546 「加賀」 2月29日

どうも。
ジプシーかわだでございます。
加賀から帰って参りました。

いやっほー、という感じですね。
快晴の富士の向こうには駿河湾が見えます。
いっぱいサクラエビが泳いでいるんだろうなー。

しかしながら、こちら加賀は雨まじりの雪です。
日本は長いですね。
でももう雪はさすがにいいです・・・。
もう今年は十分堪能させていただきましたので。

こういう観光地はおばさんの天国ですね。
わずかな滞在時間でしたが、500人くらいのおばさんに出会いました・・・。
おじさんはどこで、何をしているんだろう・・・。

ビジネスユースで泊まった山中温泉のホテルです。
深夜に到着し、早朝に出発したので、周りの様子はほとんどわかりません。

チェックアウトの時にこの写真を見て、全貌を知ったのでした。
結構、立派なホテルだったんだ・・・。
おまけに裏には渓谷があったんだ・・・。
そう言えば川が流れる音が・・・。

矢印は泊まった部屋です。
たぶん。


加賀の観光地にまで足を踏み込んだのは初めてでした。
でも今回はガイド的なものではなく、伝統工芸の職人の撮影でした。

さすがに歴史もあり、潤いのあった都市だけに、見るべきものはたくさんありそうです。
ですが観光名所などはきれいに整備され過ぎて、居心地の悪さがあったりします。

保存地区でたまたま古い民家の工事をやっていました。
しばらくそれを眺めていたのですが、本来、一本の柱で支える部分を
器用に継ぎ足して、それらしきものを作ろうとしているところでした。
簡単に言えばハリボテです。

でも完成すれば、まったくわからないもになるのでしょうが、
意味があってそうなったものと、それ風とはずいぶん違うんだろうなぁ、と感じました。


いろんな意味において、本当に良いものは少ないです。
その多くが消費されて、忘れ去られるつまらないもの、というか、
自分の周りにもそんなものであふれています。

それが嫌だと思っても、この社会で生きて行こうとするかぎり、
そのシステムから逃れることはできないのでしょうね。
ただ本当に良いものはきちんと評価しようよ、とする姿勢は大事なのだろうという気はします。

「本当に良いもの」という定義もまた難しいのですが、
たぶん猛烈な熱中と愛を持って作られていることは、間違いないと思います。

そう言った意味では今回の職人取材では、本当に良いものを見せていただきました。
作る人の根気と熱意もかなりのものですが、それを評価して買う人々もまた貴重なのですね。

まだまだ捨てたものではなさそうです。

ではまた。





545 「加工終了 冬編」 2月26日

おでこのタンコブも凹んだものの、まだ多少の痛みがあります・・。
あーあ。

昨日、すっかりと書き忘れていたことが・・・。

あんなに眺めていたのに、当時は気がつかなかったのですが、ホテル カリフォルニアのジャケ写、粒子がアレアレなのですよね。
ネガで撮ったプリントを大伸ばしして、さらに大胆にトリミングをしたようです。
この程度でいいだろう、ぐらいの発想だったと思うのですが、それで粒子が荒れた分、エモーショナルな揺さぶりがあります。

当然、昔はそんなことなど分からなかったはずなのですが、そこから何かしら感じるものがあったのでしょうね。
きれいに撮らなきゃ伝わらない、というわけでもなく、
だからといってエモーショナルが独りよがりになっても、また困ります。
難しいところです。



写真の加工も終わり、ホッとしました。
コンタクトシートだけで100枚・・・。
納品を目前に控え、途中で用紙が無くなりました・・(汗

同じ用紙は近所で買えないので、A3用紙をギロチンカッターで切ることに。
なんとか足りました・・ホッ。

しかしながらプリントスリーブが足りないことに気がつき、行きつけの100均へ。
20袋、300枚分買い占めました。
大人買いです。
やったぜ・・・(汗

インクを10回ほど詰め替えし、途中無くなるのでは、とハラハラしましたが、なんとか無事終了。
新マックはDVDに焼けるので、納品メディアの枚数が少なくなりますが、
もしCDに焼いていたら、50枚弱・・・。
あーもうあり得ないですね・・・良かったぁ。

たぶんここまで撮り切る撮影もそれほどないかとは思いますが(たぶん・・汗)
ロケ先から帰ってやることが、ほんとおおいです。


自分専用のサーバーを確保していましたが、使い道のほとんどは手直しや、
ちょっとした追加だったので、100メガほどで十分に事足りていました。
しかしながら最近は使用頻度が増えて来て、とうとう500メガにアップしました。
なんだかいろんなものが複雑になっていきますね。

頭で考えていたら、だんだん分からなくなってくるし、大変なので、
最近は物事を体感的にこなすようにしています。
それがいいことなのか、どうかは分かりませんが、
細かい場所にこだわるよりも、ザックリとしてていいから、全体を見るように心がけています。
その方がうまくいくような気がするんですよね。
経験的な話で上手に説明できないのですけど。

チャオ。




544 「ホテル カリフォルニア」 2月25日

「恐怖を感じないから偉いわけではない」という下りをある小説で見つけて、
ああ、なるほど、そうかもしれないと頷きました。
恐怖感って、自分の中のセンサーですよね。
それがあるから怪我しないですんでるんだ、ということにこの年になって、気がつきました。
遅いですね・・・。

高校生の頃、モトクロスをやっていて、よくレースに出たものでした。
本場はやはりアメリカで、当時、スタジアムでスーパークロスというレースが流行っていた頃です。
球場の3階席に座っている僕の目線の高さまで、ジャンプするわけですから、
ただボーゼンとして口を開け、見ていたような記憶があります。
着地に失敗したらどうなるのだろう、という恐怖感に欠けているとしか思えませんでした。

僕もそれなりに練習し、プロにはなれなくても、国際ライセンスくらいは取れないものか、と考えておりましたが、
僕が必死になってやっていた連続ジャンプを、小学生が軽くこなし、
その後の進入路に向けて、斜めになってジャンプインする姿を見て、ああ、こりゃ駄目だ、と諦めた次第であります。
こりゃかなわない、と思った初めての挫折感だったかもしれません。


アメリカに行くときに最後まで、ハワイにするか、カリフォルニアにするか、悩みました。
どっちもサーフィンができるものの、モーターバイクの聖地はやはりカリフォルニア。
レーサーになる夢は諦めましたが、それに関わる仕事はないものか、という気持ちは捨てられません。
迷いを解決したのは当時、よく聞いていた「ホテル カリフォルニア」のジャケ写でした。
歌を聴き続け、そのジャケットを眺め、この場所に行きたいとLAへ。


この間、パソコンにCDをどんどん取り込んでいた時です。
FMから「ホテル カリフォルニア」が・・・。
ああ、そうだ、このCDあった、と探しますが見当たりません。
しょうがないので駅前のツタヤに買いに行きました。

昔はとにかく英語の歌詞を徹底的に覚えたものですが、
なぜかイーグルスに関しては、一曲も覚えておりません。
なぜだろう、とあらためて見ると歌詞がメチャ難しいんですよね。

しかしながらすごい歌詞です。
「夜の砂漠のハイウェイ・・・コリタス草の甘い香りがあたりに漂う・・」
日本に住んでいたら、まったく想像できない世界だと思われます。
そういった意味では歌も土地に根ざしているのでしょうね。

夜、岩砂漠を突っ切って走るフリーウェイに車を止めて、ヘッドライトを切り、エンジンを止めます。
日に数百マイルも走った後、エンジンを切ると2度とかからないんじゃないか、という不安が今ならあります。
なにしろ5万円で買ったオンボロですからね。
でもあっさりとエンジンを切ります。
若さ故でしょうか。

砂漠には人工的な光はなくて、時折、風が吹き、星の輝きが増したような気がしました。
完全に夜に支配されているような錯覚に陥ります。

不思議なことに「怖い」という感覚はまったくなくて、
ただその感触がこれまで体験したことのないものだった、ということだけは良く記憶しています。

何がしたいのか。
どこに向かおうとしているのか。
そんなことをずっと探していた頃の話ですね。
懐かしいです。

バーイ。







543 「山崎 冬」 2月21日

夕方まで都内で撮影。
5時半くらいでしたが、まだ空は明るいです。
ずいぶんと日が長くなって来たようですね。
右折レーンにて停車中、フロントガラス越しにパシャリ。

昨日の夜、新幹線で京都の山崎蒸留所から帰ってきました。
毎朝、4時代に起きて、可能なかぎり厚着し、ホテルを出て、蒸留所に向かいます。
東の空はほんのり明るさを帯びていて、しばらくすると朝日が顔を出しそうです。

現場に着くと光を待ち、いい頃合いを見計らって、次々といろんなアングルで切り取ります。
周りの風景を写し込んだ20ミリから部分的なクローズアップの300ミリまで。
刻々と変わる光の状態に合わせて、一気に撮影を終えます。

300ミリだと風が吹くだけでもブレてしまうので、
ミラーアップして、止んだ瞬間に素早くシュートします。
片目を閉じてフードの先端を睨みつけます。
その揺れが止まった瞬間、スパッとレリーズを切ります。

レンズや三脚などは我慢できないほど冷たくて、手の感覚が無くなります。
初めは手袋をして撮影していますが、操作しにくいので結局、そのあたりに放り投げられてしまうのでした。
寒いぜ、ちくしょー。

それが終わると日暮れまで蒸留所内の撮影をして、夕食。
その後また夜に蒸留所内の夜景の撮影が始まります。
そんな3日間でした。

かなりタイトな撮影だとは思いますが、あまり疲れはないですね。
倒れてもおかしくないぜ、というくらい集中して働き続けましたが、
たぶん普段から走っているおかげなのかもしれません。
ただもうれつに眠たいです・・・。

今朝は久しぶりにゆっくり寝て、起きると体中が痛いです。
緊張から解き放たれたせいなのか、それとも移動中機材を抱え続けたせいなのか・・・。
今、どこが痛いかを探ってみましたが、膝の上、太もものいちばん下の部分ですね。
と言うことは疲れでしょうか・・・。
あ、ふくらはぎも痛い・・・。

なんだ、オデコがメチャメチャ痛いじゃないか。
ああ、これは昨日、自宅で思いっきりコンクリートの角でぶつけたのでした・・・。
死ぬんじゃないか、というほどの衝撃です。
あまりにも眠たくて、目を開けずに歩いていたようです。

頭を押さえて3分ほど、うずくまった後、血が出てないか、鏡でチェック。
出血はしていませんが、富士のような立派なタンコブが・・・。
あーあ。


まあ何はともあれ、充実した数日間でした。
被写体と向き合って、意地でも妥協せず、出会った瞬間を片っ端から切り取っていきました。
写真のセンサーフル稼働状態ですよね・・・。

そこに至るまでの大きな葛藤があって、正直、ずいぶんと辛いこともありました。
いろんな話し合いがあって、もうこの撮影から下りた方がいいんじゃないだろうか、と考えたこともありました。

この仕事は会社における記念碑的なものです。
これまで存在しなかったし、一度作られてしまえば、かなり長い間、変わるものではありません。
それゆえ写真に要求されるレベルは、これまで経験がないくらい高いものでした。

その中で僕は自分なりに文句のつけようのないレベルで、写真を撮ったつもりでした。
もちろん僕もそれなりの経験がありますから、手応え感というものもありました。

しかしながら両蒸留所の歴史はかなり古いものです。
これまで何百人ものカメラマンが撮影し、そこには誰もが知っているような大御所写真家も名を連ねています。
僕が良しとするレベルの写真でいいのなら、これまで撮った、会社にある写真を掻き集めれば、
十分に見応えのある一冊ができるじゃないか、とCDは言います。
なんでわざわざ撮り直してると思ってんだ、という言葉に素直に反省しました。

求められているレベルがあまりにも違いすぎる、ということに気がつきました。
これまでのすべての写真を超えて行かなければ、撮る意味はない、ということです。
話し合いを重ね、紆余曲折がありましたが撮影を続行することが決まりました。

今まで日本一になりたいだなんて、思ったことは一度もありませんでした。
技術的に至らないのはどうしようもありませんが、でも良いものを撮りたいという想いとしては、 日本でいちばんでいたい、と正直思っています。
倒れるまで撮ろう、という覚悟もできています。
想いの強さがこれまでの自分を超えて行くんだろう、ということも何となく感じています。
それくらい本気でやってどんなものができるのか、それを自分で見てみたい、という気持ちもあります。

言葉に書き表すことは難しいですが、この仕事は大変です。
でもやっぱりやりたい、と強く思っています。
大きく変われるターニングポイントがたぶんここにあるんでしょうね。

ではまた。



 

 

542 「白州 冬」 2月15日

白州から帰ってきました。
ものすごい寒さでした・・・。
もちろん氷点下です。
風が強く、涙を流しながらの撮影でした。

すべてのものは凍りつきます。
毎日が冷凍庫の中で撮影しているようなものなのです。

しかしながら液体を気化させる蒸留室はかなりの高温で、
夏は50度、冬場でも30度はあります。
そこではTシャツで汗をかきながらの撮影なのでした。

ダウンを2枚着て、マフラーを巻き、ニットキャップを被り、
あちこちにカイロを隠していたと思えば、突然、Tシャツになる、という、
タイミングが悪ければ、汗も凍りつきそうです・・・。

最終日はもうヘロヘロで、頭痛もして、こりゃ風邪だな、と覚悟しましたが、
薬を飲んで、信玄餅を食べて復活です。 

夜明け前からシュートです。
一晩で積もった道路で機材を引っ張ります。
ほとんどブルドーザー状態です・・・。

当然のことながら、ものすごい腕力が必要で、
肩にかけた方が楽なんじゃないか、という意見もあると思いますが、実際その通りです。
でも路面は凍っていますから、たまに転けるんですよね・・。
機材を落下させない、という意味では引っ張る方がいいのでしょうか・・・。

そういえば機材とともに坂を滑り落ちました。
大人になってこんな経験をするだなんて・・・。
からだ中、雪だらけです。
笑えるんだか、笑えないんだか・・。

帰りは小淵沢から特急あづさで新宿に。
東京に撮影に来ていたO島さんとうまい具合に合流できました。
喫茶店でしばし時間を過ごし、手を振り、別れました。

今回は30ギガのメモリーを持ち込みましたが、撮影したのは20ギガを軽く超えました。
余裕だろう、と思っていましたが、最後はちょっとハラハラです。
ポータブルHDに保存はしていますが、やはりPCに落としていないデータを消すのは不安ですよね。

週末は東京で撮影し、来週からは山崎です。
それが終わればちょっと休憩できるかも、というか、レタッチですよね・・・。

山崎が単純に白州と同じ撮影数でも、2つ合わせて40ギガ・・・。
なんだそりは・・・(涙
トホホ・・・。

ではまた。








541 「南アルプスと雪男」 2月9日

明日から数日間、白州での撮影です。
雪ですね。

先週の雪もかなり残っている様子らしく、
おまけに僕は連日、南アルプスの日の出撮影です。
今回は雪のせいで中央道もクローズになり、電車での移動です。

それゆえ日の出に合わせて、タクシーを手配し、
おまけに人っ子ひとりいない、雪深い暗闇の撮影ポイントに置いて行かれます・・・。
遭難するんじゃないでしょうか・・・。
あまりにも過酷ですね。

そこで日の出を待ち、山に斜光が当たり始める時を狙って、シュートします。
たぶんおそろしい寒さでしょうね。

だからといって登山のような服装で行けるわけもなく(ただでさえ山のような機材ですからね・・電車で)
ダウンを2枚重ね着し、マフラーにカイロを忍ばせ、毛糸の帽子と手袋を買いました。

「ひとーつ!男たるもの、パッチ(タイツ)を履かない!」
という、偏ったコダワリが僕にはありますが、今回はさすがに無理です・・。
命が掛かっています・・・。

ナショナルジオグラフィックの写真家のライフスタイルを憧れたりしますが、こりゃ大変ですね。
写真を撮るまでにやるべきことがおお過ぎます。
普段は車でチョイチョイと取材先に行ったり、
貸しスタで出迎えてくれたアシスタントに、よろしくとか言って、機材を運んでもらったり・・・。
なんて楽をしているんでしょう・・・。
誰だか分からないけれど、すいません・・・。

しかしながら、男カワダマサヒロ、今年はやります。
もう何かが吹っ切れました・・・。
なんだか分かりませんが、モーレツな気合いの入り方です
南アルプスに向かって、ウォーッ!と叫びたい気分です。
ほとんど雪男ですね・・・。

そんなわけで、ちょっと行ってきます。
ではまた。





540 「割れた魔法瓶」 2月8日

以前、ビンゴゲームで当たった(外れた・・?)コップがあって、
プラスティックで、とても軽くて、色はヒヨコのような黄色をしています。

ガラスや焼き物ではたぶん出ない、ビビットな色で、
モノとして深みがあるかどうかは別としても(というか、ないですが・・)かわいらしくて使いやすいコップです。

水をグビグビ飲んだり、摘んだ花を生けたり、水を汲んで植木に与えたり、
とにかく使い勝手がいい、というか、気軽に使わせる雰囲気を持っているのですよね。
もし良いものを見かけたら、買っておこうとずっと思っておりました。


先日、三茶にある無印でアクリルでできたコップを見つけました。
透明度も高く、見た目はまったくのガラスですが、落としても割れない樹脂です。
形もどこかレトロに作られていて、雰囲気も悪くありません。

衝動的に「買おう」と思い、手を伸ばしかけました。
しかしながら何か心に引っかかりのようなものがあります。
この気持ちはいったいなんだろう、としばらく思いを巡らせていましたが、ふと気がつきました。
それは、コップは割れるべきじゃないのか、ということでした。

いろんなことが便利になっていくのは、とても助かります。
不便は辛いというか、面倒ですよね、便利さを知った後では・・・。
テレビのチャンネルを変えるために、わざわざテレビまで歩み寄った時代もありました。
ボリュームも然りです。

エンジンをかけやすくするためにチョークを引っ張ったり、
混合燃料を作るためにガソリンスタンドに、2サイクルオイルとメスシリンダーを持って行ったりしていました。

大雨が降るとすぐに川が氾濫して、すぐに床下浸水。
水が引いた後、玄関にウナギがいたことのありました。
これは楽しいですね・・・。

と、まあ、とにかく面倒くさいことだらけです。
今思うと、よくやっていたなぁと感心します。

しかしながら、その中にささやかな喜びや楽しみが潜んでいた気がします。
それは何なのだろう、と今考えても答えはぼんやりとしたままですが、
たぶん経験のひとつとして、思考に豊かさを与えているのではないのでしょうか。


まだ幼稚園に上がる前だったと思いますが、家族でピクニックに行きました。
黄色い魔法瓶を持って遊んでいた僕は、何かの拍子にそれを岩にぶつけてしまいます。
すると中のガラスが崩れ落ちる音がしました。

今でもよく覚えています。
薄いガラスが粉々になって、崩れ落ちる感触。
それが取っ手を握りしめる僕の手に伝わってきました。

僕は動揺して、ごめんなさいと母に何度も謝りました。
どちらかというと甘やかされて、わがままだった僕なのに、
それまで経験がないくらい、懸命に謝った記憶があります。
それはどうしてなのだろう、と今でもたまに思います。

子供の頃の記憶なんて、ほとんど消え去ってしまうものが多いように思うのですが、
その経験だけは珍しく、しっかりと覚えています。

母は何も言わず、笑って首を振ります。
その笑顔に僕は安堵し、救われた気がしました。
ガラスは割れるものなのよ、と母は言いました。


この世から石油が無くなる60年ほど先には、それに変わる輸送機器が活躍していだろうし、
パソコンなんて言葉すら、存在しているかどうか疑わしいです。
それでもやはりガラスは割れた方がいい、と僕は思っています。
ガラスのひんやりとした手触り。
そして大切に扱わないとそれは砕け散ってしまう、という感覚は人にとって大切なような気がします。

それはいったいなぜなのでしょうか。
説得力がないですね(笑

ではまた。










539 「東京 雪」 2月3日

雪の東京です。
今年も寒いエリアにいくつか出かけましたが、いちばんの雪景色です。
車がチェーンを巻いて、カラカラ走っています。

雪のおかげで打ち合わせも延期になり、
納品予定のデータを郵便局に持った時の写真です。

しかしながら日曜日で良かったです。
これが平日で、撮影がある日だと思うと、ゾッとしますね。
都会は雪になるとホント、どうしようもありません。

Jesus loves you !
そういえば一年前、北海道でもこんなことを書いていた気が・・・。


昨日、書いたS社のHPです。
マイクの風切り音防止の毛玉が、何故か笑えてしまいます。
手足をつけてみたいですね。

http://www.sony.jp/products/Consumer/linearpcm-rec/

チャオ。




538 「フロンティアとマーケティング」 2月2日

先日、ある録音機器のカタログを見かけました。
日本のAV機器メーカーであるS社のものでした。

小型で安価なMP3が当たり前の時代、それは安いデジタル一眼レフのほどの値段です。
しかしながら良くできています。
部分的にアルミの削り出しのようなパーツが使われていて、全体の形もどこかユニーク。
しかしながら、これまでにはなかった異彩を放っています。

宮崎駿の映画で主人公が懐に忍ばしていそうな機械です。
それで宝の在処が発見できそうな感じですね。

久しぶりに意味もなく、欲しい・・と思いました。
僕にとって何の役にも立たないのですが、でもモノとしての魅力にあふれています。
せいぜい自分の声を吹き込んで、あーおれってこんな声なんだーと確認する程度だと思われます・・・。

「人が求めている」というよりも、「俺たちはこんなものを作りたいんだ」という
技術者たちの声が聞こえてきそうです。
かつての○ォークマンもそうだったように思います。
自分たちがいいと思ったものを一生懸命に作った。
新しいジャンルを切り開くフロンティアあふれていた企業でした。


でも今はすべてではないものの、マーケティングという市場調査が行われ、
どのようなモノを消費者は求めているか、という意見を元に商品が作られます。
たぶんかつてはそれで良かったのでしょう。
でも若者は新聞を読まなくなり、PCの前にいる時間だけTVの時間は削られて、
どんなメディアにどのような広告を打てば効果的なのか、ということがわかりにくくなっています。
嗜好や生き方も多様化して、昔のように爆発的なヒット商品が生まれにくい世ですよね。

僕が使っているカメラのメーカーも、個人的には別に好きでも何でもありません。
もっと言えば経営方針として、どうなのだろうと疑問にさえ思うこともあります。
ただ今回手に入れたプロ機種に関して言えば、すごいと言わざるを得ません。

複数のプロカメラマンと練りに練って、技術者が作りあげた現時点における最高のパフォーマンスです。
今までたくさんのカメラを使ってきましたが、ああ、こりゃすごい・・・と心から感動することもしばしばです。
企業ですからもちろんマーケティングということもあるでしょうが、
それを遥かに超えたレベルでこちらに提供されるので、文句を言わずに使うしかありません。

プロ機種に関して言えば、消費者にすり寄る必要はない、という企業の自信というか、姿勢を
やはり認めざるを得ないのでしょうね。
値段もベラボーに高いですし、ちょっと悔しい気がしないでもないのですが・・・。


マーケティングに関していえば、僕らもその中に取り込まれていて、
ここはこう見せなきゃいけない、なんてこともしばしばです。
どう表現するか、ということはすでに制作段階で決められて来たことですから、
それを撮影の時に変える、ということはやはりかなり難しいです。

しかしながら僕たちは1パターンだけでなく、多くのケースで数パターン撮れるわけですから、
世の中がどう思っていようと、オレはこう撮りたいんだ、という想いは必要なのかも知れない、と
その録音機器の写真を見て思いました。

もちろん僕のそんな想いが世の中で共感されるかどうかは、なんともわからないことですが、
でも何かにすり寄ったり、誰かに媚びない姿勢というのは素敵だな、とあらためて思いました。

ではまた。

 

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