあります。

朝食のレストランです。
アメリカン的発想で作られた庭でありますが、
この風景を見ながら食べる朝食は悪くありません(どっちなんだ・・・)。

人が少ないのがいいのでしょうね。
フォーシーズンズは基本的に客室が少ないので、他の客に会う機会もあまりないのです。
つまり宿泊代が高いということですね・・・。
とほほ・・・。

男カワダマサヒロ、ここもまた自腹では無理なのでした・・・。

パンの種類がメチャメチャ多くて、5分くらいウロウロ。
ここは菓子パンのコーナーですね。
穀物入りブレッドも多数。

ウェイトレスが心配して「お手伝いしましょうか」と声を掛けてくれます。
「種類が多くて選べないんだ」というと、わかるわかると笑いながら頷いていました・・。

で、結局選んだのが、トースト・・。
焼いて、スクランブルエッグを乗せて、塩ふって、サイコー。

ヨーグルトやシリアルにトッピングするドライフルーツ。
ジャムもいろんな種類ありました。

アングロサクソンの料理は、いつも首を傾げてしまう僕でありますが、
アメリカンブレックファーストは美味いと思います。
パンケーキのメープルシロップが、ベーコンやスクランブルエッグを浸食していて、
オゥ、ボーイ!と嘆くときもありますが、別にいいです・・・。
アメリカンなんで・・・。

最後の撮影を終え、この後空港へ。
バンコク経由で東京に帰ります。

ほとんど一眼を抱えてシューティングしていたので、
日記用スナップが少なめでしたね。

おそろしいほど天気に恵まれて、写真を撮り続けましたが、とても楽しい旅でした。
今度はゆっくりと来たいですね。

ではまた。