790 「安曇野」 8月25日


撮影で長野県へ。

特急あずさで松本まで3時間。
レンタカーを借りて、小1時間でした。



結婚式場の装花のように見えますが
街中にある普通の橋です。

もちろん生花です。
誰かが水を与えているのでしょう。

なかなか出来ない・・というか
まず出来ませんよね。

すごいと思います。



松本駅。

北アルプスが見えます。
たぶん穂高とか乗鞍とか。

3000mくらいあると
迫力が違います。

北海道とも、京都とも
沖縄とも違う。

これほど変化に富んだ国も
珍しいとあらためて思います。



買ったのは浴衣に似合いそう、
小粋なウチワ。

浴衣はないけれど・・・。



そしてカエル。

なんでやのん・・・。







松本駅では巨大なリュックを
背負った大学生らしき人々を
たくさん見ました。

ラルフローレンのポロを着て
渋谷にフツーにいそうな子たちなんだけど
足元にあるのは、100Lくらいのリュック。

軽く見積もっても
30キロはありそう。

女の子も極めてフツーの街着ですが
やはり巨大なリュック・・・。



今時の若い子たちを、軟弱だ、
と思ったことはないですが
力強さを感じたのは初めてかもしれません。

その逞しさを見て
少々、嬉しくなりました。












最近、よく見る映像があります。

自転車で京都から北海道を目指す、
大学生の男の子たちの話。

結構、ベタな映像だなと思いながらも
いつも最後まで見てしまうんですよね。

ほんのりと心が
暖かくなります。




普通、携帯の空気入れを
持って行くもんですが
リュックに突き刺さっているのは
巨大な家庭用・・・。

自転車も装備もとても長旅をするような
そんなものではなくて、はっきり言って
メチャメチャです。

でもその若さゆえ、不便さを不便とも思わない
その気持ちの瑞々しさが胸を打ちます。

些細な不便さに苛立つ自分を
恥じたくなってしまいます。




僕も10代の頃はバス停で寝たり、
あまりの寒さに漁師小屋に忍び込んで
勝手に網を被って寝たものでした。
(これもたいがいメチャメチャですが・・・)

でもさすがに今は出来ませんよね。
今やったら、タイホですよ。

いや、マジで・・・。




http://www.youtube.com/watch?feature=fvwp&NR=1&v=rGeV7SkBrvQ








789 「終戦」 8月16日


ベルリンに行ったのは
たしか1990年。

壁が倒壊した
数カ月後だったように
記憶しています。




当時はまだ普通に壁の残りが
街中にあって、東西統一の動きが
まだ街に溢れていた時でした。

旧東側に入るとコンクリート色をした
色彩のない街並が広がっていました。

僕らが暮らしている街とはまったく違う。
ここは共産圏だったのだ、と
変化に疎い人でもその違いに気がつきます。







そこで手に入れた壁の破片。

ニセモノが多いと言われますが
本物がそのあたりに転がっていた時代ですから
おそらく壁の一部だったのでしょう。

先日、帰阪した時に
実家で見つけてきました。




こういうものは本国の人が
持つべきなのでは、と考えた時もありました。
僕が持つのは不謹慎かもしれないと。

でもこんなものほど世界中の
いろんな人の手に渡るべきではないか、と
ある時から思うようになりました。

外国の人が日本への原爆投下を
理解するのと同じようなものだと
考えています。












昔から終戦の日、というものは
特別だった感じがします。

子供の頃はいつも両親の田舎である
小豆島でお盆をむかえました。

故人を送り出す15日だけは
泳いではいけないと言われ、子供ながらに
何かしら儀式めいたものを感じる日でした。

夏の特別な心象風景。
もしくは感受したものなのでしょうね。



今、あのような感覚になる機会は
ほとんどないように思えます。

当たり前のように思っていた夏の日常が
実はそれほど平凡ではなかったのかもしれない。
そう感じることがあります。

「島の夏」が持っている
独自の雰囲気かもしれませんね。

ではまた。

















 

 

787  「心に留めていること」 8月6日


ここんところ、かなり慌ただしく
特に今週は久しぶりの風邪も重なって
挫けそうになりましたが、
何とか乗り越えれそうな気配・・・。

ただレタッチが手つかずなので
この週末はそれに費やされる予定・・・。

撮影はただでさえ大変なのに
体調が悪いとホント堪えます。




最近は自転車と釣りが
自分にとって最もホットな話題ですが
これって中学生の時と同じちゃうの・・・と
思ってみたり。

やはり面白いから、そこに行き着くのか、
もしくは何らかの理由で幼少時代の興味に
人は回帰していくものなのか。

そんなことは分かりませんけど
でも10代の頃に読んだ本を読み返したり
昔の歌謡曲をyou tubeで見て懐かしんだり
これが良いことなのか、どうかはわかりませんが
新しいものをグングン取り込むことが仕事なので
その反動かもしれない、と勝手に決めつけています。




ただまったく脈絡のない記憶が
ふと呼び起こされる時があります。

歳の離れた先輩がいて、フリーになった当初から
よくいろんな相談に乗ってもらっていました。

同業者ではないですが、先輩はデザイン関連だったので
僕らの悩みというか、痛みというか
そう言ったものがよく分かるようでした。

当時、フリーになって2、3年。

なんとか生活はできているものの
仕事内容と言えば、誰がやっても
いいようなやっつけ仕事ばかり。

おまけに時代はIT不況とかで
世の中全体的に停滞感が漂っていた
そんな時代でもありました。

面白そうな仕事をしている会社に
営業に行っても音沙汰はまったくなく
ずいぶん凹んでいたものでした。

「不況じゃなかったらなぁ」と
先輩の前でポツリと言ったら
穏やかだった人が急に怒って言いました。
「泣き言を言うな。不況のせいにするな」と。

「よくそうやって不況のせいにする人がいるけど
オマエにはそんなことを言って欲しくない。
そんなことを言っても全く何も解決しない。
どんな時代でも活躍している人はたくさんいるんだ。
それは業界が違うからとか、ネットワークが違うとか、
そんな風にして、自分が至らないことを正当化するな。
何ができるのか、自分で考えて頑張れ」

キツい言葉でさらに凹みましたが
自分がうまくいかないのは
世の中のせいだ、と責任転嫁をしている
そんな自分に気付き、ずいぶん反省したものでした。





何か問題に直面した時
先輩のあの言葉をいつも思い出します。

僕が言うのは僭越ながら、
仕事には経験やセンス、繋がり、信用など
大事なものはたくさんあります。

ただそういったものがあるから
上手くやっていける、という話ではなくて
結局のところ、どんな壁も乗り越えて来る、強いメンタリティが
まずありき、という気がしないでもありません。

何かのせいにしない。
そして誰かのせいにもしない。

これはいつも心に留めています。









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