953 「師匠の言葉」 10月25日 


もう11月になろうとしているのに
すごく日に焼けている。

走ったり、自転車に乗ったり、泳いだりしているせいで
それらの蓄積によっておそろしく肌が黒い。

それなのに昼間っからプールに行って
気持ちええわー、とか言いながら
ぷらーっと背泳ぎして、大人ってこんな感じで
良かったっけ、とぼんやり考えたりもするが
まあ、いいか、とやはりすぐに忘れてしまう。




人と比較してはならない、と誰かが言ったが
ホントその通りだと思う。

人にはそれぞれ人の生き方や価値観があり、
それらを自分と較べてもあんまり意味がないように思える。

自分に与えられた環境でやれるだけのことをやる。
僕はそれをするしかない。




プール脇のジャグジーの中で
おばあちゃんが言うんですよ。

「コツコツやってきた人が最後に勝つのよ」

年配の方と話し込んでいると
ドキッとする言葉を聞くことがあるんですよね。

普段はあまり聞かない種類の表現で
何と言うか、結果論というか、答えなんですよ。

言葉に迷いがないんですよね。

いろんなことを見て、体験して、痛感してきことが
言葉の強さから感じとれる。

コツコツやっていると出来るようになる。
きっとそうなんだと思う。














952 「お礼」 10月15日


目的地に早く着きそうだったので道端にに車を停めて
五木寛之さんに送って頂いた本を読んでいた。

いちばん最後のところで「なんとか出版の誰々さんには
とてもお世話になりました」みたいな文章ってありますよね。

この本にもそういう記述があって、なんとなくボーッと読んでいると
「表紙写真を撮影してくださった川田雅宏氏に深くお礼を申し上げたい」
と書かれてあって、思わず本を落としそうになりました・・・・。

ホントびっくりしました。
お気遣いありがとうございます。





業界では知らぬものがいない、ある大御所カメラマンの方が
撮影させてもらったすべての方々にいつもお礼状を送っていたそう。

この話を聞いたのはたしか20年前以上昔の話だが
いちばん偉い人はとても謙虚なんだなーと思った記憶がある。

自分もそうありたいと強く心に刻んだものの、
お礼状を送ったことは一度もない。

ただ逆にお礼状をいただくことがあって
そんな方々に対しては、きちんと手紙をお送りしている。





相手を敬う気持ちや感謝を忘れたりすると
自分の写真が荒れている、そんな風に感じることがある。

おそらく雑な自分の気持ちが写真に反映されるのだろうと思う。
いくら普通であることを装っていたとしても。





なので結局のところ、すべて自分に返って来るのかもしれない。
きちんと向き合えば、相手もそれに応えてくれる。

物事はすべて自分の鏡のようなものであって、
リラックスすればするほど生きやすくなると
最近はそんな風に感じている。




 

 

 

 

 

951 「学んだこと」 10月6日


訃報が続きますが岸朝子さんが
亡くなられたとニュースで聞いた。

生前、とてもお世話になっておりました。





僕が上京しようとしていた20代後半、
手術入院などで無期限延期になったことがありました。

がっかりしてしばらくはヤケになっていましたが
せめて東京に行って営業でもすれば気持ちも落ち着くかと。

昔から平凡社の「太陽」という本に憧れ
ぜひ編集者の方にお会いしていただけないかと電話をしたところ
ぜひお越し下さいと気さくに応えてくれました。





お会いしてくれた編集の方は同世代で
構えることなく飄々と接してくれて
とても好感を持ったように記憶しています。

ただそうは見えても活躍する写真家たちの作品を
毎日見ているわけですから、その審美眼は写真家の技量を
きちんと見抜いているのだと思います。

「いいですね。また何かありましたら、ご連絡いたします」
そう言って玄関から送り出してくれた。

リップサービスにせよ、太陽の編集者に写真を見てもらった高揚感に
何だかそれなりに満足し、写真を胸に抱え、東横線に飛び乗りました。





平凡社以外にも何社か尋ねて写真を見てもらいましたが
まったく何の反応もなく、まあこんなもんなのだろうな、と
またしばらく落ち込む日々。

するとある日、太陽編集部から電話が。
「京都と神戸で撮影がありますのでお願いできますか。
 あ、岸朝子さんをお連れいたします」
そう言って電話は切れた。

当時はまだ料理の鉄人が放送されていたので
岸さんの名前を知らない人はいなかった。

こちらとしては太陽の撮影だけで精一杯なのに
岸さんまで連れて来るだなんて、他にもっと上手いカメラマン
関西にだっているだろう、と言いたくなる気持ちであったが
自分が望んだ結果だし、やるしかないと覚悟を決めた。






撮影当日。

場所は京都の高級料亭。
太陽の仕事、
そして岸朝子さん。

3重のプレッシャーで心が折れそうになりましたが
上手くやろうと思うから緊張するのであって
この仕事がなくなってもいいから、自分のやり方で
撮るしかないのだろう、と思うと気持ちは吹っ切れた。

「ポラを切って岸さんに見せてもらえますか」
と編集者の方。

普通ポラロイドは撮影の前に撮り、素材の配置や露出などを確認するが
その時間の経過で痛んだ料理を見るのが僕は嫌いだ、と言って
(当時はかなり生意気だった。みなさん、ごめんなさい)
撮影を終えた最後にポラを切ったものだった。

モノであれ、人であれ、出てきた勢いのようなものを
撮らないことには気がすまなかったのだ。
(ほんと生意気ですよね・・・)





出された料理にはダシがはってあって
ほんのり湯気が立っている。

今だー!とブローニーカメラ、1ロールを切り終える。
そしてホルダーを変え、最後にポラを切った。

椅子に座ってそんな光景を見ていた岸さんは
「珍しいわね。あなたは最後にポラを切るのね」と僕に言いました。

「あ、はい、なぜかと言いますと・・・」
と言いかけたそんな僕の言葉を遮って
「わかってる、わかってるわ、大丈夫」
岸さんはそう言って微笑みました。

そう言われてちょっとほっとしましたが
料亭の新品の畳の上に三脚を立てたことは
後でえらい怒られましたけど・・・。





その後、僕の車で神戸に移動。

そこでの撮影を終えると編集者は
「岸さんを大阪のホテルに送ってもらえますか」
と言って新幹線で帰っていった。

阪神高速を使って大阪に移動。
この時、何を話したかはよく覚えていない。

ただホテルのドアマンが顔を見ただけで
「岸さま、いらっしゃいませ」と言ったのは驚いた。

VIPの宿泊があるということを
きちんと共有しているのだ。

その後、ドアマンは僕のそばにやって来て小声で囁いた。
「岸さまは明日、何時にご出発で」

どうやら僕は運転手に間違えられたらしい。
ワーゲンバスなのでしょうがない・・・。





それ以来、岸さんからは何度もお仕事を頂いた。
二人で四国、九州を撮影で回った。

街を歩いているとみんなが岸さんの顔を見て
驚いた笑顔になり、次に僕の顔を見て
ああ、一般人か、という顔をした。

何だかガッカリさせて申し訳ないと
少し後ろを歩くことにした。





長い時間をともにさせてもらいながら
何を話したかということはあんまり覚えていない。

ただあれだけ回りの人に温かく迎えられても
悪く言えばチヤホヤされても、浮き足立ったところは皆無だった。

どんなに回りが変わっても自分は料理記者である、という
そんなスタンスを貫いていたのかもしれない。





普通、会うことの出来ないような優れた人と出会える機会がある、
というのが僕らの仕事の良いところだと思う。

僕らは「変わること」を一種の美学のように唱えるが
でも見失ってはいけない駆け出しのころの情熱のような
そんな今となっては青臭いコアのようなものがあるのだろう。

そのことは忘れちゃだめなのよ、と岸さんは
態度で語ってくれたような気がする。

いろいろありがとうございました。

 

 









 

 

 

 

 

 

950 「ある親戚」 10月2日 


「親戚に政治家がいる」という話を聞いたのは
たしか小学生くらいだったように記憶している。

小学生が政治家に関心があるわけでもなく
ああ、そうか、ぐらいにしか思っていなかったが
親戚のおじさん達は「お前はよう似とる」といつも言っていた。

たしかその姿を初めて見たのは国会中継とか、ニュースだったと思うが
そのひょろっとした容姿と体の割には小振りな頭を見て
確かに似ているかもしれない、と少々滅入った。

当時、僕はバレーボールをしていて、体脂肪もなくマッチ棒のように細かった。
おまけにくせ毛の短髪だったので、キューピーちゃんみたい、と
揶揄われていて、男らしさに憧れる世代としてはどうしてもっと
骨太に産んでくれなかったのだと親を恨んでいたのだ。

今、キューピーちゃんと呼ばれたら、とても嬉しいが・・・。




僕自身、その親戚の方にお会いしたことはない。

父親やおじさんたちにとっては、自分の母の兄弟なので
それなりにお会いした事があるのかもしれない。




その方は20年ほど前に落選し、もうこのまま引退かと思われたが
その4年後衆院選で返り咲き、小泉内閣で大臣になった。

おまけに飄々とした人柄で人気も出た。



人って分からないものだと思う。

引退だ、もうダメだとさんざん言われながら、
政界に戻って来るや、ちょっとした有名人になったのだ。



僕もこんな仕事をしているので、お会いできる機会があれば良いなと
ずっと思っていたが先日、亡くなられたとニュースで聞いた。

とても残念です。



あの方をテレビで見ていて思うのは
いつも楽しそうだな、ということ。

もちろん憮然とした表情で実は楽しんでいる人もいるかもしれないが
楽しそうに見えるというのはとても素敵な事なんだと思う。

物心がついた時からずっとテレビで見て来て
いろんなことを学ばせてもらったような気がします。

ありがとうございました。
















949  「親が喜びそう」 10月1日

以前、メーカーのPR誌で五木寛之さんを撮影させていただいた。

お忙しい方なのでなかなか撮影を受けてもらえないらしいが
このメーカーがスポンサーをしているBS番組「風のCafe」で
進行役を務めていただいているということもあり、
収録の合間を縫って、インタビューとスチールの撮影が実現した。
http://www.bsfuji.tv/top/pub/kaze_cafe.html

テレビ収録の現場という事もあり、かなりピリピリとしたムードだったが
自分的には何とか手応えのある写真が撮れたように思えた。



それからしばらくして広告代理店の五木さん担当の方からメールが。
(たぶんこんな役割だったような・・。50人くらい人がいたので
 誰が何をやっている人なのか、さっぱりわからなかった。
 これだけの人の給料がまかなえるのだから、テレビの予算はすごいのだろう)

五木先生が写真を大変気に入られたので、使わせて欲しいとのお話でした。
同時に、ある週刊誌の表紙にも使いたいので、ただいま交渉しているとの事。

プライベートで撮ったものならともかく、メーカーの仕事で撮影したものを
週刊誌の表紙に使う事が可能なのか・・・と思いましたが、メーカーサイドはOK。

さすがに決まらなかったらしいが、その週刊誌も有名なカメラマンが撮影しているでしょうし、
なんだか業界のいろんな交渉事や力関係、その相関図を垣間見た気がしました。

巻き込まれてみたかったような、みたくなかったような・・・。




昨日、小説が届きました。
http://www.amazon.co.jp/生かされる命をみつめて-lt-自分を愛する-gt-編/dp/4408552534

まさか自分の写真をアマゾンで見る事があるとは。
ちょっと感激です・・・。





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