763 「浜村淳 その1」 1月22日


昭和40年代の後半、あまり聞いたことのないデンキ会社から
営業のニイちゃんがやって来て、ラジカセを買って欲しいと。

オーディオのアンプを立てて、側面に金属のスピーカーを
埋め込んだような、オーバースペックなラジカセ。

ワイヤレスマイクも付いていました。
当時の値段で7万円。

「お子さんの教育にぜひ!」というのが殺し文句で購入。
その子どもはこんな大人になってしまいました・・・。


そのラジカセには革のようなカバーが付いていて
内張りは赤いビロード。

太いストラップを肩にかけ、
教育よりも戦争ごっこの無線係に役に立ちました。

今は誰でも知っているソニーという製品です。



僕の家は自営業だったので、
子どもの頃からずっとラジオが流れていました。

「ありがとう浜村淳です」という番組があり(今もあるはず)
そこでリスナーからの便りを読んでくれるコーナーがあります。

身の回りで起こった出来事など
それを浜村さん独特の口調で語ってくれます。

僕の母が投稿するのが好きで(写真賞も取っている・・)
何度か「ありがとう」で話が読み上げられました。

そのひとつはヒヨコの話です。



僕が小学校の1年生くらいの時
夏祭りの夜店でヒヨコを釣り上げました。

カワイイし、それが大きくなる・・ということも
分かりませんから家に持ち帰りました。

当然、親は怒ります。
返して来なさい、と。

しかし頑として譲らなかったのは僕ではなく
4つ年上の姉でした。

ぜったい大事にする、ぜったいに面倒を見る、
姉はそう言って飼うことを親に認めさせたのでした。

しかし家の中で鳥を飼うことは大変です。
あちらこちらにフンを落とし、姉はその後を追いかけて
ティッシュでそれを拭っていきます。

新聞紙を細かくちぎって、小さな段ボールに敷き詰めました。
その寝床で姉は健気にウドンを与えます(ウドンというのが関西らしい・・・)。

ピーピーと鳴く姿がとても可愛らしく、
姉はそのヒヨコを「ピヨ」と名づけました。

さすがに同じ部屋で寝ることは禁止されたので
ピヨの寝床は階段の踊り場に置かれました。



ある夜、ピヨがいつも以上に鳴いていました。
でも特に気にせず、そのまま眠りました。

早朝、母が僕たちを起こしに来ました。
姉が部屋を飛び出していきます。

ピヨは段ボールの中で
冷たく、硬くなっていました。

寒かったのかもしれない、
と父は肩を落としました。

姉はピヨを抱えたまま、声を上げて泣きました。
涙は涸れることなく、いつまでも流れ続けました。

学校に行きなさい、という母の言葉を聞かず
姉はフトンに潜り込んで泣き続けました。

結局、姉はその日、学校を休みました。



僕たちは淀川の河川敷にピヨを埋めました。

悲しさとか、つらさとか、そんな意味はまったく分かりません。
ただピヨが死んだとき、胸に突き刺さるような痛みがあった、
ということだけは、今も鮮明に覚えています。


そんな物語が優し気な浜村淳氏の声となって
ラジオから流れてきます。

僕は頬杖をついて
自分たち家族がラジオで語られている、
その不思議さに耳を澄ませました。

この話以外にも何度か読まれたようですが
僕が印象に残っているのは、このピヨの話だけです。

たしか実家にカセットテープがあったはず。
でもプレーヤーがないやん・・・。

あーあ。


 

 

 

 

 


 

762 「羽田国際線」 1月21日


久しぶりに羽田で撮影です。

ターミナル2には展望台もできていて
開放感もあり、なかなか気持ちのいい場所でした。

その後、国際線空港に移動。

国内線の外周に面している、
と思っていましたが意外と遠く、
ターミナル2からだと車で15分です。

国際線空港の標識もあっさりとしたもので
これは知らないと辿り着けません。

道ばたにパトカーが停まっていたので
覆い被さるように自分の車をとめて、
涙ながらに場所を訊きました。

でもって、ぎりぎり到着。
やれやれ・・・。



国際線は地方の新しい空港、という規模でしたが
とにかく観光客が多く、9割は乗らないだろう・・
と思うようなご老人ばかりでした。

エスカレーターではびっしり
2列の老人に囲まれる。
まさに国際線フィーバー!です。
フィーバーって・・・。

チェックインカウンターは
ガラガラでしたけれど・・・。

ではまた。





 

 

761 「松阪牛とラムネ」 1月17日

先週末、仕事で松阪と伊勢に行きました。

名古屋駅でレンタカーを借り
機材を積んで三重県へ。

今回は新幹線&レンタカーでしたが
今日だったら積雪でアウトでしたね。

まさか太平洋側でねー。
ヤバかったです。


旅の醍醐味は何といっても
食べ物に尽きる、と言っても過言ではありません。

昼間は魚介類ということで刺し身丼。

そしてやはり夜は松阪牛です!
イヤッホー!

A5、A4牛の切り落とし部分。
スキヤキで食べましたが、それがチョー格安。

もちろん成形の際に出る切り落とし部分なので
味は超高級牛とまったく変わりません。

肉が出て来たとき、飛びつきたい心境でしたが
何とか堪え、激写!

焦りのあまり写真が斜めになってしまいました・・・。



しかし唸るほど、うまかったです・・・。
調子に乗って、マジ食べ過ぎました。

呼吸をするのがもどかしいほど満腹になったのも
久しぶりのことです。
もうカラダに悪いです・・・。

が、これも旅の思い出、と食べ切りました。

フー。



昔からラムネ菓子が好きなのですが
東海地方はラムネ天国であります。

多くの製菓会社が名古屋周辺に点在しています。
何でなのでしょうね。

そんなわけで肉を食べ過ぎて
プクプクに膨れ上がったカラダを引きずり
地元のスーパーに向かいます。

そこは東京では見たこともない、ラムネ天国!
たぶん1キロ分くらい買いました・・・。

すべてカメラバッグに詰め込みます。
もちろんバッグはパンパン。

これで検問でもあったらやだなぁ、と思っていましたが
誰にも見られることなく、無事ラムネを抱えて東京まで帰って来ました。

やったぜ!








 

760 「男の作法」 1月13日


今週のブルータスはなかなか面白かった。
いろんな人の男の生き様が言葉にされている。

その中でも時代小説家である池波正太郎氏の言葉に
ガツンと心をつかまれた感じがします。

「明日、死ぬかもしれない。
 そう考えると生き方はもっと情熱的になる」(男の作法より)

細部は違うかもしれませんが、
おおむねこのような文章でした。





これまで命に関わる病気、というものを2度ほどしたことがあります。

初めは小学校に入ってすぐ。

医者と話をしていたらしい母親が、僕の病室に入って来て
ベッドに寝ている僕の手を握り、泣き続けました。

もちろんその理由なんか分からなくて
どうして泣いているんだろう、とぼんやり眺めていた記憶があります。

あれほど厳しかった父親が突然、大量にオモチャを買って来てくれて
入院ってなんて素晴らしいんだろう、とさえ、思っていました。
ま、子どもですからね・・・。



次は30歳くらいの頃、頭がい骨の中に悪性腫瘍が。

三度目の手術でやっと摘出し終えたものの、
かなり高い確率で再発するとのこと。

アタマに包帯を巻き、病室の天井を眺め、思いました。
ぼんやり生きてはいられない、と。

普通、人々は今日と同じように明日も生きられる、と思っています。
でもそうじゃないんだ、と突きつけられた気がしました。



後悔しないためには今を必死で生きるしかありません。
苦しかったり、傷ついたりすることもあります。

というか、生きるということは、
自分の何かをすり減らしていくということでもある。
そうも考えます。

でもそうあったとしても、その中から学べることや、
心動かされることと出逢うのだろうと思います。



もちろんすべての人がそう願っている、とは考えていません。
もっと気楽に生きていきたいという気持ちも分かります。

ただ、ものづくりをする人の場合、
悩みながらもその壁を越えていくという行為。

そんな日常を繰り返していかないと
良いものは生まれないと思うし
自分自身の成長というものを
感じられないのかもしれません。





ここんところ、病気もなく元気だったので、
ぼんやりしていましたが、池波氏の言葉を読んで
少しだけ背筋が伸びました。

「明日もまた生きられるのだ」
そんな言葉が心に響きます。

文句ばっかり言ってちゃダメです。
チャオ。





 

 

 

 

 

759 「ヤマガタ」 1月6日


朝から新幹線で山形県に。

東京駅から埼玉、栃木、福島を通り、
奥羽山脈をゆっくりと突っ切っていきます。

山間部は豪雪、そして猛吹雪です。
置き去りにされたら、間違いなく生きては帰れまい・・という感じです。

新幹線は速度を落とし、緩やかなワインディングを
縫うように走って行きます。

結局、雪のために少し遅れたようです。
ビュンビュンかっ飛ばし、いつだって定時に到着!
というのが新幹線だと思っていましたから
これはこれで人間味があって、新鮮でした・・・。

山形市に近づくにつれ、天気は回復し
雪もずいぶんと少なくなりました。

出発が早かったので、オナカが減りまくり。
駅前にあるオススメの焼き肉屋に入り、
ヤマガタ牛の定食をオーダー!

値段がはるものの、これだけは絶対に食べよう!
と心に誓って来ただけに、一気に平らげてしまう。

厚めにスライスされたお肉はものすごい霜降り。
弾力はあるものの、噛んでいくうちに
口の中でとけてなくなっていく感じ。
うまいっ!

と完食後、まったく写真を撮っていないことに気がつく。
なんでいつも食べ物の時はこうなのか・・と思うものの、
特に落ち込むわけでもなく、肉を出された時の衝動は
ちょっと抑え難かったのでした・・・。



というわけで、米沢駅で撮影した、
ヨネザワ牛のハリボテ写真をどうぞ。

ヤマガタ牛もたぶん、こんな感じです。
食べたのもこんな感じでした(ホンマか・・・)。

ではまた。

 

 

 

 

 

758 「駒沢公園」 1月1日

去年に引き続き朝から、駒沢公園に。



良い天気です。

今年はランナーが多く感じます。

雑誌から出て来たようなシャレた人もいれば
グレーとか黒のダボダボ上下・・なんて人も多いです。

80年代のエアロビ全盛時代からタイムスリップして来た、
カリフォルニアガールみたいなのもいれば、
愛犬を連れてモンローウォークする、エリカ様みたいなのもいます。

エリカ様はおおいですね・・・。
あまり近寄らないようにしています。



駒沢通り。
ガラガラです。

意味なくぶっ飛ばしてみたい、
そんな衝動に駆られます。



今年はタコ上げがほとんどいませんでした。
のどかですね。
正月早々、のんびりしました。



本当は正月、一瞬だけ帰阪する予定でしたが
関ヶ原の辺りの雪が思った以上に深く、
また明日にかけて積もりそうなので、今回は東京に。

今から溜まったレタッチして、請求書も書いて、
それが終わったら、少しのんびりします。

では今年もよろしくお願いいたします。



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