882 「終わりなき戦い」 4月22日


イライラしたら負けだと思っている。

別に根拠はないのだけど
そうなるとストレスが溜まる。

特に車の運転・・・。





こんところ週末にも仕事があって
土日も車で山手通りを北に向かう。

混雑した追い越し車線を
ゆったりと北に向かう。

左の車線の車がグイグイ追い抜いていっても
イラッとしたら負けなのだ・・・。



流れている左車線に素早く移ると突然、そこの渋滞が始まり
今度は追い越し車線が流れ出し、かつて自分のいたポジションが
現在の僕を追い抜かして行くのだ・・・。

やられたー!




ダメだ,ダメだ!
左のレーンに誘われてはいけない。

我慢だ、右のレーンで我慢し続けるのだ。
そう自分に言い聞かす。

これは自分との戦いなのだ、と。





しかしその瞬間は毎回やってくる。

ゆったりとした下り坂。

ずっと渋滞していたと思い込んでいた
数台、前方の車の前は実はガラ空き・・・。

忍耐強く遅い車の後ろを走り続けていたのだった。





そこに左からの走行車線の車が
遅い一台の前にビュンビュン割り込み
追い越し車線かっ飛ばして行く。

その瞬間、僕の理性の糸は
たいていブチッと音を立てて切れる・・・。

高倉健の仁侠映画のように、我慢に我慢を重ね、
最後に刀を抜く瞬間がやってきたのだ。





ゆったりと左車線に移ると
暴力的に加速して、ゴボウ抜き。

遅い車の前に出ると
追い越し車線を軽快に飛ばす。

ああーなんて気持ちがいいのだろう。
この清々しさは何だ、と自分に問う。





しかしオレは自分との闘いには
負けてしまったのかもしれないな。

サーキットの狼のようにハンドルを握りしめながら
ひとりそんな言葉をつぶやく。





とか何とか,悦に浸っているあいだに
次の渋滞に追いついてしまう。

きっとまた極端に遅い車が
どこかに潜んでいるのだ。

終わりなき戦いは続く・・・.















 

 

 

 

881 「ブロッコリースプラウト 14日間」 4月15日


NHKでミニ盆栽のニュースを見た。

20センチほどの高さの桜の木が
可憐な花を数輪咲かせている。

なんだか羨ましい・・・。




そうだ!とオレはコブシで机を叩いた。
スプラウトの新芽があったと。

カタチはまんまカイワレだが
長さは3センチほどで糸くずみたい。




食卓の上に置き、12時間サイクルで24枚撮ったが
パラパラマンガじゃないので、ここでは48時間毎にした。

毎朝,朝食を食べながら,
1枚ずつシュート。






4月1日 

よりによってエイプリルフールはないだろう・・・
という感じだが、ホントなのだ。



48時間後

大きな成長はないものの
力強く伸びようという気配が感じられる。



96時間後

伸びている・・・。
心なしか、太くなった気が・・・。



144時間後

おおー!
枝分かれして来た!



192時間後

た、束になった・・・?



240時間後

葉っぱが大きく開き始めた。
光合成する気なんだ。



288時間後

茎がしっかりとしてきた。
もうモヤシのような面影はない。

右側に窓があるので、
光に向かって伸びているようだ。



336時間後

フ、フレームから外れてしまう〜



384時間後

アタマが切れた・・・。

茎も立派になったが
実は根っ子もすごい。

ちなみに右のは始まりの大きさ。



400時間近く育てた結論として
カイワレになった、ということか・・・。

ただ軽い気持ちで始めたものの、成長している様子が
毎日分かるので、けっこう面白かったのだ。




ひょっとしてこのまま育てると
ブロッコリーが収穫できるかもしれない・・・。

というわけで
栽培はこっそりと続く。






















880 「ポートレイト」 4月2日

今、人物を撮るのが好きです。

どんな表情や動きになるのか
自分では計算できない部分が
魅力的だと思っています。





昔は人物の撮影が好きじゃなかったんですよね。
どうしてかと言うと逆に計算できないからです。

自分がこうしたい、と思う表現に落とし込めない。

もしくはそれが出来たとしても、
その人の個性を生かしていないわけで
写真のつまらなさに自分でも滅入ったり。

気持ちの余裕がなかったんでしょうね。

上手くいかない分
ずっと苦手意識がありました。





その感覚が変わったのが、いつだったのか、
はっきりとしたことは忘れてしまいました。

ただ上手く撮れるかは別にして
一生懸命にやれば、相手は応えてくれるのだ、
ということをある時,知りました。

人を撮るということは
向き合うことなのだと。




言葉にはしないけれど
自分の気持ちをさらし出す。

そうすることで
相手は心を開いてくれる。

ある時、そう感じたのです。






言葉にしなくて、自分の気持ちをさらけ出す、って何だ、
と自分で書いていても矛盾してるのは分かります・・・。

でも不思議ですけど、そんな感覚って伝わるんですよね。

人って、表情とか、言葉とか,所作などで
いろんなことを感じてると思うんです。

そのずっと奥に誠実な部分があるか、
よくわからないけど、何らかの感覚で
知り得るということができると思うのです。

それを知った時相手は
気持ちを委ねてくれる。

そう思います。






撮り始めは、ぎこちなさがあったとしても、
知らないもの同士という壁を飛び越えて、
気持ちがシンクロするような瞬間があります。

ベストだと思える表情は、そのポイントを超えないと
なかなか現れないような、そんな気がします。





この一年ほど毎月撮っていた
山崎のシリーズ広告が賞を取ったと聞きました。

音楽家、登山家、小説家など
文化人のポートレイトです。

個人の作品賞と違って、広告賞の主役はクライアントです。
もちろん僕たちの名前も載りますが、あくまで裏方に過ぎません。

ただ大変な現場、かつ要求の高いものも結構ありましたが・・(汗

自分が得意でなかった人物撮影でそれなりの評価を頂いたことは
多少は成長したんだなーと昔を振り返って、感慨深く思います。








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