661 「皇居」 9月26日

皇居にロケハンに行ってきました。
楠木正成公です。

今日は暑くて2時間ほど撮影背景を求めて歩きました。
でかなりの日焼けです。

皇居の北側は何度か行っているので感じはわかるのですが、
南側は初めて訪れました。

人が多いせいか、牧歌的な感じはありません。
敷地内に車もバンバン走ってますしね。

しかしながら今となって「城」という存在が不思議です。
本当にそんな文化があったという記憶ですよね。

たくさんお城も行きましたが、
記憶に残っているのは大分の岡城。

滝廉太郎の「荒城の月」のモデルになったと言われています。
難攻不落を代表する城で、石垣の高さに飽きれました。

あまりにそびえ立っているので、城というよりも
西洋の砦のような雰囲気でした。

まあ城が好きかどうかはさておき、
どこの街でもいちばん見晴らしが良かったりしますからね。


話が逸れてしまいました。
コンパクトデジカメで撮った写真をみんなに送信し、
どこで撮影をするかを決める、という手筈です。

で、最後はひとり、売店でソフトクリームを買い、
木陰のベンチでひと休みです。

やっぱ夏はアイスですね。
ではまた。

 



 

 

660 「詩人のセンシティブ」 9月21日

どれほどか前、映像に興味を持っていた頃、
機材やそのアプローチを考えていた時がありました。

一枚の写真よりも時間の経過が語れる映像の方が
自分に合っているんじゃないか。

もしくは自分が気がつかなかった新しい扉が
そこにはあるんじゃなかろうか。
そう思ったからです。

ですが岩井俊二監督の「リリィ・シュシュのすべて」という映画をみたとき、
もっと正直に言うと、まだ半分もみないうちに、
映像に手をつけるのはよそう、と思いました。

それほどその映画は残酷で、呼吸がつらくなるほど僕の胸を締めつけ、
そして薄氷を照らす夕陽の如く、繊細で美しかったのです。

人がどれほどの情熱や時間やお金を注ぎ、
自分の何かを切り刻んで映画を作っているのか。

底なしの淵のようなものを
この映画の向こう側に見た気がしました。



昔、懸賞小説の選考を職業にしている方と話をしたことがありました。
1000の小説が送られてきたとして、それをざっくり読み、
10個くらいに絞る職業ですね(まあバイトのようなものかもしれませんが)。

その方いわく、小説家に必要なことは「これで生きていこう」という覚悟だそうです。
「自分にはこれしかないんだ」という凄みが言葉から感じられること。

余裕を持って作れるようなものなど、何もないのだ、
ということをあらためて知った気がしました。



東京にいるといろんな人に会います。
たいていの場合、何かで活躍している人たちですから、
知識なり、特技なりを持ち合わせています。

その能力を見せてもらった時はため息が出るほど感心するし、
同時にトップレベルはここまですごいんだ、と愕然としたり。


自分が納得できるものを作り上げるのは、とても難しいと思っています。
もちろん僕はプロフェッショナルであるし、日々、目も肥えていきますから
どこまで追求していいのか、という落としどころもまた日々、高くなっていきます。
でも実は結構、楽しいことなんですよね。

「老いは感受性を失わせていく」と当たり前のように言われてきましたが
それはきっと途中で想像することをやめた大人の意見です。

人はその気になれば、いつまでもセンシティブでいられます。
その感受性の窓を開いているかぎり、死ぬ頃には誰もが「詩人のようなセンシティブ」を
持ち合わせているのではないか、そんな風に考えたりもします。

とても楽しみですね。
80歳くらいに「カメラマン」→「詩人」になる予定です。

チャオ!






 

 

 

659 「吉祥寺→高円寺」 9月18日

先日、O島さんとH川と高円寺で出逢うことに。
僕は吉祥寺のヨドバシに用事があったので、
朝イチそこに寄って、余った時間で井の頭公園を散歩。

久しぶりですね、ここも。
お気に入りの森に行く時間はなかったですが、
平日の朝らしく、とてものんびりしていました。

知っている方も多いと思いますが、
昔「愛してるといってくれ」というドラマがあり、
そのトヨエツがよく歩いていた公園がここなのでぇす。

わーい、っいう感じですね。
まあ全然速くないんですけど・・・。

ここは人がいなければ最高です。
日曜日は祭りみたいな賑わいですからね。
平日の朝がやはりオススメです。

住みたい街ランキングの常に上位に出て来る吉祥寺。
どこかに行かなくても、ここですべてが揃うし、
ちょっとした県庁所在地よりも遥かにデカイ。

ただ街に毒っ気がないので、
ものすごく健全なんですよね。

東京から歌舞伎町みたいな雑な街が無くなると、つまらないんだろうな、と思います。
ガザガサした下品な街は嫌いですが、健全だけなのは、もっとツマラナイ。

そんな「負」の魅力は確かにあるような気がします。
好き嫌いという感覚ではなくて、緊張することの高揚感のようなものでしょうか。
まあ、簡単にいえばワクワクドキドキできるか、どうかということなのでしょうね。

そして高円寺でみんなに合流。
ああ、ヘタヘタな写真になってしまった・・・。

この後、喫茶店で三時間話し続ける。
相変わらず、とても楽しい時間でした。

ほなまた。

 

 

 

658 「清掃おじさん」 9月12日

今日、打ち合わせの帰りに西新宿を歩いていたのですが、
お分かりのようにものすごい人です・・・。
真っすぐ歩くのは不可能ですよね。

あまり押しの強くない僕は、前から来る人すべてに道を譲ってしまうのですが、
急に立ち止まる僕に後ろから激突する人がいたり・・・。

まず僕に道を譲る人はいませんが、
それでも時おり、チョー奇特な方がいて、
50人にひとりくらいは僕のために立ち止まってくれます。

そういう人の手を取り、力強く握手して、
トモダチになりませんか、と言いたい気持ちに駆られるほど、
節操がないのです、ここは。


まだ僕なんかは、早く歩こうと思えば歩けるわけだし、
普通の人よりも大きいから、相手をぶっ飛ばせるくらいの有利な立場にあるわけです。

でも時折、階段を上れないくらいの老人がいたりして、
歩いていても動く障害物のように、ものすごい早さで人々は側を通り過ぎて行きます。

そんな人からしたら、街を歩くことは一種の恐怖なんだろうな、
と思ったりします。



スーツケースを抱え、長い階段にため息の女の子や、
電車の乗り降りに緊張するベビーカーの母親、
途方に暮れる、街の老人。
見渡せば、そんな人たちがたくさんいます。

手伝いましょうか、と声を掛けます。
何も言わずにスーツケースを抱えて、階段を上がったりすると
「ドロボー!」なんて言われかねませんから、まあ一声かければいいですよね。

まったく特別なことでもなんでもなく、
簡単なことであれば、出来る人がする。
ただそれだけのことです。

そこに深い理由なんてありません。
困っている人がいて、それを自分が助けてあげられるのなら、する。
極めてシンプルです。



まわりにいる全ての人に当然のことながら名前があり、
家族がいて、たぶん好きな人もいるのでしょう。
楽しいこともあるが、悩みもあったりして、
知らない人のそんな個人的事情を考えると不思議な気持ちになります。

どんなかたちであれ、少しでも相手のことを考えられたら
この殺伐とした空気も和らぐのでは、と思ったりします。



僕の所属するジムにも、やはりガサツな人がたくさんいて、
そんな人がやってくると不思議と空気に緊張感が生まれます。
のんびりしてたのに、急にピリピリとした感じになるのですよね。

髪を乾かしたりする、10名ほどのパウダールームというものがあるのですが、
そこにいるとワン オブ ミスターガサツがやってきました。

ドライヤーをテーブルに叩きつけたり、
意味も無く舌打ちしたり(まあ本人には意味があるのかもしれませんが)
狭い空間の雰囲気が一気に悪くなっていきます。

僕も決して気が長い方ではないので、
しかしながらジムに立ち入り禁止になっても困りますから、
せいぜいミスターガサツよりも派手にドライヤーを叩き付けるぐらいでしょうか。

そこに現れた人が良さそうな60過ぎの清掃おじさん。
回る大型扇風機に手をかけ「みなさ〜ん、寒くないですか〜」とトボケた掛け声。
緊張感のないその声にパウダールームの空気が一気に和らぎます。

おじさん、すげーなーとか思いながら、服を着替え、
トイレに立ち寄ると先ほどのオジサン。

見ていて気持ちがいいほど、キビキビと床をモップがけ。
足下をよく見るとおじさん、裸足・・・。

トイレを裸足でも歩けるほど、床を磨いてくれたんだ。
ちょっとおじさん、すご過ぎると感動した光景でした。

ではまた。





 

 

 

 

657 「日曜日の天王洲」 9月6日

このところ少しバタバタしていて、
ずっと日曜日も働いています。

今日は天王洲の湾岸エリアです。

ここに限ったわけではありませんが、
東京で舗装されていない場所を見つけるのは難しいです。

公園やグランドはありますが、
初めから土がむき出しになった場所はそうありません。

そういえばいつ土を踏みしめただろう、と思い返します。
靴が汚れるようなところを僕はいつ、歩いたのだろう、と考えます。

外国だったら7月のイタリア。
日本は思い出せないですね。
いつだろう・・・。


「人間は土の上で暮らさなきゃダメだ」なんてエコロジストみたいな考えは
まったくありませんが、自然ですよね。

以前、僕の姉はカラダの不調を訴え、病院に行くと
それは高層マンションに住んでいるのが原因といわれました。

今は一戸建てに住んで問題ないようですが、
人間って些細なことに適応できなかったりして、意外と不器用なんだな、と思った記憶があります。

今日は目の奥が痛くなるような快晴でした。
仕事が終わり、空を見上げます。

日が暮れる直前。
マゼンタ色の空です。

ゴーッと音を立てて、頭上をモノレールが通り過ぎて行きます。
これって結構、こわいんですよね・・・。

ふー、終わった終わった。

ではまた。

 

 

 

 

 

656 「ムシの鳴き声」 9月1日

我が家は公園と緑道に面していますので、
虫の鳴き声というのはかなりのものです。

ミンミンゼミとアブラゼミがずっと鳴いていましたが、
一週間ほど前からツクツクボーシが鳴き始めています。
もう夏も終わりということですね。

でも同じカタチなのになぜみんな鳴き声が違うのか不思議です。
ヒグラシのように情緒的なものもあれば、
ミンミンゼミのように、なんでそんなにヒステリックなの・・・と
閉口してしまうものもまたあります。

夏の間だけだからいいですが、これがもし一年中なら駆除ですね。
ですが一週間しか生きられないのなら、まあしょうがないか、と
諦めるしかないようです・・・。

夜はまた違う虫が鳴いています。
リンリン、ピーピーとか、かなり涼し気な音です。

耳を澄ませば、4、5種類の音が聞き分けられます。
ネットで調べたら(便利ですね、音も再生できるのです)
おそらくコオロギ、バッタなどのようです。

後は分からなかった、というか虫の写真ばかり見ていたら、
気持ち悪くなってきた・・・。

爽やかな音の鳴き声、としては悪くないのですが、
いかんせん数が多すぎるようで、窓を開けて眠ることもできません・・・。



で、今夜のように雨の日はカエルも鳴き始めます、ので激写!
油断していたようです・・・。



なんだ今の光は・・・。
カミナリさまか・・・とレディーポジションで動揺です。

でも10秒後には何に動揺していたのか、わからなくなりました。

明日も雨だったらいいのにな、と想像したら、
少しウキウキしたカエルくんなのでした・・・。




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