711 「公園歩く」 4月27日


先日の休み、靴慣らしのために駒沢公園を散歩。

最近のトレッキングシューズはほんとに良く出来ていて、
足のカタチに合わせて、靴が作られてあります。

柔らかいんだけど、ホールド感は抜群で
こんなに楽に歩けて良いのか、と愕然とするばかりです・・。



みんなアスファルトの道路をランニングしていますが、
僕だけ一人、プチ森の中を縫うように歩きます。

不可抗力とはいえ、かなりの数の蟻スアナを踏みつぶしてしまったと思われます。
公園を4周しましたからね。
アリからすれば「うわぁ、また巨人がやって来たぞー!」という感じでしょうか・・。

でも土の上はクッションが効いていて、
歩くのも楽しいです。



旅の詳細が決まって来て、かなり本格的なんだな、という感想です。

細かなことは書けませんが、スーツケースはカトマンズでお別れ。
僕は機材を抱え、着替えなどの荷物は別バッグに詰め替えて、専属のポーターが運びます。

ロバか何かに僕の着替えが括りつけられていたら、ずいぶんと楽しそうですが、
そうは書かれていないので、たぶん普通の人なんだろうと思います。
残念・・・。

ではまた。

 

 

 

 

710 「ロケと広告賞」 4月23日


登山靴にトレッキングパンツで三茶を歩けば、
みんなが振り返ります・・・。

服装に関心があるんだか、
デカイから(ソールが高いのだ)驚いているんだか、
理由は定かではありません・・・。

でも行く前に足を慣らさなきゃいけませんし
仕方がありませんね。

このあいだまではスイスのマッターホルン周辺の予定でしたが、
事情で旅先が変わり、ヒマラヤ周辺になる予定です。

温度差40度、酸素が薄いので高山病に注意と言われ
お笑いなしのホンマモンの山登りです。

服も靴も手を抜くわけにもいかないのですが、
朝晩マイナス10度、昼30度のコンディションで
どのような服のセレクトがベストなのか、分かんないですよね。

たぶんTシャツからダウンジャケットまで
用意することになるんだと思います。



話は変わりますが、広告賞というものをいただきました。

ある企業の広告を一年に渡り、撮影しておりましたが、
今回のものは新聞社の広告賞で最優秀というものでした。

賞を取ったことで僕のギャランティが上がるわけでもないですし、
カメラマンとしての未来が保証されるわけでもないのですが、
それでもこの膨大な広告の中から、自分たちがやってきたことに光を当て
評価してくれる人がいることに驚きと喜びを感じております。

どちらかと言えば派手な仕事ではないし、スタッフ5、6人でコツコツと作っていたものですが、
地道にきちんとしたものを作っていれば、どこかで人は見ているんだと思った次第です。
僕の役割はただ写真を撮ったに過ぎないですが・・・。


もちろん賞を取っても取らなくても、僕のやるべきことは変わりません。
与えられた環境で、ベストなものを撮る。

どんなものにも必ず制約はあって、でもそれを感じさせないパフォーマンスと
絶対に自分の中のイメージを超える、ということは大事だと思います。

良い写真が撮れていろんな人に喜んでもらいたい、という想いもありますが、
僕の場合、手を抜いて後悔したくない、という気持ちの方が強いかもしれません。

ではでは。





 

 

 

709 「トレッキングウェア」 4月18日


トレッキングのロケを控えていて、
その準備などでいろいろ悩んでいます。

今回は何も買わない、と決めていましたが、
でもやはり雨ガッパぐらいは買わないといけません。

服は普段のものを重ね着すれば何とかなるだろう、とタカを括っていましたが
専門店で話を聞くと自分の考えが、いかに浅はかなものであったかを思い知らされました。

汗を素早く吸収、発散が服選びのポイントのようで、
コットンだと発散の時に体温を奪い、疲れさせるようです。

根性で乗り切ろうと考えておりましたが、毎日、何時間も歩くわけだし、
この吸収、発散に関しては誰もが口にしていたので、
やはりかなり大切なことなのだろう、と思います。

靴は絶対に買わないぞ!と思っていましたが、重い機材を支え、
写真に集中してもフラつかないようなしっかりとした靴がいるのでは・・という店員。

そこまで言うのなら、まあ履くだけ履いてみるか・・と足を突っ込むと、
ナニコレ・・・とホレボレするような安心感に包まれます。

どんなに重い機材を担ごうとも絶対に倒れないぞ!
永遠にどこまでも歩けるに違いない!と
あれほど買わないと強く誓った決意は、大阪名物アワオコシのように
粉々に砕け散ったのでありました・・・。

靴はまだ手に入れていませんが、慣らさないといけないので
早々に買いにいかないといけません。
三軒茶屋をザックザックと登山靴で歩きます。

そんな感じで結局、上から下まで揃えることになりそうです。
趣味だったら、寒かったり雨だったりしても、「今日はホテルで過ごす」なんて言ってられますが、
仕事だと撮影不可という何かがないかぎり、キャンセルにはなりませんものね。

ケチったばかりに現地でツライ思いをするのだけは、避けたいところなので
この先も使えそうなものを揃えておいた方がいいかなぁと考えています。

たぶん三浦雄一郎みたいになると思います。

チャオ。



 






708 「ハレ」 4月11日


今日は門前仲町に行ってきました。

富岡八幡宮では偶然、骨董市をやっていたので、
待ち合わせの時間まで散策。

半袖でも歩けるほどの陽気と程よい人の多さ。
四天王寺ほどではないですが、やっぱり得体の知れないネコ人形?がいたり、
このガラクタ感がユルユル骨董市の楽しいところであります。


チミは誰だ・・・。

 

上海でお世話になっていたMさんが東京に来て早2年。
ですがこの度、退職され、明日東京を離れます。

退職を決められて以降、何度か食事をしましたが、
正真正銘、今日が最後です。

やはり最後は中華でと、二人が大好物のスブタを分け合い、
富岡八幡宮の前で固く握手をして、別れました。

応援しております。
また逢いましょう。







707 「音とラジオ」 4月8日


最近、歯が痛かったりして、これは虫歯か、それとも疲れなのか、判断に悩んでおります。
疲れると爪のささくれができたり、歯茎が腫れたりします。

これは絶対に虫歯だ、と思って医者に行くと「耳が悪いんじゃないの」と言われたり・・・。
実は耳と歯は神経が複雑に交差していて、互いに干渉し合うようです。

子供の頃から耳が悪かったので「ああ、また耳が痛いや」と耳鼻咽喉科にいくと
耳、どこも悪くないぞ、虫歯だろ、ちゃんと歯を磨け、と理不尽に怒られたものでした・・・。




ずっと片方の耳が難聴で、何度もオペを繰り返し、
現在はとりあえず日常生活は困らない程度になりました。

良い方の耳と比較するとそれでもまだ2、3割程度しか聞こえないと思います。
聞こえるようになったときの不安定さは何とも伝えづらいですが、
世界はステレオで満ちていたのだと、実感した次第です。

人の話も聞こえないことがあるので、聞き取れた部分を継ぎ足し、
たぶんこんな内容なんだろう、と勝手に構築するのですが、それほど間違っていないようです。

英会話のリスニングに近いですが、子供の頃からそうなので、特に不便は感じません。
でも欠けた感覚を補おうと他の知覚が発達していくのですよね。

耳からの情報量が少ないので、
何かを見る、ということにものすごく執着を持っていたようです。





両方が聞こえるようになり、ヘッドホンが使えるようになって
これはずいぶん嬉しいことでした。

いろんなものを買って、聞き込んでみて思ったのは、
大きく分けて2種類のヘッドホンがあるのでは・・・ということです。
ただ耳の辺りで鳴っているだけのものと、気持ち良く、心に絡みついてくるものと。

確かに高価なものの方が良い音がする場合が多いですが(好みはあるにせよ、そりゃ良いですよね)
安いからダメか、ということではまったくなくて、じっくりと探せば
リーズナブルで良いものも結構あると思います。


素人の意見ですが、音がクリアーであること。
声や楽器の音が濁らないことですね。
それでありながら、音にエッジが立っていなくて、
いつまでも疲れず聴けること。

ただ買って失敗したな、と思ったヘッドホンでも
不思議なことに聴き続けると音がまろやかになることがあります。

絶望的に失敗したものが、感動するほどいい音に変わる・・・
ことはたぶんないと思いますけれど・・・。





などど書きながらも実はラジオが好きで、当然、車の移動中はずっとラジオです。
ですので毎日、数時間は聞いているかもしれません。

CDみたいにいつ聴いても変わらないものと違って、
「リアルな今を反映している」感が気に入っているのかもしれません。
時代の鏡のひとつですよね。


先日「パイレーツロック」というイギリス映画を見ました。
音楽放送が厳しく制限されていた時代、法の網をかいくぐって、
海の上の船を放送局にしていた海賊ラジオステーションの話。

「オレたちフィギュアスケーター」と同じ香りがするコメディーです。
ホントにバカな話ですが、でも最高にクール。
スピード感に溢れていて、とてもかっこ良い。

もし僕がイギリスの女子高生だったなら、
素敵すぎて卒倒してると思います。

ではまた。




 

706 「美術館と高野山」 4月3日


日本人は世界の中で最も美術館に足を運ぶ民族らしい。
ヤフーニュースに出てました。



今週、六本木にある国立新美術館に撮影に行きましたが、ものすごい人でした。
大型バスがバンバンやってきて、ちょっと異常な雰囲気でしたが、
たまたまルノアールの企画展をやっていたようです。

でも美術館の企画展は音楽アルバムでいうと、
ベストセレクションという感じがしないでもありません。

それでも見応えはあるでしょうが、
スポイルされてしまっている部分がやはり気になります。



祭りみたいな人波とざわめきの中で、
あるものに対して深く感じ入る、ということはとても難しいことだと思います。

単純に見るだけなら、どんな状況でもいいのでしょうが、
鑑賞の本来の目的は感じることなのだろう、と僕は考えています。

そのささやかな何かが感じとれた時、
少しだけ自分の世界が広がったような気がして、嬉しくなります。

おそらくそんな感じることの蓄積で、僕たちは変わり続けるのだろうと思います。
でもある程度、集中して見れるような環境でないと難しいかも知れません。



ただ感じるだけということであれば、美術館なんて行かなくても
田舎のお寺で仏像を見ている方がよほどマシかと思います。

然るべき経過を経て、そこに置かれた仏像を眺める。
ベストセレクションからはほど遠く、不器用で泥臭いかもしれませんが、
でも確実に深さを持って、感じ入る何かがそこにはあるのではないのでしょうか。





遠く昔、まだ制作会社にいた頃、高野山に撮影に行きました。
仕事ができないアシスタントディレクターで大食いのHが運転手。

「かわっさん、お腹が減りました。パーキングで何か食べましょうよ」と話せば食うことばかり・・・。
僕が立ち食い蕎麦を食べてるあいだに、うどん大盛りを3杯食べるH。

プロレスラーを通り越して、力士に近い。
助手席に座ってると狭く、冬でも暑い。
車を揺らすように乗り込んで来ると車体が一気に低くなる・・・。

それでも感受性が豊かであれば、まあ良し、と言いたいところですが、
感受性のカケラも見当たらない・・・。
本当にこの業界で大丈夫なのか・・・と心配になります。

相撲部屋に行った方がいいんじゃないのか・・と僕。
「だって裸でしょ、オシリ丸だしなんて、あり得ないっス」と文句だけは一人前なのだ。



高野山に霊宝館というところがあって、文化遺産を集め、保存しています。
撮影禁止で、痛まないよう光もない暗闇に、運慶だか、快慶だかの仏像が並んでいます。

その時の驚きをどう書けば伝わるのか、悩むところですが、
衝撃、という言い方の方が近いかもしれません。
こんなにすごいのかと。

これまでいろんな遺産を見てきましたが、
日本の仏像の独自性と躍動感と完成度を超えるものはなかった、と個人的には思います。


霊宝館に行って何よりも驚きだったのは「かわっさん、マジ生きてますよ、この仏像」と
感受性のカケラもない、大食いHが感想を述べたことでした・・・。

それくらいすごかったということですね。
やれやれ。







 

 

 

 

705 「ウエイターと盗人」 4月1日


先日、いつもの喫茶店での出来事。

ウエイターで大学生だと思うのですが、一生懸命で丁寧なんだけれど、
あまりパッとしない男の子がいます(すいません・・・)。
ここではポコ助と名付けることにします。

4人連れのお客さんがやって来て、でも一緒に座れるようなスペースはありません。
常連であれば自ら移動して場所を提供したり、
普通、スタッフがお客さんにお願いする、なんていう光景をよく見かけます。

でも東京は他の地域と比べて、あまり移動をお願いしないことが多いような気がします。
声を掛けると露骨に嫌な顔をされたり、文句を言う人もいるのではないでしょうか。

絶対に声をかけないで!的空気を発している人もいますものね。
ちょっとコワいです。

でもポコ助は違いました。
メガネにゴールドのチェーンがついてそうなマダムに声をかけます。
ここではアンナママと名付けることにします。

「申し訳ございばせん、お客様。ぼしよろしければ
 ひとつ隣の席に移動していただいてぼよろしいでしょうか」
と淀むことなく、いつものようにバカ丁寧ではありますが、ハッキリと言い切りました。

アンナママは少々慌てながらも席を立ち、隣に移動。
その際にもポコ助は何度も、申し訳ごだいばせん、ありがとうごだいばす、とお辞儀し、
さっそうと4人連れをその席に案内したのでした。

僕はポコ助を見直しました(オマエが言うな、という感じですが・・・)。
少しだけ痺れました。

交渉術は生きて行く上でとても大事だと思います。
でないと、与えられたことだけをするしかない訳で、選択肢がないですよね。

相手を立てながら、自分の意見を言うことは
プライベートであっても、仕事であっても大切です。

人がいちばん真価を発揮するのはおおむね困った時であり、
トラブルとの向き合い方で、その人となりが分かるように思います。

平凡に過ぎていく日常では、それらを見ることはあまりないのかも知れません。
やったぞ、ポコ助!



さて話は変わりますが、先日、公開したHPのエディトリアルという項目の中に
イスタンブールの時の写真があります。

財布が盗まれた話を日記には書いていないじゃないか、というメールを頂きました。
確かにおっしゃる通りです。

帰ってすぐあの事件の話を書くには、あまりにも情景が残り過ぎている、
という気がしたからです。
まだ事件としての生々しさが薄らいでいなかったのですよね。

盗みといういやらしさに対しての怒りもあるし(一般的なトルコ人は良い人です)
現金は取られ、カードは停止したものの、使われていないかどうか、
最終的に確認できるのはずっと後のことでした。

結局、カードの不正使用もなく、両替したばかりの1万円程度の被害で済みました。
普通は現金しか持ち歩かないのですが、現地のお金がない初日だったので、カードを持っていたのでした。

自分の中で笑い話ネタにするためには、
それなりの時間が必要なのだと思います。
そういえばそんなこともあったな、と。


タイミングが悪い時はすべてが重なるもので、
でもそこから何かしら学べることもありますし、前向きに考えましょう。

良いことの後には、悪いことがあるものですし、
悪いことがあれば、次には良いことが普通あります。
どちらかだけが永遠に続くことはないと思います。

傷つきたくないからといって、家でじっとしている訳にもいかないですからね。
どんなにひどい目に遭っても自由であることは譲れない気がします。

ではまた。



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