885 「スピーカーとラジオ」 5月23日


テレビを見ない生活をしています。

最初はなんとなく不安感がありましたが
慣れてしまうとなんの問題もありません。

ただその分、ラジオを聴いています。
ほとんどラジオ漬け、といっていいレベルです。



リビングにラジオがなかったので、
ちょっと良いものを探してみましたが
結構高いんですよねー。

今さらCDラジカセとか要らないし、
音にこだわると通なものになってしまいます。



現在、PCでラジオ(ラジコ)を聴いていますが
オーディオは単にスピーカー代わりなんですよね。

それだったら新しくスピーカーだけ買った方が
安上がりだと気がつきました。



なのでまた買った・・・。
口コミを参考にし,ネットで購入。

PCに繋ぎましたが、悪くありません。
当然のことながら低音も効いています。

これ1980円って信じられます・・・?
ホンマ、ええ時代です。

iPodでもiPhoneでも使えます。
サイコー!




でもって、オーディオがリビングに。

買って、かれこれ15年くらいになるかも。

金属パーツを多用するなど,丁寧に作られた時代の製品なので
古ぼけた印象が感じられないのがさすが、というところです。

なんでも安く買えれば嬉しいですが
自分の回りを見渡して、残っているものの多くは
当時、頑張って買ったものがほとんどなんですよね。

安いものがベスト!とは一概に言えないのが
なかなか難しいところであります。










しかしながらラジオ放送もずいぶんと変わりました。

昔は音楽のカウントダウンや
どうでもいいような話題の垂れ流し(それでも面白かった)。

でも今は、少なくとも僕が聞いているプログラムでは
何を発信するかという目的が明確な気がします。

それも上辺ではなく、きっちりと向かい合っている。
テレビでは言えないような裏側の部分を
ほんの少しだけ教えてくれる。




たぶん昔と違って、自由でフレキシブルな
悪くいえば、いい加減で場当たり的な
番組作りが成立しなくなっていると思います。

もともと予算の少ないメディアですし、
AM放送は現実的に存亡の危機です。

それゆえ生き残りを懸けた必死さが伝わってきます。




ラジオ放送の良さは心に届くということです。

テレビが響かないとは思いませんが
なんだかちょっと種類が違いますよね。

心の深くにストンと落ちて来るような
不思議な言葉の響きがラジオ放送には
まだあるような気がします。




ラジコ
http://radiko.jp/#











884 「防水カメラとブロッコリー」 5月18日


新しいコンデジを買った。



落としても、砂にまみれても使えるらしいが
10mまで潜れる防水使用になっている。
そんな潜れないけれど・・・。



夏の海でも使えるし、自転車で雨に降られても平気。
釣り上げた魚をベタベタの手のままでシュート!



サカナ臭くなってしまっても
後でカメラを水洗いすればいいのだ。

で、おまえはいったい誰だ・・・。





何よりもデザインが普通なのが良い。

この手の製品はゴツくて、子供っぽいデザインが多いが
これは薄くて、とても小さい。

水に沈めることに不安になるが
水中でもキレイに動画が撮れた。

とても良く出来ている。
壊れなければいいな。







さてブロッコリー栽培の続き。



ちなみに前回の終わりは
こんな感じでした。

現在。
むむむ・・・。


成長した気はするが
とてもブロッコリーが出来るようには
見えないんだけど・・・(涙

(丸栄水産工業さんブログより)

もうまったく違う・・・。

あわよくば「三茶ブロッコリー」として売り出そうと
計画していたのだが、これが200円だと
まったく採算が取れない。

個人的な感覚でいえば、5万円くらいで売れないと
これまでの努力が報われない感じ。

200円で売れる農業って、すげぇんだな、と
あらためて思った次第。










 

 





883 「上京9年目」 5月7日
 

春から続いている引っ越しのシーズンも
そろそろ終えようとする感じでしょうか。


このマンションでも休みの度
引っ越し業者が出入りしています。

初々しい雰囲気を持っている人に街で出逢うのも
この季節の特徴なのか・・・と思ったりもしますが
気のせいなのでしょうかね・・・。






この連休明けで上京して丸8年になり、
9年目に突入します。

長かったような、 でもあっという間だったような。

地図を持たずして、クルマで走れるようになりましたし、
地名を聞けば、ああ、あの辺か、と想像がつくようになりました。

これは自分の中ではものすごい進歩ですね。

東京の道は上京組にとって
絶望的なほど複雑なのです・・・。






8年前、いろいろあって上京しましたが
「上京しないでずっと関西にいる自分」という
もうひとつの人生を想像する時があります。

仕事で関西に訪れた時なんかに
ふと思い浮かべることが多いかもしれません。

何となくその場の空気で、
記憶がよみがえるんでしょうね。

今よりももっと上手くやれてたかもしれないし、
ひょっとしたら東京にずっとコンプレックスを
持ち続けていたかもしれない。

上京した頃は、東京のカメラマンなんかに負けないぞ、
と鼻息も荒かったですが、今となっては現像所で出逢うこともなく
いったい誰と戦っているのか、よく分からなくなります。







この8年間で僕らを取り巻く環境は
大きく変わりました。

あらゆるものがデジタル化し、インターネットが当たり前になり、
急激な出版業界の衰退、世界的な大不況、そして震災等。

カメラマンをやめて、東京以外の場所に移り住む、
そんな話を最近,何度も聞きました。

人それぞれいろんな理由はあるのでしょうが
この現状で何かしらの夢を見ることはかなり難しいと思います。

夜、飲食店でアルバイトしているというカメラマンの話や
今年一年に懸けて、それでもダメだったら
別の生き方を考える、という話も聞きました。

その深刻さを思うと胸が痛くなります。

好きでやってきた写真という仕事を辞めるという決断は
どれほどの挫折感があるのだろうと考えますし、
そうせざるを得ない現状の厳しさを突きつけられた気がします。








しかしながら思うのは、何をやっても厳しいということです。
おそらく楽に生きていく方法など、この世にはないと思うのです。

「オイシイ話」なんてものがないことは
東京に来て、嫌というほど経験しました。

結局のところ身を削るようにして
自分の中のすべてを絞り出すしかないのだ、と。

誰にも余裕なんてなくて
みんながギリギリの中で勝負している。

そんなピリピリした感触が
時折、伝わってきます。








ただ何に対してエネルギーを注ぎ込むか。
それを見つけることがいちばん難しいような気がするんですよね。

では。





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