568 「危機感」 5月29日

あの英会話教室がなくなったときも、たいそうな驚きでしたが、
大阪の高級料亭が廃業したニュースは、なんとも言葉を失いました。
どちらもあって当たり前。
誰もそんなものがなくなるだなんて、想像しませんでした。

料亭はパンフレットの撮影か何かで、何度か行ったことがあります。
おかみさんに会ったかどうかは覚えていませんが(まあ、撮影なんかには立ち会いませんですしね・・)
テレビに出ていた男性方は会話もしましたし、よく覚えています。

悪いことをしたとはいえ、なんとも複雑な気持ちです。
等身大で真面目にやっていれば、こんなことにはならなかったのでしょうね。
プライドがあったのか、おごりのせいなのかは分かりません。
どちらにせよ、文化的なある一角を担って来たところが、なくなってしまうのはなんとも残念です。


なんだか世の中的に「危機感」という意識が希薄な気がします。
今のままじゃヤバい、という気持ちですね。

まあ自分は大丈夫だろう、という考え方はよほどの強運の持ち主でないかぎり、
成立しそうにないかもしれません。
世の中のあらゆることの締め付けがタイトになり、
普通に行きて行くことすら困難な時代に突入しつつある、という気がしないでもありません。

僕なんて基本的にノー天気で、イージーゴーイング。
everything is OK!、カマンベイビー!、Oh!ロッキュ!、シャウトme!
なんて叫びながら舌を出したりしますが、それとこれとは話は別なのでしょう。

出来るだけのことは最大限やる。
後先考えず必死でやってみる。
後は神様に祈る・・・。

それでも後悔が尽きることはありません。
なんであそこの瞬間を押さえられなかったんだろう、とか、
どうしてもう一歩踏み出せなかったのか、とか、
もう二度と後悔なんてしたくなくて、毎回ギリギリまで行こうと思いながらも、
終わってみれば、やはり後悔・・・。

納得はできても満足できたということは、ないような気がしています。
というか、おそらくそれには追いつかないのでしょうね。
それはたぶん蜃気楼のようなものなのかもしれません。
追っても追っても近づかない。

フリーになってずっとのんびりやって来ましたが、
ちょっと走ろうと思ったのが5年前。
でも東京に来たら、みんな初めから必死で走ってる。
おまけに何だか走るの速いんですけど・・・。

もう終わった時間を後悔してもしょうがないので、とにかく走ります。
いろんなものに惑わされず、自分が行きたいところに向かって走ります。
プライドとか、経験値とか、変なコダワリを投げ捨て、撮るしかありません。
そして神様に祈る・・・。

一旦、現場に入ったらそれくらいのリズムでいることが、
普通なんだろうなぁと最近は思っています。
「そんなの当たり前じゃん!」とまわりに言われそうですが・・・。

写真って、技術や機材も大事ですが、どこまでこだわれるか、どこまで粘られるか、
そんな気持ちの部分がその人のこれからを暗示するような気がしています。
いろんなものを超えていくのは、その人の想いなのでしょうね。

あー料亭の話だけで終わる予定だったのに・・。
すいません、長くなりました・・・。 


 

 





567 「男意気とプロフェッショナル」 5月26日

大雨が降る度に洪水で溢れかえっていた前の通りが、工事中です。
以前は車が水没しかけてひどい目に遭いました。

大雨が降りそうなときは、いっそコインパーキングに・・と考えたほどで、
ゆっくりと眠ることも出来ません。
大きな土管が埋め込まれ、少しホッと出来そうです。

しかしながら問題点は駐車場の出口が掘り返され、
2mくらいの幅の溝が僕の出庫を妨げます。

もっとも簡単な脱出法としては、ジャンプがあります。
駐車場の端からフルスロットル!
助走の距離からすると、たぶん5mくらいは飛べそうです。
しかしながら、ほぼ間違いなく向かいにある散髪屋に突っ込みます・・・。

ちょっと高度な技ですが、やや上に向かってジャンプし、
空中で方向を変える、という方法もない訳ではありません。
ご存知かとは思いますが、オートバイのトライアルでは一般的ですね。
ポイントは体重移動です。
まあ、車内での体重移動が、どれほど車の向きを変えるのに有効であるか、は謎ですが・・。

しかーしどんな困難なことであれ、この男カワダマサヒロ、目の前に山がある以上、
それに背を向けるようなことはいたしません(まあ山というか、どちらかと言うと谷ですが・・・)

さらにしかーし!カワダマサヒロ、男である以上にプロフェッショナルであります。
男の意地を突き通し、ジャンプをすることはいたってヤブサカではありません。
ですが着地に失敗し、午後からの撮影という約束を守れないことは、
ジャンプという男気を見せる以上に、男としてのメンツが立ちません。
あーもーややこしい・・・。

ですが溝はどんどんと掘られていきます。
このままではマジ出れなくなってしまう。
撮影は昼からですが、職人さんに声を掛けます。
「あのぅ、ちょっとクルマ、出したいんですけどぉ」と低姿勢に・・・。

職人さんは、しょうがないなとばかりに、ショベルカーで車が通れる程度に道を造ってくれます。
そして命からがら脱出に成功!

現場には2時間前に到着です。
あーあ。

戦いは続く。





566  「白州蒸留所」 5月22日

あまりにも素敵な季節ですので、白州蒸留所をご紹介します。
東京から車で2時間半、電車で最寄りの小淵沢まで2時間です。
南アルプスの麓にその蒸留所はあります。

広大な敷地の中にウイスキー、水工場があり、
歩いて回るのはちょっと考えられない広さです。
ただ見学ツアーがあり、それに参加すれば、バスでいろんなところに連れて行ってもらえます。
いいなー。



対岸の七里岩から撮影していますが、真ん中に見える白い建物が水工場です。
その右手に蒸留所があります。
白い山は甲斐駒ケ岳ですね。



蒸留所内にやってきました。
キルンと呼ばれる建物はかつて、ウイスキー作りに使われていましたが、
今は博物館になっていて、展望台に上がれば八ヶ岳を見渡すことができます。
白州のシンボル的建築物ですね。



中にはバードサンクチュアリという遊歩道もあり、
ここでは珍しい野鳥なんかもたくさん見ることができるようです。
聞いたことがないような鳴き声が聞こえたりします。

キツツキが当然のことながら木を突きまくるので、
ウッディな遊歩道の地図看板は穴だらけです・・・。
やりすぎやろ自分ら・・・。

でもここをゆっくりと歩くのは気持ちいいのですよ、ほんと。



中にはレストランもあります。
木造の雰囲気の良いところです。
アメリカの国定公園内にありそうな感じですね。

レンジャーとか保安官とかが、コーヒーでも飲んでそうですね。
でも残念ながらそんな人たちはいません・・・。

でもメシは美味いです。
                 


レストランのテラス席です。
スペースは広いですが、テーブルは僅かしかありません。
隣のテーブルがいやに遠いです・・・。
贅沢すぎです・・・。



お土産を買って来ました。
ミニチュアボトルです。
スティック糊と似たようなサイズですね。

フルボトルなら数万円の品揃えですが、
これならたしか2千円台後半。
しかしながらボトルは正確に縮小され、
その出来映えの良さはタミヤのプラモデル並みです・・・。

もちろん中身も本物で、プチ利き酒パーティが楽しめそうです。
僕はウイスキーがよくわかりませんでしたが、職人の方達の真摯さと、
気の遠くなるような長い時間をかけて作られる、反時代的なもの作りの姿勢に、
とても共感しています。

それゆえ最近はちょっとした機会があると家で飲んだりしますが、
やっとその美味さがわかりつつあるような気がしています。

ではまた。

白州蒸留所
http://www.suntory.co.jp/factory/hakushu/guide/



565 「カエルくんとipod」 5月17日

報告しておりませんでしたが、すでに緑道や庭にカエルくんが出没しております。
冬眠から目覚め、何やらを食べ続け、春先よりも少し大きくなりました。
足を折り畳んだ状態で、女性の握りこぶしくらいはあります。

夜行性のなので夜、ベランダでカエルくんの行動を観察しています。
昼間はどこで何をしているか、不明なのですが、
おそらくエアコンの室外機の台の下に隠れているものと思われます。

カエルくんは夜、寝ていないので「はなまるテレビ」の時間は起きていないかもしれませんが、
ひじ枕で「いいとも」ぐらいは見てるかもしれません・・・。
その時、足は伸ばしているのかなぁ・・。

いつも辺りが暗くなってくると赤ちゃんのようなハイハイ歩きで、
どこからともなく、モソモソと出て来ます。
適当な場所まで来るとそこでひたすら待ち続けます。
何を待ち続けているのかは、やはり不明です・・・。
たぶんカエルくんにとっても不明なのではないでしょうか・・おそらく・・。

ある日、ものすごく天気の悪い日があって、夕方にもかかわらず街灯が点きそうな暗さです。
すると普段はゆっくりとしか歩けないカエルくんが、しっ、しまったぁー、とばかりに、
モーレツな勢いのハイハイ歩きで、僕の下を行き過ぎていきます。
ものすごい焦り様がよく伝わって来ます。
うぉー、わっせ、わっせ。

しかしながらカエルくん的モーレツハイハイ歩きを2mほどしたところで、ピタリと停止しました。
左足は後方に伸びきり、右手は宙に浮いたままです・・・。
まったく意思が読み取れません。
カエルくんが硬直し、僕もまた硬直です・・・・。

推測1)思ったポイントを通り過ぎてしまった。
推測2)結構速く歩ける自分にホレボレした。
推測3)夜ではないことに気がついた。
推測4)どこを目指しているのかが分からなくなった。
推測5)自分が何をしたいのかが分からなくなった。
推測6)疲れた。

書いても書いても謎が深まるばかりです・・・。

カエルくんの写真がありますので、気になる方はどーぞ。
http://aloha-boy.com/diary2006-7.html




さて話題は変わりますが、ジム用に仕入れました。
ヘッドフォンにipod shuffleを取り付け出来るワイヤレスです。
軽く200曲は入りそうですね。
あの厄介なコードから解放されることが、これほど快適だとは・・・。

ヘッドフォンの左右を確認したり、コードがねじれたり、絡まったり、指で引っ掛けたりして、
する気が失せてしまうことと、音楽は車でも聞けるし、PCにはオーディオが繋いであるし、
まあいいか、と思っていましたが、これだけ手軽だとつい持ち出したくなります。

ジムだけでなく、街中でも引っ掛けていて、おまけに僕は目の色が薄いので、
ずっとサングラスをかけてますから、ほとんど孫悟空のアタマの輪っか状態です・・・。
「いててっ!もう悪さはしませんから!三蔵法師さまぁ・・・」

ではまた。


 


564 「リビルド08」 5月15日

今日すべきことを明日に延ばし、明日すべきことをさらに先送りする、
のほほんタリラーンとしたこの頃を過ごしているカワダであります・・・。

この週末から最後のサントリー白州蒸留所入りです。
昨年の山崎の夏から始まった全8回のロケ。
桜のタイミングが合わず、白州は一回増えてしまいましたが、
これまでの日数を数えると30日くらいになります。
一年弱の期間でひと月間を撮影日として費やすのは、かなり多い方かもしれません。

しかしながら学ぶことが多い撮影でした。
大変だった、というのは簡単なことですが、そんなに軽々しく
短い言葉でこの想いを伝えたくないという気持ちもどこかにあります。

来月で上京して丸3年になります。
誰かに「何か変わった?」と聞かれれば、変わったと思う、とたぶん答えるかもしれません。

人として以前と違ったところはそれほどないです。
短気ではありますが、基本的には穏やかだし、相変わらずヒツジの如くマイペースです。
でも感受性は変わった、とはっきり言えると思います。
何を「良し」とするのかという、その指針は大きく変わりました。

どこにそのポイントがあったのだろう、と時に考えます。
荒波のような東京の中に自ら突っ込んで、自分の座標軸を失うほど、
自信をなくしたり、洗礼を受けたりしながら、それでも自分が歩むべき道を探しました。
向かうべき方向が分からない霧の中の旅のようです。

手応えなんて何もありません。
ただ考えていたことは、誰かがやったことなんだから、きっと自分にも出来るだろう、という
曖昧で適当な思い込みです。
でもそれがなければ、自分の気持ちをつなぎ止めておく術がなかった、というのは事実なのでしょう。

とにかく僕はいろんなものを受け入れ、自分なりに解釈し、消化することにつとめました。
ここにある空気というか、気配というか、そんなものを全身で感じ取るという作業を
この3年間して来たような気がします。

そして僕は変わりました。
それは穏やかなる化学作用のようなものであったと考えています。
脳の仕組みというか、構成というか、そんなものがたぶん変わりました。
感じ方が変わり、見える世界が変わり、それは少なくともひとまわり大きなものになったように感じられます。

それがどういうことなのか、お伝えすることは難しいですが、
ただ言えるのは自分の中に迷いがないということです。

僕たちがやっていることに答えなどありません。
「写真は自分の感覚を突き詰めた解答なんだ」というと格好いいですが、たぶんそういうことではない気がしています。
流れるような連続する刹那の中で、心に触れるものを切りとっていく。
感覚的には穏やかで、静かな作業であると感じています。

「心に触れる」センサー的なものを僕はこの3年間でかたち作りました。
何が自分にとって大切なのか。
それを知って僕は写真を撮ることに迷いがなくなったし、
絶対に媚びるもんか、という気持ちは以前よりもずっと強くなりました。

僕には、僕に仕事をくれる人たちの想いが伝わって来ます。
「薄っぺらな写真なんてどうでもいいんだ。
 もっと強く、深くアンタを見せてくれ」
たぶんそういうことなのだろうと思います。

望むところですよ。

ではまた。






563 「中国と先入観」 5月9日

長くて大変だから読まなくていいですよ(じゃあ、何で書いてんだ・・という感じですね)


東京では警官の姿をたくさん目にします。
中国の国家主席が来日しているせいでしょう。

日本人が中国に抱く感情って、ちょっと複雑ですよね。
ここ最近、この国との間でいろんな事柄があり、この話題に触れるべきかどうか、ちょっと考えましたが、
この1年で47日間も滞在したというのも何かの縁なのかもしれません。

たしかに国家としては、ひいき目に見てもどうだろうと言わざるを得ない気はします。
政府の発表自体もあまりにお粗末です。
何の説得力もありません。

でも国家と国民は違うのですよね。
以前も書きましたが、人々はとてもチャーミングです。
愛すべき国民である、という気持ちは今も変わりません。


一般市民が殺害された天安門事件は、民主化を求めてのものでした。
両手を広げて戦車を止めた学生、もちろん国内でそんな映像を見ることはできません。
首都北京での惨事を、国内にいながら知ることができない。
共産主義のコントロールとはすごいものですね。
逆に言うと、それを見せてしまうと共産主義が崩壊してしまう、モロいものなのでしょう。

民主化を望む怒りを共産党に向け続けられていたらたまったものじゃない、と
国民のための新しい仮想敵国を作ることにしました。
怒りの矛先を変えるのですね。
反日教育の始まりです。

その教育を受けた世代の学生たちが、日本の教科書問題に怒り、
日本大使館や日系のお店を襲撃した事件はこのあいだのことです。
やり過ぎたと思ったのか、その後、反日教育を少し修正する方向に、という話を聞きました。

結局のところ、国民は洗脳され、コントロールされている状態なのでしょう。
ただ国家を統一する手法として、この反○教育というのは極めてポピュラーなようです。
昭和初期の日本と似てなくもないですよね。

中国にも優れたジャーナリストはいて、でも共産党に不利なことを書いたりすると、
拘束されてしまうか、発言の場を奪われてしまうようです。
そんな人たちがたくさんいるようです。


先ほども書きましたが、そんなことが白日の下にさらされると、
国民を統率できなくなり、中国は崩壊していくのでしょう。
僕の感覚としてはかなりギリギリな状態で、国家として成立しているような気がしています。
膨大な情報が一瞬にして世界を巡る中、共産体系を維持するのはかなり難しいことだと思います。
「共産主義が最も優れたシステムではない」ということに国民は気がついてしまったのでしょうね。


僕の大好きな司馬遼太郎氏は(いつもすいません・・)言いました。
もっとも愛すべき民族はロシア人である、と。
それを読んだときはちょっとした驚きでしたが、国のあり方と
国民性は全然違うものなんだろう、と感じました。

じゃないとそれまでの体制をひっくり返す、革命なんて起こらないですよね。
永らく続いた不満と、そこに着火する起爆剤のような人物の登場、または出来事。
そんなタイミングが重なって、革命は起こるのでしょう。

国同士がお互いの利権を主張し、合意して、手を結ぶというのはとても難しいことです。
でも外国人と仲良くなることは、特に宗教意識の強くない日本人にとって、それほど難しいことではないはずです。

前も一度書きましたが、僕たちは何も変わりません。
中国という国のあり方に賛同できるかどうかは別にしても、
似通った文化を持ち、種族もほぼ同じで、本来なら世界の中で最も親密になるべき国民のはずです。
それが中国人とまったく接点もなく、やや偏りのある報道だけで、
日本国民が反中国にステレオタイプ化していくのは、残念に思います。

確かに中国人は雑です。
いい加減なところも多々あります。
普通の会話が関西人以上にケンカに見えます。
口も悪いし、そこら中にタンも吐くし、あーいくらでも書けそう・・・。
でも人の良い中国人がたくさんいるのですよ。

上海は商業の中心地でかなりせわしいですが、北京に行ってみてください。
みんな親切でキュートなお人好しです。
チャン・イーモウの映画に出て来そうな人が街にあふれています。
こういう人たちが本来の中国人なんだろうなぁとシミジミ思いました。

たぶん僕たちはそういう先入観を捨て、相手を認めて、誠意を持って話し合う必要があると思います。
それでも合わない、と感じるとすればそれは人種の問題ではなく、単なる個人の関係なのでしょう。
同じ日本人同士でも合わない人はいくらでもいます。

何度も言いますが、僕たちは何も変わりません。
それは中国人だけでなく、世界中のどの国民も、そして日本人同士もまた同じなのでしょう。
愛を持って相手を理解しようとする気持ちはあるか。
個人的には、それに尽きると強く感じています。

長くなりました。





562 「祝 初水戸」 5月8日

水戸に行ってきました。
ハトヤを見たときも感激でしたが、まさか水戸に行くことが自分の人生にあったとは。
何とも感慨深いですね。

水戸徳川家といえば将軍家に次ぐ、紀州、尾張とともに御三家のひとつ。
幕末のエキセントリックなイメージがある土地だけに、ちょっと緊張・・・。

水戸ナンバーの車があふれる中、ひとり僕の品川ナンバー。
完全にアウェイですね・・・こりは・・・。
なにかトラブルが勃発するのか・・・。

と思いきや、人々は実に親切アンド穏やか。
城下町ならではの落ち着いた趣がありました。
ぜんぜんイメージと違ってた・・。
すんません・・・。




撮影前にひとっ走り日本三名園の偕楽園へ。
お殿様の庭ですね。
このデカさは庭っていうか、なんて言うんですか・・・(涙

写真の3人はすべて僕です・・・。
もちろん合成。
目一杯キャラクターをイメージしているのですがいかがですか・・・。

「助さん、角さんや、ソフトクリームでも食べますか・・・」


しかしながら、うっかり八兵衛ができないのは残念でした。
八兵衛という名は田舎者の通称だったようですね。
でも黄門さまにお供したということは、かなり高い身分であったと推測できます。
「もう疲れましたよぅ、ご隠居ぉ。そこの茶屋でダンゴでも食べていきましょうよー」
「八兵衛、おまえは口を開けばダンゴダンゴと・・・」

今思うと八兵衛って何の役に立ってたんでしょうね・・・。

由美かおるもいましたね。
ああ、風車の弥七も、しぶい。

でも将軍を支えるべき立場の人が、日本中を旅するってすごいですよね。
たまに財布をすられて、旅館の女将にジジイ扱いで働かされるのです。
もうメチャメチャな話です・・・。

暴れん坊将軍もまたすごいですよね。
将軍自ら夜な夜な、船で城を抜け、め組に厄介になってるんですから・・・。

悪役人 「お前はあの時の浪人!この間邪魔をしたのはこいつです!」
悪代官 「貴様、何者じゃ」
吉宗  「愚か者・・ 余の顔を見忘れたか・・」
悪代官 「げげっ、まっまさか、うぬぬ、こやつは上様の名をかたる不届きもの、切れぃ、切り捨てぃ!」

なんでこんなに覚えているのか・・・。
我ながらあきれます・・・。




桜川です。
両側の土手に続く桜並木。
ちょっとした憧憬ですよね。

良いところは土手以外、護岸工事がされていなくて、
緩やかな斜面に育つ草花が、川辺まで自然に続いています。

JR水戸駅から3分ほどの場所です。
人のいないこんな場所があるだなんて、羨ましいですね。
ブランケットを敷いて、文庫本片手に寝転んでみたいものです。

何の本がいいですか。
僕だったら・・モダンなものよりも、オーセンティックなものの方が
しっくり来る気がします、思い出トランプとか、夕暮れにいいかもしれません。
谷川俊太郎なんてのもアリですよね。

ひょっとして「水戸黄門」とか・・・。

素敵な街でした。
ではまた・・・。






561 「春夏秋冬」 5月2日

司馬遼太郎の「竜馬がゆく」「燃えよ剣」「世に棲む日々」は、
幕末を扱った作品の中では傑作だと思いますし、何度も読み返しています。
「世に棲む日々」は全4巻で前半が長州の吉田松陰、後半は同じく高杉晋作について語られています。

その中で高杉晋作が松蔭の言葉を回想するシーンがあります。
「少年の身で死んでもその短さのなかにちゃんと春夏秋冬がある。人生は時間の長短ではない」
僕はその言葉を何度も読み返し、そうかもしれないと思いました。

もちろんそれは狂気のように日々、考えて生きたからこそ言える言葉なのかもしれません。
猛烈に密度の高い時間なのでしょう。


とりあえず今のところ、僕は元気ですが、自分が歳を取る分だけ、
両親や年上の知人は老いていきます。
普通の順番でいえば、最後を看取るのは僕の側なのでしょう。

気づかない振りをして、それを先延ばしにすることも出来ますが、
でもその時は確実にやってきます。
それをどのようにして受け止めるのか。
考えるだけで、ずいぶんとつらいことです。

何かしてあげれることはないか、と考えたところで、
結局、その何かなんて思い浮かばないんですよね。

ただ自分自身が不器用でも強く、まっすぐ前を向いて生きること。
迷い、悩みながらも逞しくあろうとする姿勢を見てもらうしかないような気がしています。


間違いなく僕もいつかは死んでしまうわけですが、
たぶん自分なりに大切に思っていることは、何かを達成できたか、ということではなく、
納得できる人生を歩んできたか、ということなのだろうと考えています。

そう思って濃密な時間を過ごすことができたなら、
その人生がいつ完結しても、そこに春夏秋冬はあるだろうし、
人生は時間の長短ではない、と胸を張って言えるのだろう、という気がしています。

もちろん僕はまだまだ元気です(笑

ではまた。

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