595 「南国ロケ」 9月30日

何だか急に寒くなりましたね・・・というか、寒すぎです。
服のセレクトを間違えると夜、ひどい目にあいますね。

コートの襟を立てて、ストールを巻いている人もいれば、
半袖Tシャツのニーチャンもいます。
まあ、まだ9月ですからね。

しかしながら男カワダマサヒロ。
この寒い東京の街を離れ、南の国に旅立ちます。

でも世界中、どこにいても電話もメールもできるんですよね。
便利というか、まあ僕のような自営業ものには、とても便利なのですが。


以前、北海道のスキー場で、ゴンドラに乗って山頂へ。
座ってボードを固定していると、胸の電話が振動しました。
手袋を外して、取り出すとクライアントから電話・・・。
「もしもし、お世話になっております」
「ああ、かわだくん、明日、打ち合わせに来てくれない」
「・・・」

まさか2000キロ離れています、とも言えず、
友人に向かって奇声なんて上げんなよ、とにらみを利かし、
「地方ロケですぐに帰れないんですよ、すいません・・」
と、雪山を眺めながら携帯を切る。

沖縄や外国で電話を受けたときって、
普段と感覚が違うので、何だか不思議な気持ちになるのですよね。
社会に属していることを軽く忘れてしまうようです。

帰ったら写真付きで日記をアップしますね。
では行ってきます。









594 「北関東」 9月28日

先日、ネットのニュースを見ていたら、森高千里さんの渡良瀬橋の話題が。
とても良い歌ですよね。

学生の頃、彼女にクレイジーな友人がいましたが、
正直、僕にはその良さが理解できませんでした。

でもユーチューブで検索し、久しぶりに渡良瀬橋を聴きました。
これは心に届きました。
ものすごい時間がかかってしまいましたが、
今になって、やっとこの方の魅力が分かった気がします。

なぜ当時、共感できなかったものが、今できるのか。
それらしい答えはいくつも書けそうな気がしますが、分からないですね。
僕のいろんな経験の中で感じた気持ちと、シンクロするものがあるのかもしれません。
人は似たような経験がないと、共感なんてできないですものね。

何度も聴き返しながら、地図で渡良瀬橋を検索します。
足利市にありました。
近くには今、読んでいる小説の舞台である、日光、中禅寺湖。
渡良瀬川の上流には「人のセックスを笑うな」の舞台である、西桐生駅。
群馬、栃木などの北関東は僕にとって、もっともホットな場所であります。

一度行ってみたいと思いながらも、その広いエリアのどこに行けばいいのか、
ということもまた不明なのです・・・。
ここのところ、僕が何に惹かれているのか、ということをずっと考えています。

いろんな物語の舞台になっている、というところは確かに魅力ではあります。
それに歴史ある土地も多く、文化度もかなり高かったのではないでしょうか。
でもおそらく、そこに海がなかった、ということが魅力なのではないか、と密かに考えています。

人はトランキライザー的役割である、水辺から離れることができませんから、
どうしようもない時に、その気持ちを川に向けたのではないでしょうか。
その感覚が幼少の頃から川のそばで暮らしてきた僕に、安堵感を与えるのかもしれません。

そしてもうひとつは東京に近いということでしょうか。
にもかかわらず、穏やかそうなところが魅力ですね。

渡良瀬橋の夕景の写真を見ましたが、グッときます。
初めてみる風景なのに、懐かしさを覚えます。

人がホントに共感できる風景写真は、案外、とても在り来たりなものなのかもしれません。
見る人の個人的な記憶を呼び覚ますこと。

たぶん僕にとっての北関東の魅力は、そういうものなのでしょうね。
いつか行ってみたいです。

チャオ。


















593 「禁煙」 9月23日

20年以上吸い続けたタバコをやめました。
もちろんまた吸い始める可能性もあるわけですが、
とりあえず禁煙してからひと月以上が経つので、やめたと言ってもいいですよね。

なんでやめたの、と人は聞きます。
医者に止められたわけでもなく、
肌荒れが気になりだしたわけでもありません・・・。

これだ、という決定的な理由はなくて、
いろんなことの積み重ねだと思います。

タバコを吸うことの快感があり、
でも今の時代は、タバコを吸えないことのストレスがあります。
もちろん昔から吸えないタイミングはあったわけですが、
今ほど厳しくはなかったです。

その人の職業や環境によってさまざまですが、
僕の中では「吸えないストレス」が「喫煙の欲求」を上回ってしまった、
ということなのだろうと思います。


もちろんやめるのは、ずいぶんとつらいことでした・・・。
僕の友人たちは、禁煙の失敗を望んでいるようですが、
しばらくは続けられそうです。

僕の場合、禁煙してもタバコの煙が嫌なわけでもなくて、
むしろいい香りだなぁクンクンしてしまいます。

友人と店に入ると、早くタバコを吸ってくれと急かし、
その煙を俺様の顔に吹きかけてくれぇ!とほとんどM状態です・・・。


でも禁煙すると習慣が変わってしまうことに、戸惑いを感じます。
喫茶店で小説片手に吸い続けて来たこととか、
長い撮影を終え、エンジンをかけた車内でホッと一息つくとか、
暮らしの中の節目としてきた習慣がたくさんあります。

いつもは1時間ほど過ごしていた喫茶店でも、
15分ほどでコーヒーを飲み干してしまいます・・・。
朝もタバコを吸わないので、時間が余ってしまうのですよね。

ああ、今までタバコの時間を計算しながら暮らしていたんだなぁ、
ということに気がつきました。
そんなたくさんの戸惑いがありましたが、
ひと月経ってやっと慣れて来た気がします。

タバコを吸いたいという気持ちは、かなり薄れてきましたが、
すべてを終えて、ホッと一息つく瞬間は素敵だったんだなぁ、ということを
今さらながらあらためて思ったりしています。

とりあえず頑張ります。

ではまた。





 












592 「感触と記憶」 9月17日

先日、高松の叔父の家に行った時、
祖母に逢えた時間はわずか10分ほどでした。

それでもわざわざそのためだけに、小豆島から帰って来てくれたのですから、
大変申し訳ないということと同時に、こんなに嬉しいこともありません。

ずっと元気でいて欲しいと思いながらも、
いつまで、この人の笑顔が見れるのだろう、という気持ちも当然あります。

僕は別れ間際、祖母を強く抱きしめました。
互いが背中に手を回し、しばらく抱き合いました。
その手の感触と、胸に伝わる声の響きを忘れないようにと、心に刻みました。

かたちに残るものと、記憶にしか残らないもの。
その価値に優劣はないですが、僕たちに残るものは多くの場合、記憶だと思います。
誰にも見せることのできない自分だけの記憶です。

ちょっとした言葉や、気候、香りなんかで、眠っていた記憶が呼び出されることがあります。
その伝達の仕組みは不思議ですよね。

目を閉じ、思い出しては、微笑んでしまうような記憶が時折あって、
僕の気持ちを温かくしてくれます。


自分はこの世界で、何を見ているのだろうと思う時があります。

意地悪な目線で世の中を斜め見ることはたやすいです。
人や風景やいろんなものの中に、いくらでも嫌なものを見つけることができます。

逆に温かい眼差しで世界を見つめることもまた、出来ると思うのです。
知らない人のちょっとした行為の中に、その人となりを見つけることができたり、
これまでこだわって来た、いろんなことが許せるような気がしたりします。

ものすごい苛立つことがあったりして、街も人もすべてが敵のように思う時があります。
速く歩いたり、意味もなく高速を飛ばしたり。
端から見ても苛立っているのが分かるのでしょうね、きっと。

それに気がつくと深呼吸し、気持ちを鎮めます。
そして穏やかに街の風景を眺めます。
すると世界が違って見えるのですよね。
誰も急いでいる人はいないし、ここが僕のホームなんだ、ということをあらためて知ります。

見えている景色は自分の心の鏡なんでしょうね。
その人の気持ち次第で、いくらでもギスギスとしたものにできるだろうし、
また逆に、世の中って捨てたもんじゃないな、と思えたりします。

ではまた。














591 「鞆の浦」 9月11日

僕は占いや不思議な体験みたいなものを、あまり信じておりません。
個人的に楽しむ分にはいいですが、それによって行動を左右されることはない、
かなり現実的な性格をしています。

そんなわけで不思議体験の否定派の僕ですから、身の回りで起こったそんな事象は、
原因が分かるまで徹底的に調べることにしています。

ただそうは言いながらも、解き明かせない現象は少ないながらも、やはりあります。
つじつまが合わなかったり、物理的にあり得なかったり。
自分の中のXファイルですよね。



さて福山の話です。

東京を発つ前日の夜、行き当たりばったりでは何なので、歴史を調べていたところ、
「鞆の浦」が福山にあったことを知りました。

時代小説にはしばしば登場しますので、地名だけは知っておりました。
長州がかくまっていた七卿が滞在し、紀州藩に船を沈没させられた坂本龍馬が
数日間ここで交渉したことは「竜馬がゆく」でも書かれてあります。
あー福山だったんだ、とささやかな感動。

祖先はここを通る外国船の通訳をしていたと親に聞きました。
幕末は多くの外国船が関門海峡を出入りしていたので、
たしかに必要な職業だったのかもしれません。

そんな激動の時代をライブで体験できたのは羨ましいかぎりです。
廃藩で失職後、小豆島に渡ったようです。
情報がない時代、殿様もいなくなるし、なんで失職したかさっぱりわからなかったのでしょうね。



福山市のHPを見ていると360°パノラマビューというものがあり、
それで鞆の浦の風景も見ることができます。
何度も何度も見直して、とても似ていると思いました。
子供の頃から、断片的に脳裏によぎる、あの光景です。

ただ見ているポイントは違います。
僕は鞆の浦の地図を見ながら、そこに山を探します。
岬の形からすると僕のイメージ通り、北側の山から南の海を見下ろしています。
ですがその場所に山はありません。

高台になっている山の裾野は、港の西にあり、おまけにかなり離れています。
僕の記憶とは見える風景が違います。
あー似てるけどなぁ、やっぱり違うのか・・・と諦めかけました。

でも僕は見つけました。
記憶でいうとこの辺り、という場所に、
「鞆城跡」という高台をです。
この時はさすがに鳥肌が立ちました。



鞆の浦までは福山からバスで30分ほど。
出発の朝、ホテルでテレビを見ているとずっと映画祭の話題ばかり。
今夜、受賞者が発表されるとのことです。
そんなこととは無関係に、ポニョの歌が頭をグルグル回ります・・・。

鞆の浦の港でバスを降り、町の中心地に向かいます。
寂れた漁港をイメージしていましたが、思った以上に立派でした。
現在、大きな産業があるわけではないですが、そこにある数々の立派な屋敷は、
かつてこの港が栄えていたことを物語っています。

城の場所が分からず、町家で雑貨屋をやっている女性に尋ねました。
かなり階段の勾配がキツいので、注意して下さいね、とのこと。
お礼を言って、その坂を登っていきます。

しかし猛烈に暑い日でした。
アゴから汗が滴り落ちます。
誰もいない坂を登りきり、かつて城があった広場に足を踏み入れます。
ゆっくりと歩き、高台の柵に両手をかけて、港を見下ろしました。

南側に広がる瀬戸内の穏やかな海。
そして左側から延びる岬。
僕の記憶にある風景は、ここに間違いないのだろうと思いました。

もちろん今あるのは現代の風景で、僕の中にあるのは開国前の光景です。
今は城跡ギリギリまで民家が建っていますが、当時はなく、
僕はそこの草むらに座って、港の風景を眺めていました。

眼下の建物はもう少し整然としたイメージで、細い通りが港に向かって延びていたと思います。
後で古地図を見たところ、やはり町家やお茶屋が整然と並び、
何本もの通りが砂浜に向かって続いていました。
僕の記憶の情報とほぼ一致します。

あまりにも長く読みづらくなってしまうので、細かなことは書いていませんが、
鞆の浦に来たことによって、自分とこの地がいかに関わり深かったのか、ということを実感しました。
僕は鈍感すぎて、そんなことにまったく気がつかなかったようでした。

もちろん意地悪な見方をすれば、すべてが偶然とも考えられます。
福山に美しい岬を持つ港があったことも、そこを見下ろす城跡があったことも、
そのすべてが偶然だったという考え方も出来ます。
そもそも岬を持つ港なんて、たいして珍しいものではありません。

ただ古地図そのまんまの風景をどうして自分は知っているのか、という事実。
目を閉じれば、夜風が運んでくる青臭い緑の匂いが香るようです。

そしてそこにいる少年。
白か、銀色っぽい着物を着て立っているのが、視界の端に見えます。
年齢はそれほど離れていなくて、たぶん10代の半ばでしょうか。
表情はよくわかりません。
ただお互いはとても穏やかな気持ちでいます。



僕はしばらくのあいだ、その城跡から風景を眺めていました。
ほぼ同じ景色が本当にあったという驚きと
「だからどうだっていうんだ」という行き場のない閉塞感。
導くものは何もなくなり、でも何の解決もしていないという事実。

城跡の存在を知ったとき、ここにものすごいヒントを期待しましたが、
物語ではないので、まあ現実はこんなものなのかもしれません。


坂を降り、さてどこに向かおうかと通りを眺めていたら、
若い観光客の集団にまぎれて、先ほどの雑貨屋の女性を身つけました。
「先ほどはありがとうございました」と僕。
「いえいえ、ご観光ですか」
「ええ、まあ。でも結構、観光客の方が多いですね」
「特に増えました。ポニョのおかげで」
「はい・・?」
「崖の上に古い一軒家がありまして、そこで数ヶ月間、宮崎駿さんが構想を練られたそうですよ」
「ポニョの・・」
「はい」
「ここで・・・」
「よくいらっしゃってます」
「・・ホントに・・・」
「まったく」

何かが繋がってる・・・。
まるで羊をめぐる冒険みたいだ・・・。

そんなわけで次なるステップは「崖の上のポニョ」を見る、ということになりました。
「記憶の光景」の秘密を解く鍵は「崖の上のポニョ」にある・・という、
何とも緊張感のないこの展開はいったい何なのでしょう・・・。

とは言いつつも、さすがに映画館に行くのは・・ということで、
レンタル開始になったら借りることにしましょう。
次なる展開は始まるのでしょうか・・・。

ではまた。













590 「夏休みオワリ」 9月9日

旅から帰ってまいりました。
夕方の雷雨で羽田が離着陸できず、
かなり遅れての到着でした・・・(疲



広島、福山城です。
城の雰囲気からすると秀吉の時代っぽいですが、
この形になったのは、江戸に入ってからのようです。

砂利のアプローチが、なぜだか水戸黄門を連想させます・・・。
福山での大捕り物を終え、城を背に次なる目的地へと向かう御一行。

「ご隠居、出発する前に、あそこの茶屋でお団子でも食べませんかっ」
「ハチベェ、お前は口を開けば食べることばかり。ここに置いて行きますよ」
「そいつは勘弁して下さいよ、ご隠居ぉ」
「わははっ」と皆が笑う。
もちろん由美かおるも笑います。

まあ、今日はこんなところでいいですか・・・。



鞆の浦です。
日本の歴史において、要所でした。
ここの話は次回詳しく書きます。

この日は暑く、蝉が鳴き、積乱雲が空高く伸び上がって行きます。
久しぶりに見た、正統派の夏の風景でした。
瀬戸内の夏景は美しいですからね。

鞆の町並みです。
もっと廃れた感じを予想していましたが、
いやはやちょっとした小京都のようです。
すいません・・・。

町家を改造したカフェや雑貨屋。
でも島津家の屋敷なんかも残っていて、
かつての繁栄ぶりが伺えました、というか、今も元気な町です。



福山から東の岡山へ、そしてマリンライナーで瀬戸大橋を渡り、坂出に向かいます。
運良く坂出にいる海上保安庁の叔父と合流。
家に連れて行ってもらい、久しぶりにおばあちゃんとも会えました。

楽しく食事を頂いた後、あわただしく高松に舞い戻り、また西へ。
ホテルにチェックインし、カッシー(友人)と落ち合い、
中国でもお世話になったカメラマンのN林さん、セイジ、タカちゃんと合流。
飯を食べて、楽しく話し続けました。

長い一日でした・・・。



結婚式といえば白のロールスロイスのオープンです。
Mさん(上海の)、そこのところは確実におさえてくれています。
さすがとしか言いようがありません・・・。
もちろん白いハトも飛ばしてくれました。
ザ、結婚式!
さすがです・・・。

しかしすごいですね。
他にこんなことが出来るのは、優勝力士ぐらいですからね・・・。

香川のカメラマンの方が、上海に連れて来ていたアシスタントが
Mさんの花嫁になりました・・・。
師匠に黙って、上海、香川間で超遠距離恋愛を実らせたのでした。
会えた時間は僅かだったでしょうね。

一年ばかりの上海赴任。
どこでどう繋がるかは分かりません。
縁というものは不思議です・・・。

おめでとうございます。
ご多幸を祈っています!

 

 





589 「グローバルサイト」 9月4日

一年かけて撮影して来た山崎蒸留所のサイトが発信されました。
本当はブランドブック用に撮影したものでしたが、それを流用・・・、
というか、流用分が先に世に出るというのも不思議ですが、かっこいいので良しとしましょう。

グローバルサイトですので、最終的にはいろんな言語を用いることになりますが、
まずは英語、中国語、台湾語、そして英語の4カ国語です。

トップページの写真がフラッシュでゆっくりと変わっていきます。
たぶん10種類以上はあるように思われます。
蒸留所全景、木樽、桜、紅葉、湧水、滝、水無瀬神宮、竹林、等々。

興味のある方はぜひご覧ください。

ではまた!






サントリー 山崎蒸留所 グローバルサイト


http://www.theyamazaki.jp/index.html









588 「休暇と旅」 9月3日

撮影も一段落し、ささやかな夏の休暇がとれた気分です。
ずっとテンションがかかっていましたが、やっとこさ落ちつきました。

さっきまでジムに行ってました。
シャワー後、パウダールームで髪を乾かしたりするのですが、
背中合わせに座っているオジサンがモーレツに人工的なオジサン臭を漂わせています。

理容室から出て来たあのオジサンの香りですね。
あれは何でしょう、トニック?
とにかく頭に塗るあの液体ですね。
スーパーで使うようなカゴの小さめのものに、いろんな種類が10本ほど入っています。
家から持って来てるのでしょうか・・・。

そのオジサンはいつもその液体を浴びるが如く振りかけます。
そしてパウダールームは呼吸ができないほどの臭いに・・・がオジサン、一向に気にせず・・。

短髪に振りかけて、くしでカシガシとくもんだから、
その液体が僕の髪や背中に遠慮なく振って来ます・・・。
もう最悪です・・・。

オッサンの香りを効かせた、男カワダマサヒロ、三茶の街を歩きます。
信号で立ち止まるたび、ふわりとしたオジサン臭がみんなの視線を誘います。
あーあ。


この週末、友人の結婚式で四国に行きます。
その前日に広島の福山を一日、探索する予定でホテルをとりました。
自分のルーツを辿るというと大げさですが、
祖先が過ごしたその場所をしっかりと見てみたい、と考えてのことです。

城内にあった墓もどこかになくなり、
僕の祖先へと続く欠片すら、おそらくは見つからないでしょう。
でもそこにある空気のようなものに、触れておきたいという気持ちがずっとありました。
ずいぶんと時間がかかってしまいましたね。

子供の頃にずっと見続けた開国前の日本の風景の夢。
サブリミナル効果のように、脳裏を通り過ぎる、辻を見下ろす光景。
黒々と光る厚い屋根瓦。

見たこともない、そんな断片的な風景が記憶の端っこの方にあって、
これってどういうことだろう、と子供の頃、親に相談したこともありました。
ずいぶんと困った顔をしていました・・・。
まあ、そりゃそうですよね・・・。

その不思議な体験というか、感覚というか、そういったものを解き明かすヒントのようなものが
この場所にはあるのではないか、と僕はずっと考えていました。
ここで分からなければ、それを辿る方法は他にないのでしょう。

基本的に、分からないことがあったって素敵じゃないか、
と考える性格ですが、これだけは別です。
できることなら知りたい。

なぜならそれはおそらく自分自身の記憶だからだと思うのです。
そんなことを日記で公にするのが正しいことなのか、わかりませんが、
たぶん残された記憶なのだろう、と10代の終わりに僕はそう解釈しました。

まあ、そんなわけですが、とりあえず期待せずに行ってまいります。
その後は瀬戸大橋を渡り、四国に入ります。
いろいろ報告します。

ではまた。

 

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