891 「レタッチの流れと山崎の撮影」 7月29日


エーゲ海から帰って以来、
撮影,そしてレタッチし続ける。

納品で催促されることはあまりないのだが
このひと月ほどのデータ量はあまりにも膨大で
ずいぶんとご迷惑をおかけし、すんません・・・。



レタッチの流れは、
まず現像ソフトで

1)写真のセレクト
2)コントラストの調整
3)明るさの調整
4)ダイナミックレンジの拡張
5)色の調整
6)回転(写真の中心の垂直を出す)
7)収差の調整
8)ノイズ除去


フォトショップで

 9)再度明るさ調整
10)カタチを整える(変形)
11)肌のテカリを抑える
12)パーツ毎に明るさを調整し、合成(それぞれの適切な露出に)
13)写真に応じて、気になる部分の調整
14)保存


また加工した写真を開き、
9〜14を2回繰り返す。
計3回加工しているということですよね。

2回目以降は加工部分が少なくなるので
スピードがアップし、写真毎の微妙な色や
明るさの違いに気がつきやすい。

3回流すと全体のトーンが整ってくるから
不思議だなーといつも思う。

ギクシャクした感じが無くなって
調和が生まれるような気がするんですよ。





1〜8の現像ソフト作業は1枚あたり
およそ1、2分というところ。

しかしながらフォトショップの9〜14は1枚あたり
1分で終わることもあれば、1時間かかることもあります。

1時間かけたからといって、それが必ずしも使われる訳ではなく
なんともつらいところではあるが、制作物の作業の流れとしては
しょうがないのでしょうね。








さて話は変わりますが、定期的にサントリー山崎の
雑誌広告の仕事があります。

毎回、文化人の方(音楽家、小説家、登山家など)にご登場願い
バーでカッコ良く山崎を飲んでいるシーンをパシャリ。

これまでお願いしたのは、東儀秀樹さん、石田衣良さん、野口健さんなど。

そこのページに、個人的にお世話になっている小説家の真山仁さんにぜひ、
と伝えておいたところ、それが叶って撮影ができました。

本が出来たら、またお見せいたしますね。







エーゲ海日記も書かなくては・・・。


















890 「雑記1307」 7月 17日





カメラメーカーでもあるC社のお仕事を
定期的にいただいています。

この日は本社でシネマカメラの取材。
開発スタッフの方々にいろいろお伺いしました。



シネマのレンズはカメラと同じEFマウントなので
僕のEOSにつけさせてもらって、喜んでいる図・・・。

いつもお世話になっている所長のHさんが
写真を撮って送って下さいました。




超セキュリティの厳しい本社に侵入できたので
何か新しいカメラの情報はあらへんもんか、
と目を皿にして探してみましたが、もちろんナシ。

あんまりこんなこと書いていると
クビになりそうなので、この話題オワリ・・・。

 








昨日、三茶の駅前を歩いていると
桐島ローランドさんに選挙ビラを頂きました。

みんなの党から出馬されるようですね。



僕は会話をしたことがないので、
その人となりはよく分かりません。

ただ彼が編集長をしていた雑誌をずっと購読していたことがあり、
その文体から滲み出る人柄には、好感を持っていました。

存在がちょっと目立ちそうなので、何かと噂の種にされがちですが
地に足を着けて、しっかりと考えて生きている、という印象でした。

良い意味でとても意外だったのをよく覚えています。















さてまた話は大きく変わりますが
よく使ってるお気に入りの器を割ってしまった。

深い緑の織部の丸皿。



洗っている手が滑って、コップが皿に落下。
ゴルフボール大の陶片が音を立てて弾ける。

がっくし。
ショックなのだ・・・。

キレイに割れたので簡単に継げそうだが
金継は好きじゃないので、残念ながら処分することに。




「壊れるから尊い」
そんな話をたまに聴きます。

たしかに落としても割れない皿なら
あれほど大事にすることもないし、
ひょっとして愛着も湧かなかったのだろうか。

そういう意味では正しいのかも知れない。



ただ傷つきますよね。

もう壊れるものなんて買いたくなくなる。

傷つきたくないから、二度と恋なんてしないゾー、
と同じノリなのかもしれない・・・。



いくら「尊い」からといっても、壊れるのはやだな、
と久しぶりに器を割って思った次第。

ただ毎日、触れる食器だから、そこに味わいがなかったり、
作者の愛情が感じられない、というのもどうだろう、と思ったり。



少し前、母親に「スタバに入ろう」と誘った時、
紙コップが苦手だと言って,古めかしい喫茶店に連れて行かれた。

普通の主婦である母親にも、そんな感覚的な好き嫌いがあるんだな、
と妙に感心しました(上から目線で失礼ながら・・・)。



僕たちはあまりにも便利なことに慣れてしまって、
どんどん大切な何かを失っているのかもしれませんね。














































 

889 「エーゲ海と震災の歌」 7月10日

いろんなところを転々としていましたが
やっとこさ東京に戻って来ました。

肩の日焼けはボロボロにめくれて
オデコはすでに3回目の脱皮・・・。

何かに生まれ変わるのか・・・。




自分では色の黒さに慣れてしまっているので
それほど気にしないが、久しぶりに会った人は
なんじゃ、その色は!と感嘆の声を上げることが多い。

ちょっと恥ずかしいので小声で「エーゲ海に行った」
と伝えるとそれほど若くない人はたいてい、
ジュディオングの「魅せられて」を歌い出す・・・。

歌詞にエーゲ海なんて入ってたっけ、と調べてみたら
英語でしっかり入っていたのだ。




プールでよく話をするフランス人のピエールに
エーゲ海に行く、と英語っぽく話しても通じなかったので
「 The ocean around Greece」と言ってみたら
「It's イージアン sea」と教えてくれた。

エーゲなんて音、どこにもあらへんがな
という感じですよね、まったく。





日記を書く時間がまだまだなさそうなので
とりあえずMさん提供の仕事をする筆者ショット。

サントリーニ島。

ハウススタジオだらけです。
むしろハウススタジオしかない、と言っていい。

というか、ま、こっちでは普通の家なんですけど・・・。










話はまったく変わりますが
震災のチャリティソングがあります。

NHKなどでよく流れていたので
聴かれた方も多いと思います。

歌詞を追いかけながら
歌に耳を傾ける。

特に震災を題材にした訳ではなく
生きていれば誰でも感じるかもしれない
穏やかな感情の膨らみのようなものを
丁寧に紡いだ歌詞。

悲しいし,切ない。

でもささやかながら
希望の光も見えるような気がする。



(30分が経過・・)



あれこれ考えてみましたが
上手く説明できないので
良ければ聴いて下さい。

抱く感情は人それぞれ
なのかもしれません。


http://www.youtube.com/watch?v=qa6pU8D9dRM







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